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214話:聖騎士の汚職

他視点入り

「ヴェラット」

「大丈夫よ」


 トラウエンと手を繋ぎ合って私は覚悟を決めた。

 着ているのは生贄の白い服。


 迷いを振り切るように悪魔召喚の儀式が行われる天幕へと移動した。

 中には族長と狩人が待っている。

 いや、狩人風の姿をした悪魔だ。


「次はこのような低級でないように心掛けよ」

「低級で悪ぅござんしたね。こんな遺体でも受肉できただけましだと思ってくれよ」


 族長に悪魔は軽口を叩いた。

 エフェンデルラントとの戦争で集めた血と憎悪は、森での儀式は不可能と判断して死体に集めていた。


 トラウエンが自らの逃亡を後回しにしてまで森から逃がした遺体。

 それで召喚できたのがこの狩人風の気さくそうな悪魔だった。

 魔王に召喚された七十二柱よりも下。それでも下位の悪魔より格段に上。

 けれど族長は満足しなかった。どころか悪魔が条件を出したために大いに不満を覚えていた。


「時間は有限だ。早く始めろ」

「はい」

「情緒がねぇなぁ。親子なんだろ? ま、そんなのある奴なら娘を生贄になんてしないか」


 悪魔は軽口を無視されて肩を竦める。

 その目が私に笑いかけた気がした。


「ではどうか、そちらで力をお貸しください」


 私が魔法陣の上に立つと、トラウエンは魔法陣の前に立つ。

 その後ろに族長が三歩の距離を置いて立った。

 悪魔は私たちの側面におり、全体を眺められる位置を取っている。


 儀式が始まり私は魔法陣の上で横になった。

 その魔法陣の中に入って来たトラウエンの手には短剣が握られている。

 言葉もないまま、トラウエンは私の側に膝突いた。

 そして短剣を振り下ろした瞬間、私は族長の死角で仕掛けを発動する。


「…………ぐふ!?」


 この場所は全て私が用意した。そして儀式台に仕込んだ矢も、そこに塗られた毒も。

 矢は至近距離で威力を殺すことなく族長の心臓を背後から貫いた。

 血が床に落ちる。

 絨毯の下に隠していた魔法陣が生贄を受け入れ光りを発した。


「き、ざま、ら…………!?」


 手を取り合って立つ私たちに、状況を察した族長が憎しみの籠った目を向ける。

 けれど族長は毒と急所への攻撃で膝が落ちて動けない。


 私は走るような鼓動に揺れる胸元から、宝石を取り出す。

 すぐさまトラウエンも悪魔召喚の準備に入った。

 族長が身に着ける魔王石のトルマリンと、私の持つ魔王石のアクアマリンの力が拮抗して辺りに火花が飛んだ。


「な、に…………!? なぜ、何故それを!」

「予言には従います。僕はあなたを補助して魔王復活の予言を果たしましょう」

「予言にあなたの意思は関係ない。その体を悪魔が使って悲願を果たしても同じこと」

「ふざげ、るな! 許、ざん、ぞ…………、ごの、ような、ごと、がぁ、ぁああああ!?」


 私たちが見下ろす中、魔法陣からは黒い触手が伸びる。

 まとわりつく黒い触手に、族長は血を吐き散らしてもがき苦しんだ。


 私とトラウエンは抱き合ってただ成り行きを見ていた。

 いや、目が離せなかったのだ。

 確かに死んだ?

 本当に死んだ?

 悪魔の召喚なんてどうでも良かった。

 ただその確信が欲しかった。


「…………おいおい、とんでもないの呼び出しやがった」


 静観していた狩人の悪魔が呟く。


 触手に覆われた族長は真っ黒な影の塊、いや、闇のさなぎのようだった。

 割れるように黒い触手が開くと、役目を終えたとばかりに魔法陣へと消える。

 そして現われたのは心臓に矢を受けた族長。


「良い贄です。そして良い裏切りです。至極の好む環境ではありませんか」


 顔も声もそのままに、語り口だけが理知的な雰囲気を醸す。

 族長が笑った。その表情も口調に見合う美的な気品がある。

 これは明らかに別人だ。


「ひゅー、不正の器、敵意の司のお出ましか。ご自慢の戦車はどうしたんだい?」

「おや、かつての同朋。君の所の将軍も呼ばれているのかな?」

「いや、残念ながら俺一人ですよ。あんたが来たってことはこりゃ相当荒れますね」


 既知の悪魔たちは抱き合う私たちなど構わず親しげに話す。


「…………悪魔ライレフ」


 召喚者として相手を特定したトラウエンが呼ぶと、族長の顔をした悪魔がこちらを向く。

 それまで一顧だにしなかったのは、私たちとの力量の差を物語るようだ。


 本当に私たちが呼んだのか、怪しくなるほど高位の悪魔だ。

 そんな悪魔が族長の顔で笑いかけて来た。

 正直怖気が走る。


「これは召喚者。…………そうそう、こちらをどうぞ。あなた方の願いには必要な物でしょう?」


 そう言ってライレフが無造作に差し出すのは、族長の握っていた魔王石のトルマリンだ。


「それでは契約内容の確認と行きましょうか」

「あんたがそれだけ乗り気だと恐ろしいな。子供相手なんだから少しは優しくしてやってくださいよ」

「さて、それは吾の契約者次第、と言ったところですね」


 血の臭いのする天幕の中、悪魔たちばかりが楽しげに笑っていた。





 村の教会でミルクを貰いながら、魔学生は元気に喋り続けている。


「あなたたちの義憤と好奇心はわかりました」


 嫌な顔一つせず、ヴァーンジーンは魔学生たちがここへ来た理由を聞いて微笑んだ。


「私もこの村の状況を知ってどうにかしなければならないと思っていたのです。薬や食料をジッテルライヒから持ち込みましたが、焼け石に水でしかなく」


 ヴァーンジーンは姫騎士からビーンセイズ王国の報告を受け、後継の聖騎士団と折衝を行ったそうだ。

 その中でビーンセイズの教会組織の腐敗を調査し、この村の司祭を更迭したんだとか。

 その後に救援物資を持ってやってきて今に至る。


「王都が忙しく人手が足りないのです。正直、姫騎士団にはこの国に残って、いえ、エイアーナの現状も見過ごせないですね」

「だったら俺たちが手伝ってやるよ!」


 ディートマールが安請け合いすると、他の魔学生たちも賛同の声を上げる。


「そうね、ヴァーンジーン司祭がここまで来なきゃいけないなんて大変なことだもの」

「シーリオにも預かるって言ったからね、目的が同じなら協力すべきだよ」

「あ、手伝うんで、学園のほうにはちゃんと自分たちの働き伝えてくださいね」


 テオが抜け目ないなぁ。

 魔学生たちに微笑んだヴァーンジーンは確認するように僕を見る。


「冒険者として指名の依頼を入れればお手伝いいただけますか?」

「その必要はない。…………いや、冒険者組合という第三者を入れたほうがいいなら受けるよ」

「話しが早くて助かります」


 含みがある感じがしたと思ったら、このヴァーンジーン何か計画があるみたいだ。


「実は前司祭とビーンセイズに派遣された聖騎士の資金の流れがおかしいのです」

「ちょっと待った」

「はい?」


 僕の制止にヴァーンジーンは不思議そうに答える。


 それ汚職って言わない?

 え、そんなことただの冒険者に言っていいの?

 僕部外者だよ?

 他国の人間でって、それはヴァーンジーンも同じか。

 あれ、でもエルフって思ってるんだよね?

 種族さえ違うのにそんなこと関わらせていいの?


 魔学生を見てみるとこっちもわからない顔してる。

 ヴァーンジーンを見てみる…………あ、これわかってて爆弾発言したな。


「ヴァーンジーン、あなたはそれでいいの?」


 にっこり笑うのがどうやら答えだ。


「私がここへ来たのは流行り病に苦しむ人々を救うためです。私の本題は、民の救済。障害があるのなら排除することもまた救済に繋がると思っています」

「聖職者らしい答えって言うのかな。後始末が増えるだけじゃないの?」

「あなたは思ったより我々の社会に造詣が深いようだ。この出会いは私の行いを後押しする神の恵みかもしれませんね」


 いや神とか知らないけど。

 日本人の感覚なのか神とか言われるとすごくうさん臭く感じるなぁ。


「もちろん労を負ってくださるなら私もできる限りの援助をいたしましょう。…………実は私もユニコーンの角の実物に興味があり、先日領主に打診していたのです」

「え!? もしかして」


 いち早く反応したディートマールが声を大にする。


「はい。許可を貰いましたから、私の連れという形でなら一緒に見られると思いますよ」

「本当!? やったー!」

「嬉しい!」

「あのケチにどんな手使ったんですか?」


 素直に喜んで興奮する魔学生に、聖騎士の汚職とか面倒なことに関わる不安はないようだった。


毎日更新

次回:チンピラ聖騎士

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