173話:またトロイアされる
他視点入り
「あ、見たことのない花瓶がありますよ」
ブランカという姫騎士がそう声を上げているのを館の外で聞いた。
羽根音を出さないよう仔馬の館二階の露台に着地すると、一緒にいた姫騎士のシアナスも首を傾げる。
「花はゴーゴンが毎朝飾っていると聞いたけれど」
「フォーレンがメディサというゴーゴンと花を摘みに行ったと言ってましたよ、先輩」
「では花瓶は? 高温で作られた滑らかな焼き物に、繊細な絵付け。その上金属の装飾まで施されているなんて」
「森の何処かに陶芸の窯があるとも聞いてましたけど、確かに高そうですね」
姫騎士は揃って首を捻り合う。
そんな困惑がちょっと楽しくて、私は笑いをこらえると見つからない内に地下に降りた。
「あらご機嫌ね、メディサ」
「エウリア姉さま」
妖精王の住処のほうから来た姉が、からかう気配を漂わせて声をかけて来た。
「フォーレンからの贈り物、気に入ったみたいね」
「そ、そんなことは、いえ、嬉しくはあるけれど、その…………」
「今日の花選びは随分時間がかかったじゃない?」
魔封じの眼帯で隠された目元が、絶対に面白がって細められている。
そうわかるのに、私はすぐさま否定できなかった。
日々過ぎて行くだけの森の生活の中、変化を見るために季節の花を飾っている。
フォーレンたちが来て花を飾る頻度も多くなり、喜んでくれるのが嬉しく常に花を飾るようになっていた。
そんな私に、フォーレンは花瓶を贈ってくれたのだ。
いつも綺麗な花をありがとうという言葉を添えて。
「うふふ、頬が赤いわよ」
「き、気のせいでしょう」
「あら、蛇たちもあなたの顔に熱が集まっているのが見えているのに?」
意地悪なエウリアを避けるように、私は地下から出る階段に向かった。
「…………スティナ姉さまは?」
「あからさますぎる話題の転換だけど乗ってあげるわ。あのグリフォンの治療で傷物の館のほうよ」
コボルトと鉱物を取りに行ったグリフォンは、遭遇したコカトリスと戦闘し深い傷を負っている。
その割りに元気なのは、戦い慣れたグリフォンが即座に動けなくなるような傷を避けたからだ。
一番危ない毒はもう消えているため、後は暴れて広がった傷口を塞ぐだけの状況。
その怪我もフォーレンがエフェンデルラントに言っていると知り、大暴れをしたつけと言える。
最終的に地の利で妖精王さまが森の中で捕らえたけれど、フォーレンは買い物ができなかったと嘆いていた。
「メディサ、スティナ姉さまが戻ってきたら布の仕立て直しよ」
「えぇ、いい布ばかりで困るわね。迷ってしまうわ」
フォーレンがエフェンデルラントで人間の貴族と知り合い用立てた布だ。
実は人間の貴族は義理堅かったのか、森が恐ろしかったのか、フォーレンに頼まれた物を用意すると森に置いて行っていた。
「妖精の見える人間で良かったわ」
「ちゃんと言づけるなんてね。人間にしては頭を使ったじゃない」
獣人と争う場所からは離れた森の中、森の妖精に声をかけフォーレンに頼まれた物だとエフェンデルラントの貴族は言ったそうだ。
その言づけが妖精伝いにここまで届き、回収できることになった。
「布はどうしても織るのに年単位でかかるから。数が用意できて良かったわ」
「それでもまだ十分とは言えないもの。館を広く作りすぎね。妖精王さまが面白がったせいと、土地が余っているからなのだけれど」
「ラスバブ、戻ってきましたよ」
「うわ、待って!」
行く先からコボルトたちの声がする。これは悪戯の予感。
私は姉さまと一緒に布を保管している部屋に走り込んだ。
「逃げます!」
「貰いまーす!」
「あ、待ちなさい!」
「こらー!」
コボルトたち布を盗んで窓から逃げた。
声をかけたけれど不可視の魔法ですぐに見失ってしまう。
「油断したわ。何色を盗られたの、メディサ?」
「この辺りから盗っていたから、…………金刺繍の入っていた物ね」
「金、もしかして。コカトリスにボロボロにされたグリフォンの服かしら?」
言ってくれればわけ合ったのに、思いつきで行動する妖精には困ったものだ。
「あら、ここにいたのね、二人とも」
「スティナ姉さま。グリフォンはどうしたかしら?」
「まぁ、エウリアが興味を示すなんて珍しいわね。痛みのせいで妖精へ当たるからってフォーレンが連れ出してくれたわ。妖精王さまも一緒にね」
スティナは頬に青銅の手を添えて館のほうを見た。
「そう言えば姫騎士はどうしたのかしら? これだから四足の獣はー! とか、どう報告すべきですかこれ! と叫んでいたわ」
何をしたのか、いや、されたのか。
「先ほどまでは花瓶の出どころについて首を傾げていたわ」
「それなら、花瓶の出どころを知ったんじゃないの?」
なるほど、エフェンデルラントでフォーレンがしてきたことを知ったのならわからなくもない。
そんな話してると外から声が聞こえ、妖精王の住処に駆け込む気配がした。
「誰か! お助けください!」
「この声は、ルイユ?」
私たちは姿を隠して階下へ向かった。
普段温和なリスの獣人は、叫びながら館へ行こうと走っていた。
見るからに疲労と切迫が窺える横顔に、悪いことが起きていると想像がつく。
「もし、どうしました?」
「ゴーゴンですか? 妖精王さまは、ユニコーンどのは何処に!?」
やはり何かあったらしい。
私がルイユから話を聞く間に、スティナとエウリアは妖精王さまを呼び戻すため飛び立って行った。
散歩に出かけてすぐ、スティナに呼び戻されたら、不機嫌なクローテリアがいた。
「色んな奴がうるさいのよ」
そんなクローテリアに答える暇もなく、ルイユが僕たちに駆け寄って来る。
あれ? 眼鏡がない。
ユニコーン姿の僕の前まで来たルイユは、声を張り上げた。
「お助けください、ユニコーンどの! 人間たちから奪った蛇に今度は毒が!」
どうやら再トロイアされたらしい。
しかも今度は人間じゃなくて毒が入っていたみたいだ。
「蛇って人間が輸送用に使ってた荷車でしょ。毒ってどんな風に入っていたの?」
「中に入れられた食料に仕込まれていたようです」
苦い顔で答えるルイユに、まだ小さいアルフは僕の背中から顔を出す。
「おいおい、気づかずに食べたのかよ」
「お恥ずかしい限りですが、以前蛇を回収した折は平気だったもので」
「学ばぬな、獣人」
包帯だらけのグリフォンが、偉そうに言った。
「それ今のグライフが言うことじゃないでしょ」
エフェンデルラントで懲りずに僕とアルフを追いかけ回したのはまだ昨日のことだ。
その上、アルフが森の木々を使ってグライフを拘束した時に、ちょっと骨をやってしまったらしい。
コカトリスとの戦闘では致命傷を避けたのに、結局怪我を増やすなんて。
「迂闊であったことに異議はございません。その上でお願いします! どうかディロブディアへ、王都へご同行ください!」
「え、行っていいの?」
「前は銀牙に追い払われたけどなぁ」
僕とアルフの疑問に、ルイユは決意の顔で頷く。
「私の独断です」
「それ、大丈夫?」
「私の首一つで民が救えるなら安いものです」
いや、重いよ。
ちょっと待って。
「えっと、急いでるのはわかるけど、なるべく見つからないように行こう。僕たちが行って混乱が起きても困るでしょ?」
「俺ちょうど小さいし、目立たないぜ」
うん、アルフはいいよ。けどね。
「なんで行く気満々なの、グライフ」
「次は置いて行かせんぞ」
「自分で出かけたんじゃないか。それに痛みで苛々してるんだから大人しくしておいてよ」
僕が窘めるとグライフは不機嫌に嘴を鳴らす。
「コボルトの目的は、この館の窓硝子を作る専用の工具を作るためだ。つまり貴様の暮らしのためとも言える。それを俺の独断専行のように言うな」
「まぁ、コカトリスに遭遇すると考えれば、コボルトだけで行ってたら死んでたかもな」
アルフはいつもの軽い口調で、グライフの行動を評価した。
幻象種のコカトリスは妖精が見える。
精神体に石化は通じなくても、毒や突きで攻撃を受けていた可能性があるらしい。
「最悪見つかってもいいので、お早くお願いします!」
ルイユも気が気じゃないみたいだし、だったら迷うだけ面倒だ。
「ここの奴らは面倒ごとが好きすぎるなのよ」
行く気のないクローテリアは、日当たりの良い床にドラゴンの姿で座り込む。
首輪をしてるせいか、ちょっと犬みたいだ。
「お前だって面倒ごとの種持ってんだろ? 自称怪物」
アルフがからかうと、クローテリアはうるさそうに長い尻尾を振る。
「わかってて追い出さない妖精王も、そんなのと精神を繋いでるユニコーンも気が知れないなのよ」
「面倒ごとがあることは否定しないんだね。今はいいか。気が向いたら話してね、クローテリア」
「気が向いたらなのよ」
そんなクローテリアの言葉を見送りに、妖精の住処を出る。
僕たちは散歩から戻ったその足で、ディロブディアへと走り出した。
毎日更新
次回:水瓶エンドレス




