221話:弔いの仕方
うーん、農民の早起き舐めてた。
僕はとある村にいる。
ここはビーンセイズにあるユニコーン狩りの乙女になったカーラの村だ。
「まだ日が昇る前だったのにな」
夜を待ってビーンセイズに戻り、母角を奪還してからこの村へ来た。
着いた時には日の出前。なのにすでに村人は家の外にいた。
「僕目立つんだよね」
慌てて隠れようとしたけど、白い馬だからすぐに気づかれた。
しかも領主の館襲った時のままで角も隠してないから、僕を見た村人は悲鳴を上げたのだ。
「どうしよう?」
僕がいるのはカーラの生家。
教会でヴァーンジーンに会わなければ来る予定だったからシーリオに場所だけは聞いていた。
そのカーラの生家は扉も窓も閉められてる。
中からは息を殺す人の気配がした。
「ユ、ユニコーンの仔馬なんて! ヒューの家にいるってことはあいつ」
「きっとそうだ! 母馬の仇を取りに来たんだよ!」
他の家も閉め切ってるけど恐怖で引き攣った声が聞こえる。
もう日は昇り始めてるけど誰も家から出てこない。
この状態で人間の言葉喋っても怯えられるだけだよね。
「…………あれ?」
背後から足音が近づいてる。しかも軽い。
その上知った気配な気がした。
「シーリオ?」
ユニコーンの言葉だから通じないけど、振り返ったらシーリオは竦んだように立ち止まる。
「どうしているの?」
「すみません。あなたに言いたいことがあるとせがまれて」
僕に答えたのはシーリオの後ろについてきたカウィーナだ。
バンシーの声が聞けるシーリオは、意を決して僕に話しかけた。
「ぼ、僕の言葉がわかりますか?」
うーん、言葉で返すと冒険者フォーだとばれそうだ。
仕方なく頷くことで答える。
馬の首は長いからずいぶん大きな振りになった。
そんな動きにもシーリオはびくびくして、なんだか初めて会った時のことを思い出す。
「おい! エイアーナの坊ちゃんだぞ!?」
「殺されちまう!」
「逃げろ! 逃げてくれ!」
ちょっと遠くの家で覗き見してた人たちが騒ぐ。
でも決死の覚悟で僕を見るシーリオは気づかない。
そんなに騒がなくても別に殺さないって。
「あなたは、僕と妹が迷っている時に、会った、ユニコーンさんですか?」
頷く。
「やっぱり…………。じゃあ、その角は…………」
僕が頷き返すとシーリオは悲しそうな顔になった。
「あの時、僕と妹を殺すつもりでしたか?」
「そんなつもりないよ」
言いながら首を横に振る、つもりだったら首っていうか鼻づらを振る形になる。
今気づいたけど馬の首って回すことはできても横に触れないみたいだ。
「どうして僕たちに近づいたんですか?」
「迷ってたから親のいる方向を教えようとしたんだ。けど余計に怯えさせちゃった」
僕の答えをカウィーナが通訳し、聞いたシーリオは頭を下げる。
「そうと知らず非礼をお許しください」
「謝らなくていいよ。君たちの反応で僕が人間にどう思われてるかわかったし」
どうやらシーリオは僕に謝ることが目的で追いかけてきたらしい。
なのに謝った後も去らないどころか何か言いたげだ。
「何?」
「あの、どうしてここに?」
シーリオも僕がいるのがカーラの家だとわかってる。だから気になるんだろう。
うーん、カウィーナに通訳してもらえれば大丈夫かな?
よし、いっそのこと手伝ってもらおう。
「シーリオ、この方は復讐をしに来たわけではありません。けれど人が自らを恐れることをわかっているので、対話の役をあなたに任せたいとおっしゃっています」
「ぼ、僕が…………? いえ、お役に立てるなら、報恩のためにもやってみましょう」
シーリオは受けてくれるようだ。
「すみません、ヒューさん。聞こえますか?」
「ぼ、坊ちゃん! すぐに逃げてくれ!」
「いえ、落ち着いてください。大丈夫です。このユニコーンさんは危害を加えに来たわけではないそうです」
「は、はぁ?」
信じてないし窓も開かない。
それでも初めて中から応答があった。
「何か言いたいことがおありなのでしょう?」
「えっとね、僕は母馬が殺された時、茂みの中に隠れて見てたんだ」
カウィーナに促されて話すと、シーリオがちょっとたじろぐ。
「その時にカーラが最期に何かを叫んでた。あとから人間の言葉がわかってその意味を知ったんだ。僕は、カーラの最期の言葉を聞いた」
カウィーナからシーリオを経て父親のヒューに僕の話は伝わる。
「最期の、言葉…………」
「ユニコーンさんが言うには、これでお母さんは助かる。そう言っていたそうです」
「…………ぐぅ、うぅ…………」
どうやらヒューは声を殺しきれずに泣き始めたようだ。
シーリオも泣きそうな顔してる。
その理由はなんとなく想像できた。
実際、墓場でも見ている。
カーラの母親はすでに流行り病で死んでいるのだろう。
そう知ったのも、僕が角を取り返しそうと思った一因だ。
「僕はね、隠れていたんだ。母親が殺される時に。でもあの子は死を覚悟して僕の母親に挑んだ。自分の母親を生かすために」
自分の意気地のなさが情けない。
同時にカーラの強さを賞賛する思いがある。
「負けて全てを奪われるのは当たり前のことだ。だから人間が角を持って行ったのはいい」
グライフも僕を食べようとするし、食べ残しを他の動物が食べるのも自然の摂理だ。
捨て置かれた残りを誰かが有効活用するならそれもいい。
けど今回は違う。
「犠牲を払った勝者の側が報われもせず、母馬に挑みもしなかった奴が総取りなんておかしいでしょ。自分の角が芸術品だなんて弱い奴に飾り立てられてるって知ったら、母馬はきっと怒ると思うんだ」
だから取り戻した。
そしてこれが僕なりの母馬の弔いでもある。
「つまりこの方は、自らの母を倒した少女の孝徳に心打たれているのです」
カウィーナの補足をシーリオも伝える。
「うーん、そんなに難しいことを言ってるつもりはないけどね。この角を手にするべき人たちは死んでる。でも僕は最期の言葉を、命をかけた願いを聞いた。だったらこの角を得るべき相手は領主じゃない。カーラが生きて欲しいと願った人だ」
カーラが生きて欲しいと願った母親は死んでしまった。
でもこの村はカーラが守ろうとした人たちがいる所で、カーラと一緒に母馬に挑んだ人たちの住んでいた場所でもある。
「まぁ、角をそのままあげるとたぶん領主に怒られるだろうから、万病薬だけね」
カウィーナからシーリオに伝わる間に、なんだか言葉が真面目な感じにされてる。
これなら僕が冒険者フォーとはわからないだろうけど、ちょっとむず痒い。
家の中から返事はない。
逃げろとか言ってたはずの村の中も静かだ。
みんな僕の言葉を訳すシーリオの声を聞いてた。
「…………あ」
シーリオの目の前で窓が開く。
窓の向こうにはやつれた男性が涙の痕の残る顔で決死の表情を浮かべて立っていた。
たぶん、カーラの父親だろう。
その背後には年齢の違う三人の子供。
一番幼い少女は見るからに病気の様子で、ベッドに寝かされている。
「魔物のほうが心ある言葉かけてくれるなんて…………」
確かヒューと呼ばれていたカーラの父親。
たぶんこの人もユニコーンの角を使わせてほしいとでも言ったことがあるんだろう。
前司祭がどんな人かは知らないけど、あの領主だったら馬鹿を言うなとなんの同情もなく言い捨てそうだと思った。
「頼む、どうか娘だけは…………。あの子を助けてくれ!」
ヒューの叫びに他の家の扉が開く。
転ぶように出てきた村人は、汚れるのも気にせず地面に伏した。
「我が家にも病に苦しむ老母がいます! どうか、お慈悲を!」
次々に病人を抱えた村人が飛び出して僕の周りで懇願する。
その数は村のほとんどの世帯のようだ。
これは、シーリオに話をしてもらって良かった。
そうでなきゃ、早晩この村は流行り病で滅んでいただろうと思える光景だった。
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