195話:犠牲を払った終結
真剣な表情でやって来る獣王は、雄々しい体つきも相まって強者の風情がある。
ギリシャ彫刻のような大柄なアルフと並んでも遜色がない。
三将軍はまだいるエフェンデルラント軍に警戒している。
そんな部下を信頼しているのか周囲を気にせず獣王はアルフに宣言した。
「我々獣人は妖精王とは争わぬ」
短く一言だけの宣言。
それは争いを避ける守りに入った言葉だったけれど、跪きもせず挑むように告げる姿は獣王を弱者に見せなかった。
そしてその宣言はエフェンデルラント軍にも聞こえている。
逃げることに必死な雑兵が多いものの、立場がありそうな恰好をした兵は踏み止まっている者もいた。
そんなエフェンデルラント軍の様子を気にせず、獣王は手元を見て続けた。
「人間の卑劣な毒によって弱った時、解毒を行ったこともここに公表し、謝意を示す」
ここでトロイアされた時のことを暴露した獣王。
どうやら以前から繋がっていたとアピールすることで、エフェンデルラントの動揺を誘うらしい。
仲悪いと思っていたのに裏で繋がっていたとなれば、エフェンデルラントの戦争継続条件が覆る。
実際は僕たちの独断だけど、獣王はこの状況を利用することにしたようだ。
「えー、先ほどの古代兵器においても、我々を守る盾となってくれた。獣王の名において妖精王の恩に報いることを宣言する」
また掌見てるのけど、もしかしてあんちょこ持ってる?
…………アルフ笑っちゃ駄目だよ。
「法の改正はしないがこのローウェン・レオポルドが王位にある間は、妖精王とその守護者の入国を許可する」
あれ、国を救った報いってそれだけ?
なんて思ったのは僕だけだったらしく、アルフも驚いていた。
妖精王ってアルフのことで、あ、守護者って僕か。
妖精は出禁のままなのに、アルフと僕はOKなの?
グライフは出禁しても聞かないだろうけど、なんで僕?
「よし、わかった」
アルフの言葉は普段どおり軽い。
けど姿のせいで頷くだけでも重々しい雰囲気になってることに、ちょっと詐欺のようだと思ってしまった。
「エフェンデルラントはどうするって聞いても、決められないか」
アルフは言いながらエフェンデルラント軍を見る。
動揺が広がるだけで、未だに隊列を整えることも代表者が出てくることもない。
砲台型の攻撃で死傷者は増えてるし、メディサたちが石化させた将軍は混乱の間に砕けて死亡している。
呼びかけてもまともな対応は帰ってこないだろう。
獣王が今この場で宣言したのは、エフェンデルラントの横やりが入らないことを見越したからかもしれない。
「アルフ、追い立てるか退くように言わないと兵は動けないのかもしれないよ。ほら、撤退って言ってる人と隊列作れって言ってる人がいる」
「将軍一人じゃないはずだけど、人間は面倒だな」
人間の国には幾つもの指揮系統がある。
アルフや獣王のように王が全てを決めていいわけじゃない。
それに実は第四の勢力、流浪の民がいたこともほとんど知らないだろうし。
獣人のように妖精王と争わないとこの場では決められない以上、将軍に許されていることは戦いだけだ。
まぁ、この場にエフェンデルラントの国王がいても持ち帰って会議にかけるんだろうけど。
「エフェンデルラントに告ぐ」
魔法でアルフは声を届ける。
「帰れ。これ以上森を血で汚すな」
あ、雑。
けれど姿と合わせて威厳があるのが詐欺だよなぁ。
妖精王の命令を受け、妖精たちが騒ぎ立てる。
すると混乱はより広がることで、逆に一つの共通目的の下動きだした。
押し合っていたはずのエフェンデルラント軍が、大きな流れになって森の外に向かい始める。
「わ、すごい。あ、でも置いて行かれてる怪我人がいるね」
「シュティフィー、ボリス。全員森を出るまで見張れ。動けない奴は適当に引っ掴んで放り出せ」
「はい」
「まっかせろ!」
アルフの命令にシュティフィーとボリスが離れて行く。
「…………納得はできんが助かった」
エフェンデルラント軍がこちらを見ていない状況になって、ようやく獣王は本音で話し出す。
うん、もう手を見てない。
「エフェンデルラントはここで退けば収穫と冬の備えに本腰を入れる」
「そうだといいけどな。人間ってのは臆病故に執念深く危険と見なした相手を排除しようとすることがある」
アルフが疑わしげなのは、開戦理由になった子供のことあるからのようだ。
流浪の民もいたし、また焚きつけられる可能性を考えているのが精神の繋がりでわかる。
「奴らは戦うことで生活をしている。二面戦争の面倒さはわかっているさ」
獣王曰く、エフェンデルラントは色んな国と戦うことで関係を築き維持している国だそうだ。
怨みを買っている上に味方がいない。
けれど国としてやっていけているのは、攻めれば痛い目を見るという傭兵の強さを持っているから。
「弱みを見せられん。我ら獣人となら人間の国は敵にならない。だが冬の備えをおろそかにして弱っていると知られれば困るのは奴らだ」
「やっぱり人間は面倒だなぁ。けど、冬の備えうんぬんはお前らも一緒だろ」
アルフは容赦なく、獣人もまた弱れば森で生きていけないと突きつける。
けれど獣王は不敵に笑った。
「少なくとも、突然襲ってくる奴らが組織立っていることがないだけあちらよりましであろうよ」
襲ってくる奴らって?
あ、グライフと人狼か。
他にも森には危険な相手がいるのかもしれないけど、確かに森にはいても群れ程度。組織とか大きな枠組みで動くことはない。
この獣人の国以上に大きな数が襲ってくることはないんだ。
「だったら、これで戦争は終わり?」
「だと思うぜ」
アルフに確認を取って、僕は改めて荒れた戦場を見た。
「戦争なんてするもんじゃないね」
エイアーナでも思ったことだ。
戦いの場になった獣人の国も荒れている。
何より、犠牲が出ない戦争はない。
「フォーレン」
羽根の音に顔を上げると、舞い降りるゴーゴンがいた。
スティナとエウリアは牙と眼帯で表情はよくわからない。
「私たちは戻ります」
「館で二人、メディサの戻りを待つために」
それでも沈痛な雰囲気と声に宿る悲しみはわかった。
「そんな顔をしないで、フォーレン」
スティナは青銅の手で器用に僕を傷つけないよう撫でる。
「メディサは戻ってくるわ」
エウリアも僕の背中を軽く叩く。
「…………うん」
思ったより弱い声が出たら、慰めるように首や背を撫でられた。
悲しみたいのは姉二人のはずなのに、二人は僕を責めない。
メディサは僕につき合ってここに来たのに。
戦争というものを簡単に考えてた。
加護があるから死なないなんて思い上がっていた結果がこれだ。
「ごめん…………」
「フォーレン…………」
「謝るならまず約束を守りなさい」
「エウリア? 約束って…………あ、花?」
エウリアはあえて意地悪そうに言った。
「もちろん身を挺した贖いに足るだけの物を用意してくれるんでしょうね?」
「あら、あの子は白い花が好きだけれど、この季節遠くに咲くわよ」
スティナもエウリアの意地悪に乗って冗談めかす。
僕を慰めるために。
その優しさに応える言葉を僕は必死に考える。
「うん、うん、いいよ。何処でも摘みに行くよ。メディサの好きな花を教えて」
僕が答えると、アルフが背中を叩く。
「フォーレンは先に戻ってくれ。せっかくだし俺はちょっとこいつと話すことがある」
獣王を指してアルフが言うと、三将軍が不安げな視線を向けてくる。
けど当の獣王は気にせず頷き返していた。
「うん、わかった」
「守護者、戻るのならばこの騒ぎで動きださないようあのグリフォンを止めてくれ」
「頑張ってみるけど、飛ばれると僕どうしようもないからね」
獣王の要請に確約はできないけど、たぶん終わったとわかればグライフもわざわざ来ないと思う。
僕はゴーゴンと一緒に戻るため、アルフに背を向けた。
視界の端にメディサが倒れた場所が映る。
首を動かして改めて見ても、何もない。
血だまりだけがそこがそうなんだと教えるだけ。
怪物は倒されると消える。
メディサは遺体一つ残さず消えてしまっていた。
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