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190話:呪いの一矢

「邪魔の上に横やりとは恥を知れ、妖精王!」


 ヴォルフィ怒りの咆哮には威圧が含まれていた。

 と言っても幻象種よりずっと弱い。

 それでも人間たちには効くようで、エフェンデルラント側の隊列が乱れる。


 ちなみに僕を刺そうとした槍隊は網の中でもがくだけだった。

 もちろんアルフも気にしてない。


「仲間がやられて黙ってられないのはお互いさまだろ」

「何をしゃあしゃあと! 自作自演ではないか!?」


 人狼を踏み躙りながらアルフに怒鳴るヴォルフィに、小さな妖精は怖がる。

 まぁ、アルフは聞き流してるけど。


 あ、ボリスやニーナとネーナもいる。

 もしかしてコボルトやノームもいるのかな?


「卑劣な罠にかけて陥れようとするその卑怯さは人間と同じではないか!」

「わかってて引っかかってるのは、ヴォルフィも同じだと思うんだけどな」

「なんだと守護者!?」

「うわ、牙向けないでよ。あと怒るのはいいけど人狼からどいてあげてくれない?」


 自演とわかっていて追ってきていたヴォルフィと、喜んで乱入してた人狼。

 無関係とは言わないけど、僕が巻き込んだだけだからあんまりひどいことはしないであげてほしい。


 僕の言葉にヴォルフィは足を動かした。

 瞬間、人狼は飛び起きる。


「ふはは、隙あり!」


 ヴォルフィが退くと懲りない人狼は負けたくせに襲いかかる。

 僕より以前から知ってるヴォルフィは予想していたのか、すでに反撃の体勢に入っていた。

 もちろん容赦なんてないヴォルフィは、人狼の鳩尾をえぐるように殴りつける。

 その上、回し蹴りを首に入れるとそのまま蹴り飛ばしてしまった。

 僕のほうに。


 ついでだから後ろ蹴りでアルフのほうに避難させておこう。


「えい」

「ぐぼぉ…………!?」

「な、何故守護者まで? あいつ、何をしているんだ?」


 どうやらヴォルフィは人狼が僕の仲間だと思っていたようだ。


 弧を描いて飛んだ人狼は、二度地面を跳ねてアルフの足元に辿り着く。


「利用しておいてなんだけど、お前懲りろよ」

「うん? 妖精王どうした? 何故ここにいる?」


 アルフさえ呆れる中、人狼は全く気にしてない。

 どうやら僕たちが何してるかも知らないまま追い駆けっこを続けていたようだ。


「ちょっとやることあるから俺がいる間は大人しくしておいてくれ」

「妖精王が言うなら仕方ないな」


 アルフには恩がある人狼は素直に受け入れた。

 そして呑気に毛繕いを始める。


「本物の妖精王だ…………どうする? どうすれば…………?」


 人狼ほど他人ごとでいられない獣人側は、状況が知れ渡るほどにざわめく。

 ところが波が引くように静かになった途端、防壁の茸に獣王が現れた。


 隣には豹の獣人。

 どうやら三将軍の最後の一人のようだ。

 ヴォルフィより細身だけど、毛量の違いかな?

 それとも最後の一人も女性?

 うーん、獣人の性別って近づかないとわからないなぁ。


「獣王さま!? 危険です!」


 ヴォルフィが慌てるのは、獣王が目立つ場所にいるからだろう。

 エフェンデルラント軍が立て直せば、きっと矢の雨が降る。


 でも獣王は片手を上げるだけでヴォルフィに答えると、一度アルフを睨んで獣人に呼びかけた。


「我々の敵は人間だ。妖精と妖精王に連なる者への手出しはするな」

「しかし!」


 ヴォルフィが不服の声を上げるけど、獣王は首を振るだけで許さない。


 この反応はアルフの予想どおりだった。

 妖精王が出てくると獣人は戦わない。

 森に住むからこそ、妖精を敵に回す恐ろしさを知っている。


「ふざけるな! 戦場を荒らす獣を駆除しようとしただけで、何故妖精王が横やりを入れるのか!」


 エフェンデルラントから馬に乗った偉そうな人が、兵を引き連れて進み出て来た。


 森の中で馬に乗るって、逆に動きにくくないのかな?

 あ、お城で見た将軍だ。


「我々エフェンデルラントの勇士は臆病風に吹かれた獣人とは違う!」


 どうやらやる気満々みたいで、馬上から恰好良く剣を抜いて掲げた。


「我々には妖精など恐れるに足りず!」


 どや顔で将軍が宣言すると、後ろの兵が投擲武器を用意する。

 将軍の合図で放たれた袋のような弾の狙いは、アルフと周辺の妖精だった。


 僕を殺せば妖精王が出てくるのはわかっていたみたいで、対策を用意していたんだろう。


「物理は効かないんだが、どうする気だ?」


 アルフをすり抜けるように落ちる球は、地面に当たると開いて中の物を拡散する。

 どうやら中身は細かな粉のようだ。


「やっぱり毒使ってるの?」

「おう、そうだな。しかもこの場から妖精が動けなくなる金縛りの魔法が袋に仕込まれてる。盗み聞きしたのばれたからだな」


 僕に答えながら、アルフは一歩も動かず手を上に向けた。

 木々に隠して大量の水を浮かせて持ってきていたアルフは、ヴォルフィに声をかける。


「濡れるから気をつけろよ」

「は?」


 アルフが腕を振り下ろすと、ゲリラ豪雨のように水が降り注いだ。

 一瞬にして周囲は水浸しになり、毒は妖精を害する前に消えた。


 ちなみにこの水、傷物の館の屋外プールに溜めた水だ。

 もちろん僕が角をつけているから、それだけで解毒作用がある。


「な、な…………!? なんだとー!?」


 毒を用意していることを知っていた僕たちの早すぎる対応に、エフェンデルラントの将軍は目を白黒させている。

 たぶん流浪の民も盗み聞きしてたのが妖精王だとは思わなかったんだろう。

 せっかく用意した金縛りもアルフにはあまり効いてない。

 妖精王の力を下に見すぎじゃないかな?


 けど小さな妖精たちには効いたようで、ゲリラ豪雨に紛れて大半が森に隠れてしまった。

 ボリスは…………あ、生きてる。

 どうやらエフェンデルラントが投擲武器を用意し始めた時点でアルフから離れていたようだ。


「それじゃ次はこっちの番だ」


 アルフが指を鳴らした瞬間、森から大きな羽根の音が近づいた。


 将軍の前に舞い降りるのは、金の羽根と蛇の髪を持つゴーゴン。

 僕からは背中しか見えないけど、眼帯がないせいで嘆きの声がすごい。


「わぁ、馬ごと石化したー」

「これがゴーゴンの力か」


 ずぶ濡れのヴォルフィはわかりにくいけど、たぶん全身の毛が逆立ってる。

 まず耳が垂れ気味なのが、心情を如実に物語っていた。


「ゴ、ゴ、ゴーゴンだー!? 本当にいたんだ!」

「た、助けてくれー! こんなの聞いてねぇよ!」


 森に関わる人間たちの多かったオイセンでさえ、ゴーゴンが妖精王に従っているとは知らずにいた。

 獣人が近くて森に詳しくないエフェンデルラントは、予想外の怪物の登場に大騒ぎとなる。


 こうしてメディサたちに驚く姿を見ると、五百年の間本当に誰とも争わず静かに暮らしていたんだと良くわかる。

 助かるけど、正直騒動に引き摺り出したようで申し訳ない。


「フォーレン、怪我は?」

「メディサ。ないよ、ありがとう」


 メディサは眼帯を直して笑いかけてくる。

 大きな牙と眼帯で顔のほとんどが隠れてるけど、最近わかるようになったんだ。


「これも門にしてしまおうかしら?」

「それにはまだ数が足りないわね」


 エウリアの提案に、スティナは距離を取ろうと混乱する人間たちを見る。


 距離があるとピンポイントで視線が合わないといけないらしく、石化したのは将軍とその周辺だけ。


「驚かせて退いてもらうのが目的だからもう隠れていていいよ。あまり姿を見られたくないんでしょ? 手を貸してくれて本当にありがとう」

「いえ、フォーレンは森での暮らしを守ろうとしているのですから、微力ながらお役に立てればと」


 僕のお礼にメディサは照れるように顔を俯ける。

 エウリアはやる気なさそうに肩を竦めるけど、こうして来てくれただけありがたい。

 スティナも妹たちを守るようにしながら僕に笑顔で答えてくれた。


「あちらの木の上で見ていますから、危ない時には呼んでください」


 メディサがそう言うと、ゴーゴンたちは飛び立つ。

 そんな動きだけでエフェンデルラント軍からは悲鳴が上がった。


 静かな獣人たちは目を閉じてる。

 人間と違って嗅覚や聴覚で把握できるから混乱は起きていないようだ。

 逆に人間は危険を前に目を凝らしてしまうみたいだった。


「このままエフェンデルラント軍は、森の外まで追い立てようか。アルフ、流浪の民は?」

「軍の中に五人くらいいたのが今あっちに向かって動いてる」


 どうやらグライフが言ったとおりの結果になるようだ。

 色々したけど結局は僕が回りくどかったんだろう。


 人間が退けば後は獣人と話し合いで決着をつけて、森が落ち着けば流浪の民への対策を本格的にしよう。


「おい、フォーレン。向こうに高魔力反応だ。流浪の民がやっぱり何かする気だぜ」


 アルフに言われてみると、軍の中の流浪の民が向かう先より後方に力の流れを感じた。


 瞬間、嘆きの声が大音量で響き、同時に何かが飛んでくる。

 見つめた先には、燃えるような尾を引いて不吉な黒い矢が放たれていた。


隔日更新

次回:覚醒の訳

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