220話:火葬
「それじゃ」
「本当にもう帰るのかよ、フォー」
不満そうなディートマールの横でマルセルも引き留めるように言う。
「一緒にジッテルライヒ行かない?」
「どうせなら冒険者として自分たちと組もう」
テオは下心込みでそう誘ってくれた。
どうやら僕は思ったよりもこの魔学生たちに懐かれたようだ。
「やっぱり森を通る幻象種たちが気になるからね」
「そうよね」
ミアは頷きつつも寂しそうな顔をしていた。
僕はユニコーンの角を見た翌日、別れを告げた。
シーリオも街を出ると聞いて見送りに来てくれている。
「ごめんね、解決まで行かなくて」
「いいえ。フォーさんの行動で僕に足りないものがわかりました。角がなくてもできることあったのに…………」
ヴァーンジーンがしていたような村への援助をシーリオはするそうだ。
無理にユニコーンの角の使用を領主に訴えなくなったとカウィーナも言っていた。
話し合った結果、ヴァーンジーンを通じて村の助祭の手伝いをシーリオはする。
ちゃんと予防のできる余裕のある状況なら流行り病で死ぬことないとカウィーナも安心していたので、シーリオは大丈夫だろう。
だから僕も安心して離れられる。
「ジッテルライヒにいらした時には声をかけてください」
見送りに来たヴァーンジーンが社交辞令か本心かわからない様子で声をかける。
僕はアルフの知識から古語を引用した。
「子供たちは夜出ないように」
「なんだ、フォー?」
「古い言葉でお別れの意味だよ」
そう言ってディートマールに誤魔化しつつ、目を向けるとヴァーンジーンは変わらず笑顔だ。
「きちんと鍵をかけておきましょう」
古語を理解した上でそう返す。
これは了解と取っていいのかな?
僕はそれ以上言わず手を振って別れた。
そのまま国境まで行く。
念のためエイアーナに入って夜を待った。
「さて、走ろうかな」
服を脱いで妖精の背嚢だけ荷物を持ち、僕はユニコーン姿に戻る。
後は夜の中本気で走ってビーンセイズの街に戻った。
街の壁は跳んで超える。
この方法なら妖精避けがあっても平気だってアルフが言ってたし。
もちろん妖精じゃない僕は誰に邪魔されることもなく街の中に降り立った。
「それじゃ、お邪魔しまーす」
ユニコーンの鳴き声で通じないけど、僕は礼儀だと思って一言断る。
そのまま目の前の領主館に角でアタック。
外壁に穴を開けて、簡単に侵入を果たした。
もちろん音と揺れで領主館は大騒ぎだ。
「念のため結界は修復して入ろうかな」
破壊した壁に注意が向いている間に、僕は領主館に入り込んでいた。
目の前の部屋の鍵は角で刺して壊す。
けど結界は壊さず入って、侵入の露見を遅らせることにした。
窓も閉め切られた室内は暗い。
でも白く浮かび上がる角はよく見えた。
ここは領主のコレクションルーム。
「きっと、あの領主に飾られるなんて怒るでしょ? だから迎えに来たよ」
僕は母馬の角に自分の角を当てる。
今さら思い出したけど、これ親しいユニコーン同士でしかしない行動だ。
母馬とはやってたんだよね。
角で台座の根元を壊す。
一度人化して、帯だけを取り出し、体の側面に母角を固定した。
「ユ、ユニコーン!?」
もう一度ユニコーンに戻った時、人間が来た。危ない危ない。
あれ、最初に駆けつけてくるかと思ったのに領主じゃないな。
武装した人間だ。
「おい! ユニコーンの子供だ! 母馬の角を奪いに来て、る、ぞ…………」
僕は台座を武装した相手に蹴りつける。
「ぎゃー!?」
叫びながらも反応は機敏で、武装した人は転がるように入り口から逃げた。
入り口を塞ぐように台座がぶつかると、声に駆けつけた者たちもあまりの惨状に悲鳴を上げるようだ。
「あ、入り口塞いじゃった。ここの壁厚そうだけど行けるかな?」
部屋の入り口は破壊され、台座がはまり込んでしまっている。
僕は壁のほうへ足を向けた。
自然、壁際に並べられたコレクションに近づくと、知った気配に気づく。
「え…………?」
確かめるために辺り見るけど、暗くてすぐにはわからなかった。
けど注意深く展示品を確かめれば、気配は黒い櫃の中からだ。
入り口では体当たりで台座どかそうと騒ぐ人間たち。
領主もやって来たらしく叫んでるのが聞こえる。
「仔馬だと!? なんとしても捕まえろ! 母馬と並べて飾るんだ!」
悪趣味だなぁ。
僕は抗議を込めて近くにある鎧を蹴りつける。
鎧は台座と入り口の隙間を埋めるようにはまり込んだ。
「あー!? ドワーフの鎧が!? やめろこの! 物の価値もわからん獣め!」
僕を物扱いしてる時点で命の価値をわかってない領主が何か言ってる。
次はよくわからない壁の一部を蹴りつけた。
「だー!? 山になったという巨人の一部が!?」
本当に悪趣味だなぁ。ここは死体置き場なの?
入り口の隙間から潜り込もうと必死になる領主は間抜けな恰好で叫んでいた。
「あー!? それはやめろ! それは本当に貴重なものなんだ!」
変わらす物扱いする領主を無視して、僕は櫃の蓋を角で跳ね上げれる。
勢いつきすぎて蝶番で固定されていた蓋が取れた。
「あー! ゴーゴンの首がぁ!」
中には干からびた首が収まっていた。
形でなんとか人間に似たものとわかるくらいには乾いて萎み切っている。
目も失くなって髪の蛇も千切られたようにいないその首を、有名な怪物だと断定できる要素は少ない。
ただ僕からすれば、確かに知った気配が残っていた。
「やぁ、メディサ」
返る声はない。
もう死んでいるのだから当たり前だ。
だからって見ないふりはできない。
(アルフ、見てるでしょ。メディサか、他のゴーゴンにどうすべきか聞いて)
真夜中なのに、アルフの返答は早かった。
(わかった。…………メディサが燃やして、だとよ)
(持って帰って埋葬とかしなくていいの?)
(うーん、森に埋めても獣に荒らされるだけだしな。それに、それみたらスティナとエウリアが暴れるかも知れない)
なるほど。確かに妹の首を持ち帰られても冷静ではいられないだろう。
僕は魔法で火を作ると、まず入り口のほうを燃やした。
「火!? いったい何処から火が!?」
僕が魔法使ってると思わない領主の叫びを気にせず、そのまま室内にも火を放つ。
部屋の奥にいる僕を隔てる炎上網だ。
けど火を消す魔法が作動する。どうやらこの部屋に仕掛けられた結界の作用らしい。
僕は窓を角で突き破って結界を壊した。途端に弱まっていた火が炎に変わる。
「あ、そうだ。お葬式の時って確か綺麗にしてからお別れするんだよね」
前世ではそうだった。
僕は一度人化すると荷物から女装用として入れられた花柄のレースを引き摺り出す。
花嫁のベールみたいで僕はつける気にはなれないけれど、とても繊細で綺麗だとは思う。
「こうやって頭にかけたら、うん、綺麗。やっぱり僕がつけるより女の人がつけたほうがいいよね。…………お休み、メディサ。森に戻ったら、笑顔を見せてね」
ゴーゴンの首は乾いていたためすぐに燃え落ちる。
笑ったように見えたのは火の揺らぎのせいだろうけど、燃やして跡形もなくするよう望んだのはメディサ自身。
少しは満足してくれたかな?
僕は他の物も燃え出す中、懲りずに入り口から入ろうとする領主に気づいてユニコーンに戻る。
「わしの、わしの宝が!」
「僕にはただの墓場にしか見えないけどね」
人間は理解しない呟きを零しながら僕は壁に向かった。
さすがに熱くなってきたので一思いに壁を蹴破って出る。
「ひ!?」
悲鳴の方向を見れば、建物の陰にシーリオがいた。
もちろんすぐ後ろには僕の正体を知るカウィーナもいる。
「あなたに危害は加えません」
「うん、しないよ。夜中にごめんね」
「いいえ。望みが叶ったようでようございました。それではお元気で」
カウィーナの声で僕が去ると知ったシーリオは慌てた。
「ま、待って! あなたは…………!」
怒号が近づく気配に、僕はシーリオの言葉を聞かず走り去る。
そうして人間では追いつくことのできない速度でまた街の壁を跳び越え、夜の闇に消えた。
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