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202話:神殿の研究

 僕が向かうビーンセイズ王国は森と接してない人間の国。

 だからビーンセイズと国境が接してるエイアーナから行くしかない。


 僕はこのエイアーナで生まれて、母馬が襲われた。

 今思うとビーンセイズとの国境近くだったとわかる。


「こんな楽な旅が今まであった?」


 野営の準備終わった土の上で、シアナスが困ったように呟いた。


「先輩もそう思いますよね。私従者一人だったのに森への道中の楽なこと楽なこと」


 ブランカは姫騎士団と一緒に森へ向かった旅路を思い出すようだ。

 人化しててもユニコーンの気配はわかるみたいで、僕がいるから獣は寄ってこない。

 水は僕が近くの妖精に聞くからすぐ見つかる。

 敗戦国のエイアーナは治安が悪くなってるらしいけど、盗人がいても妖精が教えてくれるので見張りもいらない。


「狩りの手伝いは上手くできるかわからなかったけど、魔女から食料をいっぱいもらってて良かったよ」

「確かあのグリフォンの方は鳥も取ってくると聞きましたね」

「うん。僕は追い立てるしかできないし、もともと狩りする種族じゃないからグライフより逃げられるんだ」


 穴に隠れられるとどうしようもないんだよね。

 シアナスは温めた蜜酒を手に感慨深そうに言った。


「かつて幻象種を手懐ける試みがあった理由がわかりました」

「え、人間ってそんなことしてたの?」

「私も初耳だよ。先輩、それって神殿がですか?」


 頷くシアナスのほうが従者歴は長く、ブランカより色んな事を聞き知っている。


「そう言えばブランカは村育ちだったよね? シアナスはどうして姫騎士団に入ったの?」

「私は修道院が運営する孤児院で育ちました。そこから修道院の下働きになったので、ブランカより神殿の内情が聞こえる位置で育っています」


 聞けば、そういう孤児院では一定年齢で出て行かなければいけない上に、宗教関係の就職先しかないそうだ。

 その中でシアナスは姫騎士の従者を選んだ。


「研究についてはまだブランカが従者になる前、副団長から聞きました。神殿ではかつて幻象種を手懐ける方法が研究されていたと」


 馬や牛のように四足の幻象種を家畜のようにするつもりだったのかな?

 まぁ、ゲーム風に言うとモンスターテイムだし、できたらいいなって思うのは不思議じゃないのかも。


「昔からある試みなのですが、有名な失敗例がユニコーンです」

「あぁ、自ら死を選ぶってグライフが言ってたような」

「ひとごとなんだね。フォーレンなら捕まった時どうするの?」

「うーん、逃げるために大人しくしておくかな。けど、頭に来たら力尽くで逃げ出すかも」


 ブランカに思いつくことを答えると、シアナスは頭を押さえる。


「逃げると明言してくれるだけ、いいんでしょうね」

「あ、そうか。普通のユニコーンなら暴れるところなんだね。えーと、それでその神殿の研究はどうなったの?」


 失敗例って言ってるし、上手くは行かなかったんだろうけど。


「結果を言えば、人間の半分以下の大きさの魔物であれば操れるとわかったそうです。ただ、その答えを導き出すまでに多数の死傷者を出しました」


 まず魔物と呼ばれる幻象種を捕まえることから始まる研究は、その時点で多数の犠牲を覚悟しなければならないものだった。

 確かに僕やグライフ、人狼やロベロやヴァラを捕まえるとなると、うん…………。


 捕獲の成功例があるほうがすごいことに思える。


「その上、成獣では決して懐くことはなかったそうです。魔法や薬、拘束具で言うことを聞かせたとしても、短命で手間の割に使用期間が一年と短いそうで」

「一年ですか? それは普通に馬を使ったほうがいいような気がするんですけど」

「成獣はってことは、幼獣を何処かで手に入れれば懐くの?」

「はい。ただ幼獣もしくは卵を手に入れるには親である成獣と相対しなければならず」


 結局、死傷者多数で研究は頓挫したらしい。


「その話を聞いたのは、姫騎士団に愛玩用の幻象種を捕まえるよう金を積んだ貴族を捕まえた時でしたね」

「うわー…………」

「なんてことを! 騎士団をなんだと思ってるんですか!」


 ブランカが怒るとシアナスも同意の印に深く頷いて、先輩らしく助言を伝える。


「ブランカもその内そういう手合いに出会うわ。その時にはすぐに感情を露わにするのではなく、冷静に相手に罪を償わせるための最適な行動を取れるよう心がけるべきよ。私もそう言われたわ」

「その内ってことは、幻象種を愛玩用にしたい人って珍しくないの?」

「そこまでではありませんが、稀によくあると言いますか」


 稀な事例だけどその事例の中ではよくあること?

 うわー…………。


「すみません、このような話を。気を悪くしないでください」

「それは、うん。けど、危険で退治するのにどうして欲しがる人がいるの? ユニコーンの角のように使用目的があるわけじゃないんでしょ?」


 愛玩ってつまりはペットだ。

 ブランカもわからないみたいで僕と一緒にシアナスを見る。

 シアナスはすぐに答えず言葉を選んでいるようだった。


「恐怖と共に羨望があるんです。例えばグリフォンのように人間にはできない飛行を自在に行い、その力強さで他者を寄せ付けない。そんな幻象種を自らの檻に閉じ込め飼うと言う、優越感と言いますか」


 シアナスの言葉で前世にもそういう趣味嗜好の人間がいたという知識が思い浮かぶ。

 虎とかライオンを飼ってるお金持ちがいるって。

 この世界ではそういう人が幻象種を欲しがるってこと?


 僕が考えているとシアナスは蜜酒を飲み干して話題を変えた。


「あなたがとても理性的なことはわかっていますが、明日足を踏み入れる町に、本当に同行しますか?」

「するよ。人間の町って気になるし」

「理由をお聞きしても?」

「好奇心じゃ駄目なのかな? 僕が行ったことある町って、エイアーナとビーンセイズの王都、オイセンの村、魔女の里。後はエフェンデルラントの村と町と王都くらいで」


 数えられるくらいしかないんだ。

 幻象種や妖精の住処を入れてもそう増えないし。


「…………ブランカ、以前同行した際に団長は何か手を?」

「ビーンセイズの王都の時は、私たち疲れ切ってて。その上お城に上がったりで忙しくて、必ず誰か側にいるくらいでした」


 そう言えばそういう扱いされてたな。


「あれだけ辛そうだったのに、姫騎士って誰も弱音吐かないってすごいね」

「言った時点で私たちは騎士ではないと断じられてしまうので」

「やっぱり男社会なんですよね、戦うことって」


 弱音を吐けば戦う者として認められない。だから言えない。

 だから姫騎士はそこらの男に負けない。劣らない。


 そういう姿勢を体現しているらしい。


「すごいね。アルフが実践重視って言うだけあるんだ」

「あなたに言われると複雑です…………」

「フォーレンはもう特殊だって団長も言ってましたよ、先輩」


 あ、そうだった。

 僕、姫騎士団が天敵のはずなのに平気なんだよね。

 だからランシェリスたちも最初はすごく困って気落ちしてたし、自信失くすみたいなことも言ってたような。


 慰めるのも違うみたいだし、ここは話を戻そう。


「ちゃんと町では一緒に行動するよ。人間相手の情報収集はお願いしたいし」

「そうですね。どんな対策をしても、結局私たちではあなたを止められない。できることはその行動を監視するだけですね」

「シアナス先輩、フォーレンは大丈夫ですって」


 獣人関連で怒った手前、ブランカのフォローに僕は頷けない。


 本能って本当に反射みたいで、考えてどうにかするって難しい。


「せめて街に入ってからの行動をしっかり打ち合わせておきましょう」

「シアナスって真面目だね」

「先輩はできる従者なんですよ」


 ブランカが自慢げに言うと、シアナスは集中するよう注意する。


「ブランカ、お喋りは終わりよ。明日、行くのはビーンセイズとの国境沿いの中でも一番エイアーナ侵攻以後の被害が少なかった町です」

「そこでユニコーン狩りをした人の情報を集めるんだね?」

「まずはその人たちが何処から来て何処に帰ったかですよね」


 僕たちはシアナスに届いた誤配の情報を元に行動する。

 けれど頭から信じないのが鉄則なんだとか。

 与えられた情報は自分で裏取りをする。それが姫騎士団のやり方らしい。


「姫騎士団というか、副団長が徹底しています。私もその薫陶を受けたため、情報の精査は必要であると考えています」

「団長は被害軽減が第一なので、情報収集や依頼者の裏取りは副団長がなさっているんです」

「わかる気がする。ランシェリスとローズっていい組み合わせだよね」

「あのお二方は自称運命共同体ですから。意識して役割分担をしているところはあります」

「自称?」

「副団長がランシェリスさまに言うの。フォーレンも聞いたことあるはずだよ」


 そう言えば、ランシェリスを負かした時に聞いた気がする。


「フォーレンと妖精王も同じじゃないの?」

「アルフと? うーん、どうだろう?」


 ブランカには僕とアルフは運命共同体に見えるらしい。

 僕は友達のつもりなんだけど。

 困ってたら助けるし、助けてもらうし。


 精神繋いでるせいかな?

 けど片方が死んだからって死なない…………死なないよね?


隔日更新

次回:誘う髪型

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