188話:サンデル=ファザスの憂鬱
人化してエフェンデルラントにいる僕は、短く悲痛な問いを投げかけられた。
「…………何故…………?」
サンデル=ファザスがげんなりするその後ろで、金羊毛たちがにやにや笑っている。
以前金羊毛たちが来た時に、僕はサンデル=ファザスのアポ取りをした。
だから僕が来ることはわかってたはずなのに、いったい金羊毛はどんな言い方したんだろう?
「えーと、まず家具届いたよ、ありがとう」
「はい、それは聞きました」
「魔王石の行方も調べてくれてありがとう」
「他人ごとではありませんでしたから」
サンデル=ファザスはずいぶんと警戒しているようだ。
まぁ、前来た時には城を騒がせたし、あ、街もか。
ともかく警戒は当たり前だから気にしない。
「早めに本題に入ったほうが良さそうだね。実は獣人の国に行ったんだ。本当は予定外だったんだけど獣王にも会ったよ」
「おぉ、あの獰猛な獣王に会って無事とは」
「うん、つい殺しそうになって危なかった」
「は…………!?」
あ、口が滑った。
怯えられる前に話題を変えよう。
「それで戦争の原因の子供についても聞いてみたんだ」
「は、はぁ…………」
「でね、獣人は生きて帰したって言うんだ。子供なんか倒すに値しないって」
「まさか。絶命に至った傷は確かに獣人の爪痕だったと」
「子供を送った獣人にも聞いたんだよ。狼の獣人で将軍なんだけど」
「銀牙!?」
ヴォルフィはサンデル=ファザスも驚くほどの有名人だったようだ。
「あの将軍が子供を送り返した? いや、倒すに値しないとは確かに」
「サンデル=ファザスも知ってる?」
「それはもちろん。獣人の主戦派で、戦争となれば一番に出てくる猛者ですから。フォーどの、三将軍については?」
「知ってるよ。ヴォルフィともう一人、熊の将軍に会ったね」
「あぁ。三将軍の中では一番穏健ですが、攻めの銀牙と双璧を成す守りの剛腕と呼ばれています」
ベルントにも二つ名あったんだ。
「ちなみに後一人は?」
「私は軍属ではないので話だけですが。獣王の側を離れず戦場にもあまり姿を見せないと」
獣王の側? 見てないなぁ。
あ、そうか。あの時獣王は抜け出してきたから置いて来たんだ。
「狼、熊ときてなんの獣人なんだろう?」
「豹だぜ」
突然の声に首を巡らせると、蝶の羽根が揺れていた。
「アルフ、戻って来たんだ」
アルフは一緒にエフェンデルラントへ入国したんだけど、サンデル=ファザスには僕一人で会いに来ていた。
というのもコカトリス情報を確かめるために、アルフはエフェンデルラントの妖精に話を聞きに別行動になったから。
エフェンデルラントの東の端まで行ったはずだ。
「あれ、いなかったのか?」
見えてないエックハルや金羊毛が探すように辺りを見回す。
アルフは姿を現すと、なんか偉そうに腕を組んで胸を逸らした。
「あー、その、そちらの方々は?」
見えてるサンデル=ファザスがアルフの後ろにいる妖精たちに聞く。
「きゃー、見つかっちゃった!」
「私たちはこの方のお付きよ」
シルフのニーナとネーナは移動速度を速めるために一緒に来ていた。
妖精は移り気で情報伝達には不向きだからアルフは直接聞きに行ってる。
けどニーナとネーナはアルフから役割を与えられているから、森の伝達係ができるんだって。
「コカトリスは本当に西のほうから人間によって連れて来られたらしいぜ」
「可能なのですか!?」
サンデル=ファザスが驚愕してるけど、その質問はすでに金羊毛がしてるんだよね。
「できなくはない。が、難しい。それと、コカトリスを連れて来たのはどうも流浪の民じゃねぇ」
「そうなの?」
「いったい何者が我が国に?」
「わからん」
「アルフ…………」
「見た妖精が人間の見分けつかねぇ奴だったんだよ。それで東でよく見る人間、流浪の民じゃないってことくらいしかわからなかったんだ」
「それらしい恰好してなかっただけとかはないんですか?」
ウラがアルフに確認すると、ジモンも頷いた。
「偽装…………」
「いや、コカトリス連れて来た奴らはあの鉱山近くに連れて行ったら、そのまま北から西へと戻って行ったらしい」
「北っすか? もしかして人間の国避けて北って、凍土通って来たんすか!?」
手を打って声を大にするエルマーに、ニコルは首を横に振った。
「ただ踏破するだけでも難しいのに、化け物を連れてなんて無理ですよ」
「どう思う、アルフ?」
「俺も何処かの国を通って来たんだと思うぜ。さすがに凍土はコカトリスも無理だ」
「つまり、何者かが我が国にコカトリスを持ち込んだ。そしてその者は北のほうの国と結んでいる?」
サンデル=ファザスが苦い顔で話を纏める。
何か心当たりがあるのかな?
「あ、北って言えばオイセン?」
「フォーさん、オイセンにそんな力あったら、あんたが出て来た時に使ってるって」
エックハルトに呆れられてしまった。
「じゃあ、もっと北の国?」
「凍土までの間に五つくらい国があるわね」
「斜めも入れれば七つ…………」
ウラとジモンが答えてくれると、ニコルが疑問を呟いた。
「いくらエフェンデルラントが傭兵の国で恨みを買う心当たりがあっても、兵を派遣したことのない国なんて」
「そうなの?」
「フォーさん、オイセンはエフェンデルラントの傭兵なんて北には通さないっすよ」
エルマーに言われて、なるほどと頷く。
エフェンデルラントとしてはオイセンという心当たりはあるけど、オイセン以北では恨みを買うなんてありえない話だってことみたい。
「俺としては人間がやったって確証持てたからそれでいいけどさ」
「持ち込まれたエフェンデルラントの人にとってはそれだけじゃ済まないよね」
アルフと他人ごとで言い合うと、金羊毛もなんだか同じような顔してる。
この場で当事者意識があるサンデル=ファザスは苦悩してた。
「ねぇ、まだ悪い知らせあるんだけどいい?」
「まだあるのですか!?」
あ、げっそりしちゃった。
「この国にはもう魔王石ないでしょ? なのに流浪の民が色々画策してるみたいなんだ」
「妖精王への陽動じゃなかったのか?」
もう疲れちゃってるサンデル=ファザスに変わってエックハルトが話を促す。
「森にいる悪魔に聞いてみたんだけど、このまま戦争が泥沼化すると強力な悪魔を召喚できそうなんだって」
「悪魔!?」
サンデル=ファザスは一声叫ぶと天を仰いだ。
「どの程度の悪魔か聞いても?」
エックハルトは冷静だけど嫌そうな顔で聞いてくる。
うん、その予感当たってるよ。
「術者の腕で弱くもなるらしいけど、このままだとオイセンで出て来た悪魔が呼び出せそうらしいよ」
「「「「げぇ!?」」」」
オイセンで見たのか、ニコルまで金羊毛たちと声を揃えた。
アシュトルについて聞いているらしいサンデル=ファザスも顔色が悪い。
「何故…………我が国が…………」
「まぁ、もう被害者だと思うよ」
僕の慰めにサンデル=ファザスがこっちを見る。
目があったから笑いかけると、何故か金羊毛が一歩引いた。
ひどくない?
「それで一つ提案なんだけど…………勝手に巻き込んで勝手に犠牲者を増やすだけの相手の思惑なんてさ、ぶち壊したくない?」
僕の言葉にサンデル=ファザスは疲れたように首を横に振った。
あれ駄目だったかな?
金羊毛もないわ、って顔してる気がする。
「…………悪魔は天使のような顔をしてやってくると聞きますが、本物の悪魔はいったいどれほどか。いやいや、語らずとも結構。知らぬ幸せというものもあると、私は学びましたので」
そんなことを言ったサンデル=ファザスは大きく息を吐き出して、燃え尽きたみたいに項垂れる。
もう一回誘い文句を投げかけようとした時、聞きたくないと言わんばかりにサンデル=ファザスは了承の印として頷いてくれたのだった。
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