182話:金羊毛の駄目だし
「考えはわかりました。けど本当勘弁してください」
エックハルトが土下座するような形でがっくりと床に手を突く。
その後で敷かれた絨毯の手触りの良さに気づいて撫で回してるあたり、余裕はあるみたいだ。
金羊毛は僕が仕掛けた罠のことを聞きにわざわざ危険地帯の森の奥へとやってきた。
どうやらノームの剣以外も発見していたそうだ。
明らかに罠だとわかった上で、止めても止めても兵士がかかりそうになるから話をつけに来たんだって。
「妖精の守護者とかそんな大層な称号あったら罠とか考えなくてもいいと思うんだけど?」
ウラもがっくりしつつ、指で絨毯にのの字を書いてる。
たぶん「の」ではないんだろうけど、そうとう手触りのいい絨毯をサンデル=ファザスは用意してくれたようだ。
「結局人間にも獣人にも喧嘩売ることになるから、大義名分は必要だと思って」
「獣人では駄目なのだろうか…………」
「そうっすよ! 人間はめようとしないでほしいっす!」
ジモンの提案にエルマーが危機感を滲ませて賛同する。
応接間に通りかかった姫騎士が、手に洗濯物の入った籠を抱えて足を止める。
「獣人は臭いに敏感ですから、どちらがかかりやすいかといえば人間ですよ」
「すぐフォーレンってわかって避けるんだよね? かかったのもノームの剣だけだったって」
ブランカの確認に頷くと、金羊毛はさらに落ち込んでしまった。
ちなみにブランカとシアナスが持っている洗濯物は、浴槽と排水設備のあるお風呂場で洗った旅装。
魔女に汚れ落ちのいい洗濯石鹸を貰ったそうで、今日は洗濯をすると言っていた。
妖精の守護者としての仕事の中に魔女の里での手伝いもあり、シアナスも魔女たちと親しくなってるようだ。
「僕としては罠にどっちがかかっても良かったんだけど。人間の後にかかった獣人が、強情な割に手は出してこなかったんだよね」
金羊毛はさらにがっくりする姿に、姫騎士は同情の目を向けて去る。
つまらなさそうに尻尾を振っていたグライフは、前足をお腹の下に折り畳んで吐き捨てた。
「誰もかれも回りくどいことよ」
「お前は乱暴すぎんだよ」
「ほざけ。俺は肉体的にわかりやすく優劣をつけるにすぎん。心を捻じ曲げて弄ぶ妖精とは違う」
「何偉そうに言ってんだよ! お前は戦場乱すただの愉快犯だろ!」
喧嘩を始めてしまったアルフとグライフを横目に、エックハルトがこそこそ聞いて来る。
「あのグリフォンに、戦場来ないよう言えませんかねぇ?」
「今は怪我してるから大人しいと思うけど」
「フォーさん、その手負いの状態でエフェンデルラントの王都襲ったのよ?」
ウラに言われて、グライフの怪我が安心材料にならないことがわかる。
「回復が早い…………」
「うん、幻象種は人間より回復早いらしいよ」
精神体の部分があるかららしい。
鳥は羽根が折れたら治らないけど、グライフは治るから飛べなくなることもない。
「それとアルフが色んな薬を作れるらしいから、時間さえあれば完全回復できるんだって」
「え、妖精王のお力で回復してるのにあれっすか?」
エルマーが口喧嘩をしてるグライフを不躾に指差してウラに小突かれる。
「実はゴーゴンが血の臭い嫌いらしくて、血の出る怪我だけアルフが治療してるんだ」
メディサたちに言われてアルフは骨折以外の傷を治す薬を提供してる。
最初は怪しんで使わずにいた。実際にアルフは悪戯を仕込んでてまた喧嘩になったこともある。
その時仕込まれていたのは毛が白くなる薬だとかで、僕もちょっと見たかったな。
なんて言ったのが聞こえてて、また怪我したグライフに追いかけられたりもした。
「わー! 助けてフォーレン!」
「うわ、グライフ。食べるの?」
叫びに顔を向けると、グライフがアルフを嘴に咥えてる。
思わず確認した僕に、グライフは嫌そうな顔をしてアルフを吐き捨てた。
「食わぬわ! 不愉快なことを言うな、仔馬!」
なんで僕に怒るのさ。
「あのー、ともかく罠仕掛けるのやめてくださいね?」
「うーん、他の手かぁ」
困ったなぁ。
金羊毛はとりなすように話題を変えて絨毯を叩いた。
「ファザスからの届け物、ちゃんと受け取っていただいたようで」
「あ、家具ありがとう。さっそく使わせてもらってるよ」
「フォーさんはちゃんとお金置いてったでしょ」
「金の横領となるか苦慮していた…………」
「結局家具買って森に置いて行った後も、すっごい顔して帰って来て頭抱えてたっす」
どうやら森への置き捨ては、サンデル=ファザスの苦肉の策だったようだ。
「で、そのファザスから魔王石のオパールについて続報だ」
「何かわかったのか?」
エックハルトの言葉に、アルフも魔王石の話題だから興味を示した。
「エン婆はめた商人は夜逃げしてエフェンデルラントに入ったのは確認できたそうで」
商人や伝手を使って調べたサンデル=ファザスは、三十年前の足取りを掴んだそうだ。
「でも、エフェンデルラントに落ち着く暇なく強盗に襲われたとかでね」
「生き残りはいない…………」
ウラとジモン曰く、エノメナをはめた商人一家は、夜逃げをした末に全員が死んでいた。
「それでオパールは?」
「犯人捕まってないんで、国外に逃げたんじゃないかって話っす」
「今度は何処の国だよ?」
アルフがうんざりしたようにぼやく。
「ファザスが伝手使って調べたんで国内には回ってないのは確かみたいだな」
「強盗して家財は全て奪って行ったらしいのよ」
「大物もあった…………」
「なのに国内で出回ってないなら足のつきにくい他国だって、ファザスが」
説明する金羊毛にアルフは頷く。
「となると困ったな」
「どうして?」
「魔王石がないなら、獣王が納得する形での介入が難しい」
「あ…………」
確かに魔王石が関わってないのに横やりを入れたら、獣王が許さなさそうだ。
アルフは笑顔で金羊毛に現状を告げた。
「余計に人間側を足掛かりに介入しなきゃいけなくなったぜ」
「「「「勘弁してください!」」」」
全力で嫌がる金羊毛を横目に、僕は首を捻る。
「オパールは何処へ行ったんだろう? エイアーナやビーンセイズみたいになってる国、他にないんだよね?」
「最悪、その商人襲ったのが流浪の民とか?」
アルフの思いつきはありえないとは言えない。
三十年前ならもう流浪の民は魔王復活のために動いてるはずだし。
「あれ? けどオパールがすでに手元にあるなら、この戦争で流浪の民は何がしたいの?」
「俺の動き鈍らせたいんじゃないのか?」
「たわけ。獣人との不仲は人間でも知っていた。獣人と争いを起こしたところで貴様が出張ってくるとは思っておらぬ」
最初からアルフの足止めには向かないのに、城には流浪の民が入り込んで介入していた。
魔王石欲しさかと思ったけど違うならなんのために?
「ヤバい思想の奴らが戦争を起こす理由ねぇ」
「魔王絡みだと思うと単に争い起こしたいだけとかかしらね?」
「そうなの?」
魔王絡み限定で?
「敵の血を流させ強い悪魔を召喚する…………」
「昔話でよくある魔王の悪行っすよ」
僕は事実確認のためにアルフを見る。
「よくあるわけじゃねぇよ。一回しかしてないし、その時は魔王側も多くの血が流れたから苦肉の策だったんだよ」
「だが戦場に悪魔がやってくるのはあるな。あれこそ愉快犯ではないのか」
「そうなんだ?」
「あ奴らは争いごとを好んで引っ掻き回すからな」
「グライフ、アシュトル以前に誰か悪魔に会ったことあるの?」
聞いた途端に渋い顔になるってことは。
「…………殺しても死なぬ悪魔だ」
「あー、あいつか。のりが面倒だよなぁ」
アルフもわかる相手みたいでちょっと同情的な顔になる。
「お前みたいなの好きそうだもんな、あいつ」
「この上なく不愉快にさせられたぞ。あれは関わる者を腐らせる天才だ」
「まぁ、そういう悪魔だからな」
僕と金羊毛がわからない顔をしていると、アルフは真剣に忠告をくれた。
「悪魔は力だけじゃないんだぜ。中には従順で誰かに仕えることを望む悪魔もいる。そういう奴ほど搦め手で堕落させに来るから気をつけろ」
「つまりその搦め手がグライフには合わなかったってこと?」
「ふん」
グライフはそっぽ向く。
アルフは背中の羽根で飛びつつ、空中で胡坐を掻いた。
「俺としては傲慢の化身なら顎で使いそうだと思うんだけど。まぁ、そう言えばこのグリフォン群れから出奔したぼっちなんだよな」
またグライフがアルフに攻撃を始めるけど、今のはアルフが悪いと思う。
それにしても戦争と悪魔かぁ。
姫騎士に聞いてダークエルフにも聞いたし、次は悪魔に聞きに行ってみようかな?
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