217話:末路は同じ
聖騎士は迷わず剣を抜いた。
半身になって通路でも素早く前進してくる。
僕もノームの剣を抜く。
一撃を受け止めるとすぐさま次の剣が叩き込まれた。
流れる動きで繰り出される斬撃が止まらない。
「剣が良くても腕が伴っていないな」
「握り方しか、教わって、ない、からね」
受けるので精いっぱいだ。
その防御も普通の人間より基本的な身体能力が高いからなんとかできてる状況。
明らかにオイセンで見たもぐりの聖騎士とは違う。
剣は重いし鋭い。
体は揺るがないわりに足は軽い。
僕に反撃の隙を与えない剣捌きで、防戦一方に追い込まれる。
「力量の追いつかない者に振られる剣が哀れでさえあるな」
「その哀れみを、他種族にも持ってくれれば良かったんだけど」
「ほざけ。終いだ」
「それはお断りだよ」
致命傷を与えようとした聖騎士の剣は空を切る。
動きは僕のほうが早いから、避けて大きく下がった。
けど後ろには魔学生と幻象種。
逃げ場がないのはわかっているので、聖騎士は深追いしない。
何より僕の余裕に警戒しているようだ。
実際腕に差があるのに傷一つつけられていないことを重く見ているんだろう。
慎重な敵って面倒だなぁ。
「聞いておくけど改心する気はない?」
「何を考えているか知らないが、お前は生きて返すわけにはいかないようだ」
「それは残念だ。じゃ、僕も仲間を呼ぼうか。誰か、戦えるひとはいる?」
呼びかけに魔学生が動こうとするのを、黒い馬がマントを噛んで止める。
その間に、明り取りから声と足音が湧くように聞こえて来た。
「なんだなんだ?」
「どうしたどうした?」
「喧嘩か喧嘩か?」
「お呼びだお呼びだ」
明り取りに光る目がぞろっと並ぶ。
「ひぃ!?」
テオが悲鳴を上げて、マルセルはミアに抱きつく。
明り取りからずるりと入り込む子供のような大きさの妖精たち。
やって来たのは獰猛そうな悪妖精だった。
しかもゴブリンの亜種ばかり。
「な、はぁ!? どうしてゴブリンがこんなに!? 悪妖精を操れるとでも言うのか!?」
「うーん、いうこと聞いてくれるかは自信がないなぁ」
僕は思わず正直に聖騎士へ答えていた。
集まったのは鉱山に住むゴブリンのコブラナイ。
人食いのゴブリン、バガブー。
水棲のゴブリン、グラシュティン。
悪人に寄って行くゴブリン、コバロイ。
全部アルフの知識なんだけど、基本的に人間を襲う感じらしい。
「あ、大丈夫っす。草原の奴らからお聞きしてますんで」
「いやぁ、お噂はかねがね」
「おったちにも通すべき義理はあり申す」
「なんでどうか、蹴り飛ばさんでくださいね」
ゴブリンのほうから下手に出て来た。
どうやら僕がユニコーンだとわかって来たようだ。
「そう。じゃ、殺さないで捕まえて。突き出さなきゃいけないんだ」
「「「「了解! 行くぜ、野郎ども!」」」」
入って来たのは四人のゴブリンだったけど、明り取りからさらに仲間がずるずると湧いてくる。
「う、うわー!?」
もはや数の暴力だ。
しかもゴブリンは僕と違って武器の扱いも慣れてる。
ちょっとホラー映画みたいな勢いで聖騎士がゴブリンたちの向こうに沈んで行った。
ゾンビに群がられる人ってこんな感じで見えなくなるよね。
…………え、生きてるよね?
「うん、この音…………。外に他の聖騎士も集まってきたみたいだ。お願いできる? あ、でも子供も見てるんだからお行儀良くね」
「「「「あいあい!」」」」
ゴブリンたちは何故か聖騎士の向こうの階段を使わず明り取りから外へ出て行く。
そしてほどなく階段からは野太い悲鳴が聞こえて来た。
きっと今僕たちの目の前に横たわる聖騎士と同じ末路を辿ったんだろう。
地下牢の床には着ていた服を縄代わりにされた聖騎士が転がってる。
ほぼ裸だ。
服は縄状に器用に破かれているんだけど、どうやったんだろう?
「あ、あんまり血も出てないね。聞き分けのいい妖精たちで良かった」
「妖精怖い…………」
マルセルの震え声に振り返ると、まだミアにしがみついてる。
うーん、これも子供には刺激が強かったかぁ。
やっぱりホラー的にゴブリンに呑まれて悲鳴上げてたのが駄目だったかな?
「フォー、お前ゴブリンに何してあんなに言うこと聞かせてんだよ?」
ディートマールまで怯えぎみだ。
何って…………。
「暗踞の森の北にある草原で、ゴブリンたちが襲って来ないようにしたからだと思うよ」
「そこ、全盛期だったビーンセイズの前国王が攻め落としきれなかったって…………」
「そうなんだ? まぁ、そうだろうね。ひたすら走り回る体力が必要かなぁ」
ミアは僕の答えに唖然としてる。
幻象種たちは何故か首を横に振っていた。
同じ四足の幻象種のキマイラも大人しい。
ライオンの頭に胴体は山羊らしい。
尻尾は毒蛇で注意ってアルフの知識にあるけど、僕にはあまり関係ない。
「あー、えー、ともかく礼を言わせてくれ」
気を取り直すようにドワーフが声を大きくした。
他の幻象種たちも口々にお礼を言う。
僕は剣を鞘に戻した。
するとドワーフがちょっと恐々聞いてくる。
「のう、その剣」
「これ? ノームに貰ったんだ」
「森と言っておったな、ノームの鍛冶屋はまだあるのか!?」
「ドワーフでも知らないんだ? 森に棲むひとたちの鍛冶屋やってるよ」
「貰ったと言ったな? いったいどんな功績の褒賞に?」
「え、余ってる物ないって聞いたら、古くてもう売れないからって貰ったんだけど」
「はー!?」
なんで怒るの?
「なんで剣? 自前でそれより強いもん持ってんだろ」
ケルピーが呆れたように言う。
これやっぱり僕の正体わかってるよね。
「顔がこれだから威嚇代わりかな? ま、ともかく上に行こう。キマイラがお腹すかせてるみたいだし」
僕の一言に魔学生たちは縮み上がる。
他の幻象種も怯えるけど、キマイラは何もしない。
涎垂らして我慢してる。
ライオンの顔はもちろん尻尾の毒蛇も窺うように僕を見てるんだよね。
「僕の目の届く場所で襲うのはなしね。やったら刺すよ」
「きゅーん」
情けない声を出すキマイラは首を下げぎみにする。
言うことは聞くようなので、ともかく階段を上った。
僕を箱屋を出る前に一度背後に止まるよう手で指示を出す。
どうもまだ外に動いてる武装集団がいるようだ。
小屋の入り口からそっと外を窺うと、そこには見知った顔がいた。
「あれ、ヴァーンジーン」
「あぁ、良かった。無事ですね」
小屋を出ると兵を連れたヴァーンジーンがいた。
馬を降りて僕のほうにやって来る。
ヴァーンジーンの後ろの兵は転がってる聖騎士の回収をしており、全員が渋面だ。
相手が聖騎士だからか、それともその恰好に対してかは定かじゃないけど。
「予定より早く聖騎士が戻ってしまい。最悪を想定して急いだのです」
「…………驚かないんだね」
僕の後ろには魔学生と幻象種がいる。
ヴァーンジーンは心配そうに駆け寄って来たけどその顔に驚きはない。
最初から聖騎士が幻象種の密売に関わってると知ってたんだ。
「魔学生はお手柄ですね。幻象種の方々はどうかこちらの指示に従っていただけますか?」
僕には答えずヴァーンジーンはそう声をかけた。
素直に喜ぶ魔学生と違い、幻象種たちは僕を見る。
聖騎士に捕まっていたのだから聖職者のヴァーンジーンに従うことに抵抗があるらしい。
助けた僕の後押しが欲しいみたいだけど、僕もヴァーンジーンとは会ったばかりなんだよね。
「守ることに優れたひとはいる?」
声をかけるとドワーフのような妖精の一団が現われた。
「本来ならば妖精の護衛たる我々スプリガンの役を守護者どのに果たしていただいた。お力になれるのでしたらなんなりと」
か弱い妖精を守る妖精のスプリガン。
妖精が捕まっていたけれど、妖精避けのせいで助けられなかったそうだ。
「そう。だったら、ここにいる幻象種たちを守ってあげて。何かあったら僕に報せて」
幻象種はスプリガンの護衛を受け入れてくれる。
そうして幻象種たちはヴァーンジーンの保護下に入り、街へ行くことになった。
そしていつの間にか一人だけ残っていた妖精の黒い馬は、何も言わずにいなくなっていた。
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