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194話:連なる縁

 爆発さえ吸収したボリスの変化に驚いた。

 元は掌に乗るくらいの火の玉。

 シルフ二人の力を借りても十歳前後の子供にしかなれなかったのに。

 それが目もくらむような爆炎を受けて、炎を纏う青年にまで成長してしまった。


 けど今は驚きに気を取られてるわけにはいかない。


「ありがとう、ボリス。シュティフィー、無事?」

「私は大丈夫よ、フォーレン」


 そう答えながらも、シュティフィーの根はほとんど燃え尽きてしまっている。

 本体としては大丈夫なんだろうけど、決して消耗していないわけじゃない。


「流浪の民がどうなったかわかる?」

「補足しているわ。行ってちょうだい」


 シュティフィーナイス。

 僕はシュティフィーが目印に咲かせた花を追って走った。

 まだ流浪の民は森を出てない。


 砲台型を囮に逃げたとはいえ、そう長い戦闘ではなかった。

 その上エフェンデルラント軍が開いた道は逃げる人々がいる。

 そこを避けても起伏の激しい森の中。人間が素早く走れるような環境じゃない。


「見つけた!」


 逃げる流浪の民の背中を捉えて嘶く。

 守られるように囲まれていたトラウエンが僕を振り返った。


「やはりさっきの爆発は…………!? 三人一組で止めろ! 少しでも足を鈍らせるんだ!」


 つまりは肉壁なんだろうけど、流浪の民は文句も言わずに従った。

 そんな命令にも従うって本当に流浪の民ってわからないなぁ。


 どう攻撃しようか迷いながら走ると、ボリスが僕を追い越す。

 体が大きくなって機動力も上がっているようだ。


 同時に周りに撒き散らす火の粉の量も多くて、通りすぎた木々から煙が上がってる。


「フォーレンの邪魔するなよ!」


 僕が森の心配をする間に、ボリスは跳び蹴りを放った。

 足から噴き出した炎で三人一纏めに燃やしてしまう。

 流浪の民は転がって消火に専念するしかなく、僕はその間に走り抜ける。


 すると仲間が燃やされたというのにまた三人が足止めに動いた。


「フォーレン、そのまま走って」


 シュティフィーが蔦だけを先行させて、動きを止めた三人の流浪の民を薙ぎ払った。

 お蔭で僕は足を止めることなくトラウエンを追える。


 最後の三人は構える前に僕が横を走り抜けた。

 人間では反応できなかったみたいで、バランスを崩して倒れたところをボリスとシュティフィーに押さえつけられる。

 残りはトラウエンを除いて二人だけだった。


「逃がさないよ」


 僕はトラウエンの背中を捉える。

 角を引っ掛けようと頭を下げた時、耐えられないような異臭が辺りに広がった。


 本能的な拒否感で、僕の足は泊まってしまう。


「臭い!?」

「うへぇ、なんだこいつら!?」

「フォーレン、これは動く死体よ」


 いつの間にトラウエンごと僕たちを囲む傷だらけの死体が湧いている。

 すでに傷んで腐臭が辺りを覆い尽くすようだ。


 強すぎる臭気で涙が出そうだ。

 その上口からも臭いが入って来て吐き気を催す。


「囲まれるまでなんで気づかなかったんだろう? おかしいよ」

「なぁ、こいつら着てるのって鎧だろ?」

「この死体はエフェンデルラントの人間たちだわ」


 どうやら死体は獣人に殺された者たちらしい。

 出どころはわかったけど、やっぱり突如として湧いた理由がわからない。

 さらには死体が動いて僕たちに向かってきていることにも疑問を覚えた。


 動きからしてたぶんトラウエンの味方なんだけど、トラウエンも困惑してるみたいだ。

 警戒の滲む顔で、距離を取るためゆっくり下がっている。

 つまりこれはトラウエンが仕掛けたことじゃない。


「もう生きてないんだろ? へっへーん、だったら燃えちまえ!」

「土へお帰りなさい」


 どうやらこの強烈な臭気は妖精二人には関係ないようだった。

 ボリスは大きくなったことで気も大きくなったのか、動く死体を迷わず燃やす。

 シュティフィーは根で地面に引き倒して近づけないように釘づけた。


 意思なんてないのか、動く死体は体が崩れることも構わず暴れるだけ。

 臭い以外に害がないと見て、僕も無視してトラウエンへと足を踏み出した。

 途端に腐臭に紛れて別の異臭がする。


「臭い…………」


 腐臭に紛れた臭いは僕の本能を刺激して的確に発生源を特定できた。


 臭いの方向に角を構えて、僕は相手の名前を呼ぶ。


「そこにいるんでしょ、ヴァシリッサ!」

「あぁ、いやだ…………」


 正体を当てられて、地面の影からから湧く黒髪のダムピール。

 また影に潜っていたらしい。


 すごく嫌そうなのに素直に出てきたのは、どうやら看破されると解ける術だったからのようだ。


「あの死体は君? 邪魔をするなら…………」

「ひぃ!?」


 角を向けると嫌がるヴァシリッサだけど、立ち位置はトラウエン側だ。

 トラウエンはヴァシリッサの存在さえ予想外らしく怪しむように言った。


「ヴァシリッサ、何をしに来たんですか」


 不審そうだけど、知り合いなのはこれで確定だ。

 やっぱりヴァシリッサは流浪の民と繋がっていた。


 エルフの国でこの両者が揃っていたのは共謀していたからだろう。


「よし、今度は逃げられないように足を潰そう」

「きゃー!」


 僕が走り込むとヴァシリッサは悲鳴を上げて逃げ出す。

 と思ったら、トラウエンだけを抱えて避けた。


 僕に当たった流浪の民が一人、飛んでいくのも気にせずヴァシリッサはやけくそのように怒鳴る。


「私は森の獣の相手なんて管轄外なのよ!」


 叫んだヴァシリッサはトラウエンを抱えたまま影に沈む。

 驚くトラウエンだけど、逃げ出すような抵抗はしない。


「ヴァシリッサ!? もう一人同朋が!」

「あなただけはと族長の意向です!」

「く…………」


 ヴァシリッサの言葉にトラウエンは大人しく影に呑まれる。


「待て!」


 二人は影の中に消えた。

 けどヴァシリッサなら臭いでわかる。


「そこだ!」


 僕は移動する臭いを追って角で刺そうと走る。

 瞬間、風切り音が近くで鳴った。


 足を突っ張って止まると、僕の視界の端に矢が突き立つ。

 それは太いくらいの特徴しかない、当たるような位置でもない飛矢。

 何より僕はシュティフィーの加護があるから当たっても平気な物。

 でも、問題はそこじゃない。


「今、森のほうから飛んで来た…………?」


 矢が飛んで来たのは僕の背後だ。

 森を抜けようと逃げるトラウエンを追って来たから、僕は森の外に向かっている。

 なのに、僕は森の中から射られた。


「シュティフィー! ボリス!」

「この一人を埋めれば終わりよ」

「あの人間の女変な魔法使うな」

「矢が何処から飛んで来たかわかる!?」


 呑気にしていた妖精たちも、僕の言葉でありえないことに気づく。


「私の関知できる範囲には、矢を射た者はいないわ」

「けど矢は長距離だろ? ちょっと離れた所に誰か潜んでるのかもしれないぜ」

「矢の刺さった向きを考えれば、あっちから飛んで来たんだ」


 僕は獣人の国のほうを角で示す。

 シュティフィーとボリスも危機感を増した。


「妖精王さまに何かあったの!?」

「え、獣人が裏切ったのか!?」

「確かめに戻ろう!」


 僕が身を返すと、ボリスは慌てて僕の鬣を掴んだ。


「けど、メディサの仇はいいのかよ、フォーレン!」

「それで残った友達を失うのは違うよ!」

「そうね。戻りましょう! フォーレンたちは先に行って!」


 動きの遅いシュティフィーを残して、僕とボリスは駆け戻る。

 心配したアルフは、僕たちが離れた時から変わらない場所に立っていた。


「アルフ、無事!?」

「あぁ、矢のこともフォーレン通して見た。けど何処から射られたかわからないんだ」


 アルフは深刻そうに答える。

 獣人はすでに武装解除をしているそうだ。

 エフェンデルラント軍は森から逃げるため潰走中。


 誰も矢を射る余裕もなく、射手がいたことにも気づかなかった。


「森の中なのに俺が感知できないなんて、おかしい」

「それってここに結界を張ってないからじゃないの?」

「それでも森の中に不穏分子いればわかるようにしてあったんだよ」

「ヴァシリッサは?」

「そうだな。あんな特殊能力で入られるとわからない。ダムピールは一人じゃないのかもな」


 アルフもヴァシリッサには気づいていなかったらしい。

 あのすごい臭いの死体も、森に隠されていたのかこっそり森の外から持ち込まれたのか、判断がつかないそうだ。


 ただひとつわかるのは、今この森にヴァシリッサや流浪の民の他にも敵がいる可能性が高いこと。


「少なくとも、今はもう敵はいないと思うんだが」

「僕も臭う範囲にはいないと思うよ」


 すぐに敵だとわかる存在はいない。

 それはそれで問題なのはわかってる。


 僕はアルフと警戒を解かずに頷き合った。


「ずいぶん慌てて戻ったようだが、何があった」


 僕たちの会話が途切れたことを見計らってやってきたのは、三将軍を従えた獣王だった。


隔日更新

次回:犠牲を払った終結

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