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200話:思い出の少女

 暗踞の森の夜の湖で、僕はメディサと再会した。


「もう大丈夫? 痛いところない?」

「えぇ、体に慣れないだけで怪我ではないから。けれど、腕の上げ下げさえ羽根の重みが邪魔をするの。こうして元に戻ってもなんだか肩がこる気分よ」


 歩くこともままならずにいたメディサは、ここへ人間の姿で来ている。

 でも左右には心配した姉二人を従えてきていて、僕たちの背後にはケルベロスが伏せて辺りを警戒していた。


 久しぶりだったせいか、メディサは興奮したケルベロスに戦いたように見える。

 体が上手く動かせなくてぎこちなかっただけかもしれないけど。


「なんだろう? メディサ明るくなったね」

「…………そんなにあなたの目から見て私は陰気だった?」

「そういうわけじゃなくて、なんていうか、落ち着き? 大人っぽさ? そう言うものが薄くなったっていうか」

「五百年分若返っているんだもの。子供っぽくなってしまっているかも知れないわね」


 メディサはちょっと不安そうに俯く。


 そう言えばエノメナも若返った途端明るくなっていた。

 お婆さんの時には愚痴が多かったのに、若返った後は一言も言っていない。

 見た目にはわからないけど、メディサも体の変化が性格に大きく影響してるんだろう。


「こんな私は嫌、かしら?」

「ううん。前より近い感じがして好きだよ。僕なんてまだ一歳未満だしね」

「あら、だったらフォーレンのほうが私のお兄さんになってしまったのね」

「え、あ、そうか…………。できれば今までどおり、頼りたいんだけど? もちろん、体が本調子になってから」

「えぇ、喜んで。青銅の手でまた縫物ができるよう、私も頑張るわ」


 メディサは嬉しそうに答えてくれた。

 そんなメディサの反応に、ケルベロスが尻尾を振って顔を向ける。


「まだ本調子じゃないのだから、じゃれかかるような悪い子は罰が必要になるわよ」


 エウリアに叱られたケルベロスは哀れっぽく甲高い声を上げた。

 スティナが鎖をしっかり持ってるから、ケルベロスが興奮した時には僕がメディサを抱えて避けよう。


「それでね、あの…………メディサ、僕のせいで」

「待って、フォーレン」


 謝ろうとした途端、止められる。


「私はあなたを庇ったこと、決して後悔していないわ」

「けど…………」

「ねぇ、フォーレンだったらどうした? 私が狙われていて、フォーレンしか気づいていない状態だったら?」


 あの時立場が逆だったら。

 もちろん僕はメディサを庇った。


「けど僕は加護があるし」

「それなら私はこうして復活できたわ。それにあの呪いはドライアドの加護では防ぎようがなかったと聞いてるんだから」


 今までにない気の強さでメディサは僕の後悔を封じる。

 哀愁を纏って自信なさげにしていたメディサとは明らかに違った。

 これはつまり。


「もしかして、僕がもうしないでって言うことわかってた?」

「えぇ、優しいあなたなら私にそう言ってくれると思っていたわ」


 どうやら僕の言葉は想定内だったから、これだけはっきり止めたらしい。

 その上で、後悔していないというメディサはきっと同じ状況があったらまた僕を庇う気でいるんだろう。


「…………それならせめて、二人とも助かる方法を探して」

「二人とも?」

「えーと、例えばあの時、僕に体当たりしたら二人とも助からなかったかな?」

「…………ごめんなさい、必死すぎて状況を良く見ていなかったから」


 う、そうか。

 僕も敵を倒すことにだけ集中して回り見えなくなったし。

 焦った時、冷静な判断って難しいな。

 周りを見る余裕を求めるのは無理なのかな?


「でもフォーレンが言いたいことはわかったわ。もし次がある時には、あなたを怪我させる罪悪感よりも生き残ることを優先する」

「本当? ありがとう」

「お礼を言われるようなことじゃないわ。だって、私もフォーレンと生きたいと思っているんだもの」


 生きたい。

 そう言ったメディサは決意の目で湖を見る。


 今夜はアーディの許可を得て来てる。

 メディサがこの湖に映る満月が好きだったと聞いたから、アーディに頼んで許してもらった。


「綺麗…………」


 良かった。

 うっとり満月を見つめるメディサは、どうやら喜んでくれたみたいだ。


「フォーレンの瞳は、まるで満月に照らされた夜空のようね」

「そう? 鏡見ないから良くわからないけど。そう言われるとちょっと満月の夜空が特別に見えるな」


 妖精王の住処にも館にも鏡はない。

 ゴーゴンが嫌うから、見たことあるのは手鏡程度だ。


「そうだわ、これ」


 メディサは僕に金の羽根差し出した。


「くれるの?」

「えぇ、以前の私の羽根と並べてくれると嬉しいわ」


 五百歳の自分の羽根と?

 何か意味があるのかな?

 貰えるのは嬉しいから、ともかく頷いておく。

 喜ばせようと思ったら喜ばされた気分だ。


 そんな夜の散歩の翌日、仔馬の館の居間として設定された庭園を向く部屋に、姫騎士のシアナスがやって来た。


「妖精王はいらっしゃいますか?」

「アルフ、シアナスが呼んでるよ」

「おう、どうした?」


 シアナスは見慣れない鳥を連れて、困ったように眉を寄せた。


「ユニコーンさんも、一緒ですか」

「僕いちゃ駄目な話?」

「いや、精神繋いでるんだし俺に言ったらフォーレンにはほぼ素通しだぜ?」

「そうなのですか? …………実は少々気になる報せがあったのですが、ユニコーンさんに伝えるべきかを迷ったもので、ご相談に上がったのですが」


 僕に筒抜けなら相談する必要もない。そう判断したシアナスは小さな紙を出す。

 たぶん、鳥の足にある筒に入っていたんだろう。


「これはジッテルライヒから送られて来た報せです。暗号化してありますが、内容はこうです」


 シアナスは僕を窺いつつはっきりと報せの内容を口にした。


「件のユニコーンの母馬と思しき角をビーンセイズにて確認」


 ちょっとドキッとした。

 けど、それだけだ。


 シアナスも肩透かしを食らった様子で瞬きを繰り返してる。


「やはり、幻象種と私たち人間では感情の動きが違うのですね」

「それはそうなんだろうけど、うーんと」


 母馬の角が奪われるのは見ていたし、ビーンセイズの国王が集めてたのは聞いていたし。

 ドキッとしたのは、ちょっと違うことを思い出したからだ。


 僕が説明の言葉を考えていると、アルフが別のことを聞いた。


「なんでわざわざジッテルライヒからそんなこと送ってくんだよ?」

「ビーンセイズの近況についての報告で、どうやら団長へ向かうはずが間違えてこちらにやって来たようです」


 鳥は慣れた人物を探すように訓練されていて、鳥笛を吹いて捜されているほうは所在を告げることで鳥がやってくるそうだ。

 朝一と夕方にピーって音は確かに聞こえていた。


 そして団長と副団長の近くで鳥笛を預かっていた従者二人が揃っていたため、ここに間違えて来たらしい。

 …………間違えてユニコーンやグリフォン、ゴーゴンやドラゴンのいるここに来るとか、不運な鳥だなぁ。


「どうした、フォーレン」

「え、何? どうしたの、アルフ」

「それ俺が聞いたんだよ。なんか意識が半分全く違うことに持ってかれてる」


 精神を繋いでいると本当に素通しだ。


「その前に、それを僕に言うか迷ったって、シアナスはそれを聞いた僕がどうすると思ったの?」

「それは…………母馬の角を取り戻すためにビーンセイズへ攻め込むと」

「攻め込むって。そんな乱暴なことしないよ」

「そうだぜ。妖精使って盗み出すほうが楽だって」


 アルフ、そうじゃない。


「えっとね、罠にかけられたとは言え、母馬は罠とわかっていて抗えずに倒された。けれど最後まで戦って多くの人間を道連れに死んだんだ」


 シアナスは硬い顔で唇を引き結ぶ。

 何か言うのは僕の話を聞いてからにするようだ。


 そう言えば反撃して血の海作ったとか誰にも言ってないな。


「だから別に母馬の敵討ちなんて考えてないよ。けど、もし角が手に入るなら形見になるわけだし、お墓代わりに持っておきたいとは思うけど」

「…………フォーレン、それあのグリフォンに言うなよ。俺に毒されたってうるさくなるだけだから」

「あ、うん」

「なんだ、フォーレン。まだ気になることあるのか?」

「…………実は、母馬を殺す餌になった女の子がさ」


 名前も知らないあの子の、最期の言葉を僕は知ってしまった。


「病気の母親のために命を投げ出したらしくて」

「あー、それもあいつには言わないほうがいいな」


 僕のひっかかりを理解するアルフはちょっと呆れ気味に笑った。


 うん、今さらだけどさ。

 戦い方をわかった今、助けられたんじゃないかって思ってしまうんだ。

 その分、戦う力もないのに命をかけた女の子、すごいなってことも考えてしまう。


「でも、誰かの役に立つなら人間が持っていても」

「それが、実は…………好事家が飾っているだけで、実際に病を治すために使われてはいないそうです」


 僕にかつての後悔を思い出させたシアナスは、さらに後味の悪い報告を告げた。


毎日更新

次回:一人旅予定

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