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197話:知らぬが花

他視点入り

 目が覚めたのは、閉め切った暗い部屋。

 灯りが全くないので時間はわからない。


 起き上がろうにも体中に違和感しかなく、腕を動かせば金属音が鳴った。

 全く別の生き物に生まれ変わったような、いえ、私はそう、もう人間ではなくなっている。


「ほの、はは…………」


 そのまま。

 そんな短い言葉さえ慣れない牙のせいで言えない。


「はたしあ…………ヘ、デュ…………サ」


 名前さえ言えず落ち込んでいると、扉の開く音が聞こえた。

 頭上の蛇を刺激しないよう、外光を遮る布が張り巡らされている室内に、聞き慣れた姉の声が聞こえる。


「メディサ、起きた?」

「エウ…………リュア…………リ、ア、へぇさは」


 姉の名前さえ言えず顔を顰める私に、エウリアは見慣れない顔で笑う。

 エウリアも怪物になっているけれど、笑った気配は人間の時のままなのが何とも言えない苦しい気分になった。


「あら、また青銅の腕で傷つけてしまったのね。手当てするわ」


 言われて気づけば、髪が変化した蛇と頬に怪我を負っていた。

 エウリアは器用に同じ手を使って治療道具の入った箱を取り出すと、そのまま私を傷つけずに治療を行う。器用だ。


「ふごい…………」

「メディサもその内できるようになるわ。前のあなたはこの手で繕い物もできていたのよ」


 正直できる気がしないけれど、前の私はしていたらしい。

 それは知らない私。

 もう死んだ私。

 私は死ぬ度に怪物になってからの記憶を失う。


 受け継いだのは感情一つ。

 それは、喜びだった。


「姉、さま…………、日、記」


 ゆっくり喋って伝えると、エウリアは笑って持ってきてくれる。

 私の手では切り裂いてしまう紙には、ここでの生活が書かれていた。


「ちゃんと魔王軍の時のことも読みなさいよ」


 エウリアはそう注意しながら、私の身を起こして膝の上に日記を開いてくれる。


 内容はなんのことはない日々のできごと。

 夜の散歩、ケルベロスの躾、魔王について聞かれたこと、どう答え、何を思ったか。

 そしてどう反応をされたかが書かれている。

 私は以前の私と交流を持った、幼い少年の記述を目で追った。


「本当、に、いる?」

「フォーレンのこと? いるわよ。ずっとメディサを待ってるわ」


 姉さまたちも話してくれる、私を慕ってくれるユニコーン。

 以前の私の日記にも頻繁に名前が出てくる存在だ。


 この日記は最近書きだしたものらしく、ユニコーンの記述は多い。

 もしかしたらこの子のことを残すために書き始めたのではないかとさえ思ってしまう。

 五百年住んだ森についてはほぼ箇条書きなのに、フォーレンについては細かく書かれている様子は自分でも恥ずかしいくらいだ。


「あら、フォーレン」


 入り口のほうからスティナの声がした。

 反射的に目を向けると、扉を開けたところで声をかけられ応対しているらしい。


「きっと今日の花よ。貰ってくるわ」


 エウリアは立つと、折り重なった布の向こうへ消える。

 私はまだ立てない。妖精王が用意してくれたという魔封じの眼帯にも慣れていないから、顔を合わせても相手を石化させてしまうだけ。


 それでも私はその実在を感じ取りたくて、少年とも少女ともつかない高い声に耳を傾けた。

 穏やかな会話に見え隠れする不安と気遣い。

 私の様子を聞くらしい声には、真剣さが宿っていた。


「ふふ…………」


 あの声に宿る感情が私に向けられている。

 こんな怪物になってしまった私にも向けてもらえる。


 その事実が嬉しい。

 そして少し怖い。


「私は…………メディサ…………」


 だけど以前の私じゃない。

 以前の私が死んで、フォーレンはユニコーンとして激怒したらしい。


 一緒に住めるのは怒りを知らないからだ。

 私が違うと知られれば、また怒りに我を忘れる可能性がある。

 だから妖精王と姉たちは嘘を吐いた。

 いえ、最初に嘘を吐いたのは以前の私だと聞いている。

 だったら始めたのは私だ。

 私は責任を取るためにも、以前の私のふりをすることに決めていた。


「部屋の外に出るにはまだ時間がかかるの。ごめんなさい、フォーレン」

「お花、メディサも喜んでいるのよ。約束を守ってくれていること、ちゃんとわかってるわ」

「ううん、謝らないで。メディサが元気ならいいんだ」


 そうフォーレンが答えた時、風が吹いた。

 扉の間から吹き抜け、折り重なった布が一斉に動く。

 翻る布の向こうに、白い少年が垣間見えた。


 金髪と青い瞳、横顔の額からまっすぐ伸びた優美な角。

 その姿を捉えた一瞬で、私の心臓が激しく動き始めた。


「あらあら、大変。フォーレンと視線は合わなかった?」

「大丈夫でしょ。メディサ、今日は黄色い花と青い花よ」


 戻って来た姉さまたちに、私は思わず問い質した。


「ほ、本当にあんな美しいひとが、私に!? 恐れ多くはない!?」


 勢いづいてはっきり喋れたけれど、狼狽した私はそれどころではなかった。






 メディサに花を贈って、扉が閉まる瞬間声が聞こえた。

 それは久しぶりのメディサの声だった。


「なんか初めて会った時も恐れ多いって言ってたなぁ」


 僕は思い出して笑う。


 ちゃんとメディサはいた。

 戻って来たとは聞いていたけれど、ようやく実感できて嬉しい。

 嬉しいし、メディサが花を喜んでくれているなら、やっぱり白い花をなんとか探したい。


「けどスティナとエウリアに聞いた場所の花はもう終わってたし…………。あ、クローテリア、無事?」


 軽い足取りで玄関広間に戻ると、黒く小さなドラゴンの姿はなかった。


「逃げたぞ」

「グライフ…………」


 水槽の縁に寝そべるのはグリフォンだけだ。

 もちろん誰から逃げたかなんて聞くまでもないだろう。


「どうせあの土中好きだ。地下にでも潜り込んでおろう」

「そう言えば僕、ここの地下行ったことないや。グライフは?」

「行く必要がない」


 即答って…………。

 あ、羽根伸ばせないから行ってないんだね。


「む、そうだ仔馬。館の外に何やら住み着いているぞ。あの食道楽悪魔の窯に」

「あぁ、パン窯? 確かダークエルフのところの冷水好きサラマンダー一家に生まれた、高温好きの変わり者だって聞いてる」

「…………言っていて違和感を覚えぬか?」


 確かに。

 サラマンダーとしてはたぶんパン窯に住んでるほうが本来のサラマンダーなんだとは思う。


 そんな話をしていると仔馬の館に誰かが来た。


「ユニコーンはいるか?」

「ブラウウェル、どうしたの?」

「妖精王さまから獣人のほうの戦争の経過報告はお前に聞けと言われた」

「あぁ、アルフ今日も出かけてるもんね」


 アルフは戦後処理中。

 その中で妖精を使って流浪の民の森での動き洗ってる。


 わかったことは僕に精神を伝って教えてくれていたから、森の中を移動させるより僕に聞いたほうが安全で確実だ。


「姫騎士も聞きたいと言っていたから、上へ行くぞ」


 仔馬の館の二階へ向かう階段をブラウウェルは指す。

 別にそれはいいんだけど、ちょっと気になることがあった。


「…………報告書どうなった?」

「すでに頭を抱えていたから今さら気遣っても遅いな」


 あー、うん。報告が増えるだけなのに、姫騎士も話聞くんだ?


「頭抱えてたって、どのことについて?」

「あえて言うなら…………全てだ」

「全てかぁ」


 そんな話をしながら、僕はブラウウェルと二階へ移動する。

 暇なのか、グライフもついて来た。


「あれ? グライフってその足でも階段上れるんだ?」

「俺の足は蹄ではないからな」


 鳥の前足とライオンの後ろ足で苦もなくグライフは階段を登り切った。

 蹄と違って石の階段でも滑らないらしい。


 二階は一階の客室より広い客室がずらりと並んでいる。

 匂いからして姫騎士は庭園を見下ろすバルコニーのある二階広間にいるようだ。


「ブランカ、シアナスいる? って、あ…………」


 声をかけて広間に入ると、本当に頭を抱えた姫騎士たちがいた。


毎日更新(連休につき)

次回:有神論

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