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219話:形見

 遠ざかる馬車に魔学生たちは手を振る。


「じゃーねー!」

「気をつけろよー!」

「もう捕まっちゃ駄目だぜー!」

「お元気でー!」


 馬車に乗って去っていくのは暗踞の森を経由して南に行く幻象種の一団だ。

 南の山脈や森の西にある海の近くに住む者たちがビーンセイズから旅立った。


 もちろん暗踞の森を通ることはアルフに連絡済みだ。

 安全に森を通れるようにしてくれると言っていた。

 まぁ、森の中に道はないから人間の国の統治が緩い森の縁を通るだけだけど。


「若い奴らは気ぜわしいことだ」

「全くですね」


 残る幻象種はドワーフとフォーンで、彼らはジッテルライヒへ向かう。

 元からそっちに用事があったんだけど、道中でビーンセイズを抜けようとしたら捕まったそうだ。

 なのでジッテルライヒに帰るヴァーンジーンと魔学生に同行する。


 ビーンセイズに滞在する間は聖騎士の幻象種売買の証人となる約束をしたので、早く帰りたい他の幻象種を先に帰らせることができた。


「それで、お前さんは結局なんなんだ?」


 ドワーフが僕を見上げて腕を組む。


「いちおうエルフってことになってるよ」

「わしはマ・オシェの出身だがな、お前さんみたいなのが生きにくいくらいは知っているぞ」

「そうだね、すごく見られるんだよ。人間の中だと青い目なんて全然気にされなかったのに」

「なんだ、やはり他の幻象種との相の子かね?」


 小柄なフォーンも僕を見上げた。


「…………ニーオストの王都で聞けばわかるかもね」


 インプとの相の子って言われるかもしれないけど。


 ちなみに妖精のスプリガンたちはすでに解散してる。

 妖精って特に帰りを気にせずにいられて楽だなぁ。


「謎の多いことだ。助けられたからには礼がしたいのだがね」

「え、フォーンってケンタウロスみたいにお礼受け取らないと困るようなひと?」


 助けたケンタウロスも以前会ったケンタウロスと同じで、恩を受けたら返さないと恥だと言った。

 だから予言者のケンタウロスに予言当たったよって伝言を頼んである。


「困りはしないがね、こうも何を与えても甲斐のない相手だと逆に何ならいいのか気にもなるものだ」

「全くだ。ノームの剣を雑に扱うわ、一級品の額飾り邪魔だと言うわ。妖精たちに好かれ過ぎてちょっとやそっとの手助けじゃ意味がないと来る」


 幻象種だから妖精が見える二人はいっそ怒ったようにそんなことを言う。


「そういう加護を貰ってるからね」

「ふーむ、時間が許すなら笛の手ほどきでもして差し上げるがね」

「笛? もしかして上手い? だったらこれ吹けるかやってみてくれない?」


 思いついて妖精の背嚢から角笛を取り出した。

 角笛を見た途端、フォーンはドン引きする。


「やめろください」

「え?」

「サテュロスの下品な臭いがプンプンする。耐えられない。そんなもの叩き壊してしまえ!」


 拒否られたし、だいぶ駄目っぽい。


 そんな話をしている内に魔学生はもう待てなくなったようだ。


「おい、フォー! そろそろ行くぞ」

「やっとだよ。これだけのために来たのに」

「テオ、人助けができて良かったじゃないか」

「そうよ。助けたからヴァーンジーン司祭が協力してくれたのよ」


 この後僕たちは念願のユニコーンの角を見に領主館へ行く予定になっている。


「まぁなんだ。マ・オシェに行くことがあったら訪ねてくれ」

「私はここの隣国のケイスマルクにいるよ」


 僕はドワーフとフォーンに手を振って別れた。


「お待たせ。行こうか」


 まず役所で色々手続きをしてるヴァーンジーンと落ち合う。

 そこから一度教会に帰って、領主からの迎えの馬車に乗って領主館へ。


 出迎えには領主とシーリオがいた。


「お招きありがとうございます」

「いやいや、高名なあなたがいらっしゃったと聞けばもちろん。さっそくお手柄だったそうですな」


 僕たちのことは眼中外の領主だったけど、代わりにシーリオが僕たちの対応をしてくれた。


「聞きましたよ。皆さんで幻象種の違法売買をする聖騎士を捕まえたと」

「妖精からの伝言は聞いた?」

「はい、カウィーナが教えてくれました。すでに司祭は更迭されていたんですね」


 知らなかったことを恥じる様子のシーリオは、同時にほっとしているようだった。


 そのまま一緒に昼食をして、食後のコーヒーを取りに領主とヴァーンジーンは離席する。

 僕たちはデザートを追加しつつ待ちぼうけになった。


「長ぇよ」

「ディートマール、しぃ!」


 マルセルが慌てるけど、それも声が大きい。

 ようやくコレクション見せてくれるのに、騒ぐならここで子供は除外って言われても困る。


「くれぐれも手を触れないように」

「もちろんです」

「わかってます」


 不審そうな領主にテオとミアがしっかり答える。


 ヴァーンジーンの意識は僕に向いてる気がした。

 何もしないよ。

 たぶん。


「結界があります。お気をつけて」


 僕にカウィーナが囁く。

 聞き取れなかったらしいシーリオが、カウィーナを探すように辺りを見回す間、僕はアルフに呼びかけた。


(アルフ)

(わかってるよ。任せな)


 どうやらまた覗き見されてたようだ。

 やっぱりアルフも僕がどう反応するか心配なのかな?


(魔法陣送るから、入り口潜る時に発動してくれ。壊れた結界をすぐに修復する)

(出る時も同じ魔法でいいの?)

(おう。ただし出入りする時はゆっくりな)


 注意に頷いて開く扉を見る。


 重そうな分厚い木の扉だ。

 使用人によって両開きの扉が開かれた。


「すっ…………ぐむ!?」


 すごいと叫ぼうとしたディートマールの口が塞がれる。

 テオとマルセルが予期して左右から手を伸ばしていた。

 そしてミアが顔を近づけて口に指を立てると、ディートマールは慌てて頷き返す。


 そんなことをしてる間に、僕はゆっくり室内へ入る。

 魔法陣に魔力を流すと、見えないようにしてある角に違和感があった。

 でも角を隠す魔法は解けず入室に成功する。

 どうやら魔法の効果を掻き消す結界だったようだ。


「あれが、ユニコーンの角ですか」

「えぇ、この部屋の一番いい場所に飾るにふさわしい逸品です」


 室内は小さな博物館のように色んな物品が陳列されていた。

 扉を開けてすぐの部屋の中央、そこに半円の衝立のついた台座が置いてある。

 後光のような金属の飾りが目を引き、大理石のような石の模様も艶やかだった。


 けれど何より目を引いたのは、台座の上に据えられた真っ直ぐな角。


「…………あぁ」


 僕の角よりずっと長く立派な角だ。

 そうだ母馬の角はこうだった。


 僕の世話をするために顔を降ろす母馬の額から伸びていた角だ。

 その度に目にしていたはずの角なのに、今までどんな形をしていたか思い出せなかった。


(フォーレン、大丈夫か?)

(アルフには大丈夫じゃないように感じるの?)

(いや、思ったより静かだと思う)

(うん、懐かしいけど結局は死んだなって証拠でしかないから、ちょっと悲しい)


 言うなればこの角は母馬の形見だ。

 形見があるということは、もう元の持ち主はこの世にいないことの何よりの証。


(そっか。あの時は悲しいなんて言えないくらい混乱してたみたいだけど、悲しめるようになったんだな)


 アルフがそんなこをしみじみと言った。


 確かにあの時は酷く混乱していた。

 何せユニコーンなのに人間の記憶が蘇るなんておかしな体験をしていたのだから。

 その上僕自身の自我が弱くて人間の感じが強かったから、体と精神でちぐはぐだったように思う。


「ところで、この角を使うご予定は? 神への喜捨にご興味はありませんか?」

「はは、これは芸術品なのですよ。どんな形であれ穢すようなことはいたしませんとも」


 控えめにヴァーンジーンが領主に声をかける。

 領主はその気がないことを明言して笑い飛ばした。


 別に母馬の死の象徴を欲しいとは思わない。

 けど、こいつは違う。

 そう強く感じた。


毎日更新

次回:火葬

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