206話:冒険者フォー
ビーンセイズに入った僕は、国境の街を目指す。
集めた情報でこの土地の村々からユニコーン狩りの人手が出たことは掴んでいた。
街の中心には教会があって、隣に物見の塔が立っている。
塹壕は掘ってあるけど壁のない街は、活気はなくてもそれなりの生活水準があるのがわかる街並みだった。
「よし、まずは冒険者組合に行こう」
金羊毛に教えられた情報を金で買える場所だ。
エフェンデルラントで作った身分証もあるので大丈夫だろう。
こっそり聞いた話だけど、どうやらこの身分証だいぶ色がついてるらしい。
これを出せば無碍な扱いはされないと金羊毛が太鼓判を押してくれた。
だから人間相手に力尽くはやめてくれと頼まれもしたけど。
「エフェンデルラントの冒険者ねぇ」
冒険者組合の受付のおじさんに鼻で笑われた。
目は僕の腰の剣に向いている。
フードとマントで隠しても僕の体格は小さく子供とわかる。
さらに威嚇目的でノームからもらった剣を下げていたので不釣り合いさに見栄を張っていると笑われたようだ。
やっぱり使い慣れてないのは見る人が見ればわかるんだな。
「何か問題が?」
「片田舎の傭兵の国の冒険者なんざ…………おっと」
受付のおじさんは言いかけてやめる。
身分証のプレートを確認し直して、おじさん真面目な顔になった。
そして他に見えないようにプレートの一か所を指す。
「顔見る?」
「いや、やめておけ。本当ならそれでいい」
おじさんが指したのは僕のエルフという種族欄。
本当はユニコーンだけど、やめておけってどういうことだろう?
ニュアンスからして僕を思っての言葉っぽいけど?
「あ、なんだ。金羊毛か。こいつらエフェンデルラントでも活動してるのか?」
「知ってるの? 最近オイセンで問題があって二つに割れたんだよ」
「何? あそこは森の素材を数と鮮度で揃えられるいい冒険者だったのに。頭のエックハルトはどっちの国にいるんだ?」
「エフェンデルラントのほうだよ。おいおい国は移動するつもりなんだって」
「はぁん、やっぱり戦争に駆り出されるなんて碌なことねぇな」
おじさんは経緯を察したらしくちょっと吐き捨てるように言った。
「お前さんは新たな金羊毛ってことかい?」
「ちょっと助けたら身分証作りを手伝ってくれたんだ。ここに来たのは僕の私用だよ」
「ちょっと、手伝いで、ね」
含みのある言い方でおじさんはプレートを見る。
プレートには作った時に説明されなかったいくつかのマークが刻まれていた。
冒険者組合同士の符丁だと金羊毛が教えてくれたものだ。
どうやら僕のプレートには取扱注意の符丁が刻まれてるらしい。
ただ対話可能ともあるから大丈夫と言われた。
「一応、今まで倒した中で一番の魔物を聞いておこうか」
それ定型文なの?
僕のプレートには上級の戦闘職と刻まれている。
ただし討伐実績はなし。
冒険者登録はあくまで身分証欲しさだから、その後冒険者としては何も実績を積んでない。
「どうした?」
「うーん、エフェンデルラントではちょっと騒がれて話が大きくなったんだよ。だから、ちょっと耳貸して」
実績もないのに上級扱いは危険人物認定に近いと金羊毛が言っていた。
ただし手出しをするなという警告にもなるから交渉次第なんだそうだ。
「人狼と追い駆けっこくらいはできるよ」
「…………はぁ?」
あ、信じてない。
けどエイアーナで倒したワニやクモは特殊なモンスターらしく一般的ではないと金羊毛に教えてもらったし。
「あと、弱いの…………あ、山羊みたいな悪魔の群れ」
「はは、何言ってんだよ」
また信じてないなぁ。
これより弱いのは…………。
「あとは、森の北の草原の悪妖精たちなら寄ってこなくなったけど」
おじさんは黙って僕を見据える。
「冗談だよな?」
「金羊毛から人間とずれてるって言われたから、変なこと言ってるかもしれないけど、本当」
「…………まさか単独とは言わないよな?」
「人狼以外なら、同じ幻象種がもう一人いたけど」
「なんつう奴に発行してんだよ…………いや、これを野放しってのも…………けどこんなの規制できるのか? 対話可能ならいけるのか?」
おじさんは頭を抱えて早口に呟く。
聞こえてるけど知らないふりしておこう。
「…………それで? なんの用でここに?」
悩むのをやめて切り替えたおじさんに、僕は金銭に応じたユニコーンの角についての情報を求める。
「あぁ、そりゃ諦めたほうがいいぜ。あの野郎はケチで使わせちゃくれねぇよ」
「あるとわかっただけいいんだけど、僕は見たいだけなんだ」
「金積まないと無理だな。その上、繋ぎ取ってくれる相応の身分の人間の仲介が必要だ」
持ち主はこの辺りの領主で、普段金は払い渋るが使う時には使う浪費家の面もあるらしい。
珍品奇物の収集家で、権力者への繋ぎにも金をよく使うとか。
そんなことを教えてもらった。
「宗教関係者が信徒を集めてユニコーン狩りをしたって聞いたけど?」
「この国の老王が健康にいいもんならなんでも欲しがったんだよ。で、権勢ほしい教区長が流行り病にかこつけて人を集めた。だが、グリフォン騒ぎで聖騎士が王都押さえて老王は失脚。ユニコーンの角は買い手を失くした」
教区長という人が手に入れてすぐ老王に渡さなかったのは、台座造りのため。
「聞いた話じゃ、男四人で運ぶようなご立派な台座をこしらえて老王に献上しようとしていたらしい」
「で、領主が買い叩いた、か…………」
わかってはいたけどろくでもない話だ。
けど大事にされてるならいい。
「そうだ、その流行り病はもう大丈夫なの?」
僕の質問におじさん疲れたように肩を竦める。
「この街入る時、何処から来たか聞かれなかったか?」
「うん、エイアーナからって」
「あ、国境越えたからすぐ通されたのか。国内からだと通った関所の通行手形求められるんだよ。流行り病にかかってないことを証明するために」
「え、ってことはまだ流行り病収まってないの? ユニコーンの角があったのに?」
角一刺しで水瓶一つ分の万病薬ができる。
獣人の国の人口は知らないけど僕一人でなんとかなったんだから、周辺の村々に配るくらいの薬はできるはずだ。
どれだけ広範囲に流行り病は広がってるんだろう?
「国王へ送ろうって品を、先に平民が使えるかよ」
「え…………?」
「その後は好事家領主が直し込んじまって誰も触ってねぇ」
つまり、誰もユニコーンの角の恩恵を受けてない。
脳裏に浮かぶのは血まみれの少女。
血を吐きながらの言葉が耳に蘇るようだった。
「犬死じゃないか…………」
「おいおい、妙な正義感起こすなよ」
おじさんは凄むような怖い顔を作って僕を警戒する。
いけないいけない。
「つまり、この国は流行り病を放置してるってこと?」
「封じ込めだよ。村の奴らを犠牲にしたな。だが、それで大多数の国民は助かる」
「薬や医者は?」
「あー、オイセンとか森に接してる国はそういう奴ら多いんだったか? このビーンセイズじゃそういう専門的な奴は領主が抱えてる侍医だけだぜ。罹患すること承知でお抱えの医者出すわけがないだろ」
薬の材料が簡単には手に入らないビーンセイズでは、医療に従事する人間は多くないらしい。
「森周辺の国と同じに考えないほうがいい。規模の小さい国々ってのは、一芸に秀でてる。だがこのビーンセイズはある程度田舎でも小国より生活しやすい代わりに、だいたい何処も同じようなもんで優れたものは権力者ががっちり握ってるんだよ」
僕のことをエルフだと思ってるから説明してくれるんだろうけど。
たぶんこの人は根が良心的なんだろう。
「たぶん冬になれば病人は死に絶える。春になれば村も解放されるだろう。どうしても気になるならさっさとここから離れな。今さらただの冒険者にできることはねぇよ」
そう僕に忠告するおじさんは良心の呵責か目を逸らしていた。
お眼鏡にかなう相手がいたら縁を結ぶために商談をしてみるのもいいと金羊毛が言っていた。
珍しい物を売って良い印象に残しておくと便宜を図ってくれるのが冒険者組合らしい。
「忠告ありがとう。あとは流行り病の起きてる範囲と、ユニコーンの角を持ってる領主の居場所を教えて。お金は払うけど、持ってるものでの支払いも」
「おい、お前もユニコーンの角に興味あるのか?」
突然後ろからそんな声をかけられる。
振り向くとそこには、十代半ばの少年少女が立っていた。
毎日更新
次回:ジッテルライヒの魔学生




