213話:ジッテルライヒの司祭
村の墓地を管理する教会で、聖堂の扉が派手に開けられる。
「たのもー! ここの司祭出て来いやー!」
「ディートマール! 駄目だって!」
「やめなよ、ディートマール!」
「ディートマール、お願い止まって!」
カーラの母親かもって言ったのがまずかった。
理不尽さに怒ったディートマールが教会に突撃してしまっている。
魔学生の後ろからついて行くと、教会の中は無人。
ディートマールは肉体的に一番強いので、他の魔学生を引き摺りながら踏み込んでいく。
「な、なんだ君たち?」
「ユニコーン狩りしたくせに流行り病放置してる司祭に物申しに来た!」
「待って待って! その人たぶん司祭じゃないよ!」
「助祭の恰好してるでしょ! 魔法構えないで!」
「に、逃げてください! お願いします!」
へー、ケープみたいなもの着てる人は助祭っていうんだー。
いざとなったら止めるけど今は傍観してみる。
助祭はそんな子供たち相手に戸惑っていた。
「前司祭なら、すでに更迭されているよ?」
「んだそれ!? いいから司祭連れて来い!」
「え、え? 今前司祭って言わなかった?」
「マルセルそこじゃない! 更迭っていうのは役職下げられたってこと!」
「もう教会側で罰されてここにはいないということよ!」
更迭という言葉を知ってたテオとミアが説明する。
どういうことだろう?
「どんな名目で前司祭は更迭されたの?」
僕が聞くと助祭は気づいてなかったみたいで驚く。
まぁ、フードとマントで顔隠してるし、一緒にいるのは目立つ魔学生だし。
僕、怪しいよね。
それでも助祭は答えてくれた。
「君たちが言うユニコーン狩りは、前司祭の独断だったんだよ。許可されていないのに信徒を募って、教会からの予算を割いて、さらには多くの尊い命を犠牲にした。王都からの査察の結果明るみに出て更迭となったんだ」
「司祭だけが?」
「いや、助祭や修道士たち全てさ。私も王都のほうから一時的に無人になることを防ぐために派遣されたんだ」
つまりこの助祭、来たばかりの人らしい。
理解してディートマールも静かになった。
「ディートマール、落ち着いたなら騒がしくしたこと謝らないと」
「あ、おう。すみませんでした」
「いやいや、私も同じ国にいたのに何もできなかった不甲斐ない人間だ。君の怒りは真っ当な心からの発露。謝る必要はない」
許してくれるなんていい人だなぁ。
下手したら魔法で攻撃されてたのに。
「何やら騒がしいようですが、どうしました?」
「いえ、少々行き違いがあっただけですよ」
奥から声をかけられ、助祭は一言も僕たちの無礼を言わずに答える。
やって来たのは優男風の聖職者。
布地を幾つも重ねた白い服に、頭には四角い帽子?
「「「「ヴァーンジーン司祭!?」」」」
「おや、魔学生の。何故ここに?」
知り合い?
「ヴァーンジーン司祭こそなんでビーンセイズにいるんだよ?」
「自分たちはユニコーンの角を見に来ました」
「けど酷いんだよ! 領主が見せてもくれないけちんぼで!」
「どうにかしようとする冒険者の方と一緒にここまで来たんです」
どうやら魔学生たちは慕ってる相手のようだ。
ミアの言葉でヴァーンジーンは僕を見る。
「初めまして。私はジッテルライヒで教区を預かる者なのですが、まさかビーンセイズで魔学生に会うとは思いませんでした」
「初めまして。冒険者のフォーっていうんだ。…………あれ?」
僕のほうに近づくヴァーンジーンからは、動きと共に匂いが漂う。
僕のほうから近づいて確かめた。
「これ、ヴァシリッサの匂い」
香水の甘い匂いだけど、乙女を偽る香水を使ってる独特の香りだ。
どうして司祭からこの匂いがするんだろう?
「ヴァシリッサっていう修道女知ってる?」
「…………さて、よくある修道名なのでなんとも。何か臭いましたか? すみません、ジッテルライヒからこちらに来てまだ日が浅く、洗濯も思うとおりにできなくて香水を大目に振っていたんですが。お恥ずかしい」
もしかしてヴァシリッサのあれって市販品?
ジッテルライヒから来たってエルフの国では言ってたけど、そこの使ってたってこと?
「何か臭うか?」
「うーん、香水と他にもあるけど」
「墨と蝋燭だね」
「あと、知らない香辛料のような」
「お願いだから臭わないでくれないかな。さすがに恥ずかしいよ」
鼻を向けて寄って来る魔学生たちに、ヴァーンジーンはたじたじだ。
「そうだ、話しを聞くためにも私が使っている部屋に行きましょう。流行り病の予防についても教えますから」
ヴァーンジーンが奥へ案内するのを助祭は止めない。
というか何か仕事してたのを僕たちが邪魔してたんだろうな。
「エルフなんだけど目が青いんだぜ!」
「紫がかった珍しい人魚の鱗を持ってるんです」
「高そうな剣とか高そうな飾りも持ってるよ」
「妖精さんとお喋りできるんです」
「ちょ、ちょっと…………」
えー、ヴァーンジーンに全部話すのー?
「大丈夫ですよ。他言いたしませんので」
「あなたはそうかもしれないけれど、彼らは僕との約束を今破っているんだよ」
これジッテルライヒに帰ってからも言うよね。
せめて僕に許可取るならいいけどこれは目に余る。
「次にまた僕との約束を破るようなら、魔法を使えなくするからね」
「そんなことできるわけないだろ!」
ディートマールは信じていないようで大笑いした。
「だったら今から使えなくさせるよ。ほら」
「そんなことできるわけ…………あれ? あれ!?」
「何やってんだよ。灯煌って、あれ?」
ディートマールを笑ったマルセルも魔法が発動せずに慌て出す。
テオもやってみるけど魔法は使えない。
「ほ、本当に、私たちの魔法を?」
ミアは恐々と僕を見る。
ヴァーンジーンはじっと僕の動きを観察してるけど、僕は何もしてないからわからないはずだ。
だってやってるのは妖精なんだから。
この国は妖精避けがあって基本的に妖精は建物に入れない。
そこに妖精王の加護のついた僕がいたので加護を縁に面白がって僕にくっついて入って来た妖精が四人いた。
その妖精たちが魔学生の魔法を使った瞬間打ち消してるだけなのだ。
「全く理屈がわかりませんね。フォーさんの秘術かもしれません。ここは素直に謝り約束を違えないよう気をつけるべきでしょう」
そう忠告するヴァーンジーンに魔学生は素直に従った。
「「「「ごめんなさい。もう言いません」」」」
「僕はそれで許すけど、安易に約束をして破っては駄目だよ。ひとによっては命で償わせるんだから」
「皆さん、エルフは私たちに似ていますが私たちとは違う法則の中で生きている方々です。そうした方と関わるならまず教員に指示を仰ぐのが順当なやり方ですよ」
「「「「はい」」」」
なんか魔学生に怖がられちゃった。
やりすぎたかな?
「ところでフォーさん、あなたは何故この国に? 正直危うい情勢です。あまり幻象種の滞在はお勧めしません」
「ちょっとユニコーンの角を見に来ただけだよ。確かめたらすぐ帰る」
「確かめる、ですか?」
「…………今度は僕から質問。ジッテルライヒの司祭が、どうしてビーンセイズの司祭の更迭に関わってるの?」
ヴァーンジーンは魔学生を見て僕を見る。
更迭に関わっていることについて否定はしないようだ。
「ビーンセイズが今不安定になっている原因は知っていますか?」
「老王が失脚したからと冒険者組合では聞いたよ」
「実はその失脚に私が監督する騎士団が関わっていたのです。ですから、事後のことにも関わることになりまして」
騎士団ってランシェリスたちの後に来た?
「フォー! ヴァーンジーン司祭すごいんだぜ!」
「違うよ! 騎士団がすごいんだよ! 魔法をバンバン使うんだ!」
「神殿の騎士団の中でも、自分たち魔学生並みに魔法が使えるのは珍しいんだ」
「フォーはエイアーナに行ったことがあるなら知らない? シェーリエ姫騎士団って言うの」
危うく変な声出そうになった!
え? そっち?
ってことはヴァーンジーンってランシェリスの上司?
「ご存じですか?」
「…………目立つから知ってはいるよ」
僕のことどう報告してるんだろう?
森まで一緒に移動した姫騎士はいいけど、やっぱりユニコーンだとシアナスみたいな反応の人もいるみたいだし。
…………ここは知らないふりしておこう。
毎日更新
次回:聖騎士の汚職




