169話:同じ轍を踏む
「あなたなら三将軍を倒せるとおっしゃる?」
「…………ヴォルフィ以外に会ったことがないけど、実力に差がないなら一対一で負ける気はしないね」
あえて強気に答えてみせると、サンデル=ファザスの目に欲が宿った。
サンデル=ファザスの感情の変化に気づいたアルフは面白がって黙ってる。
「どうか我が国にご協力を! それほどの力森で腐らせるには惜しいとは思われませんか! 買い物に来たと言いましたな? 文化的な生活を求めているのでしょう? でしたらあなたの働きに見合った暮らしを提供させていただきます!」
「おい! ファザスやめろ!」
勢いづいたサンデル=ファザスに、エックハルトが怒鳴る。
その死線を潜り抜けた覇気にサンデル=ファザスは気圧された。
けれど貴族としての矜持か、怖気づいたことを隠すように、すぐさま不機嫌を取りつくろう。
「なんだね、エックハルト。今大事な話を」
「そうだね、大事な話だ。もう君たち、勝手に滅べばいいんじゃないかな?」
笑って言う僕に、サンデル=ファザスは異変を察して表情を硬くした。
どうして欲に目が眩んで無謀なこと考えるかな?
金羊毛と同じ轍を踏むつもり?
「アルフが人間を相手にしたがらない理由がわかった気がする」
「俺の場合は先代が戦争に関わって面倒なことになったから、関わらない方針にしただけなんだけどな」
どうやらアルフが人間に興味を持たないのは妖精王の教訓なのだそうだ。
「僕、なんだか人間のために魔王石を探そうって気もなくなってきたよ」
「ま、待ってくれフォーさん! ちょっと勘違いしただけなんだよ! 俺たちが言い聞かせるから!」
「このファザスは森の恐ろしさを知らないだけなんだよ!」
「エノメナはどうするつもりだ…………?」
「うわー、見捨てないでください! せめて俺らが逃げる時間欲しいっす!」
僕の本性を知る金羊毛が怒ったと思ったのか騒ぐ。
怒っていないことがわかっているエノメナはまだ傍観のままだった。
エノメナの場合はまた森に戻ってもいいと思ってるからかもしれない。
それは困るからちょっと冷静になろう。
折角エノメナが前向きになってくれたんだし、金羊毛も一緒にいてくれる気があるみたいだし。
「あんまり俺の友達を怒らせるなよ。やろうと思えばこの国滅ぼせるんだからな」
「え!? それはさすがに言いすぎだよ。それに僕は森での暮らし守りたいだけなんだし」
「そうか? この距離なら呼べばメディサたち来ると思うし、手段としては早いぜ」
あー、頼めばケルベロス連れてきそう。最近館に来る悪魔も面白がってついて来そう。
僕たちの会話を聞いていた人間の中で、メディサが誰かわかるエノメナだけが顔色を悪くした。
今まで澄ましてたエノメナの極端な反応に、サンデル=ファザスはようやく危機を感じ取ったようだ。
そんなサンデル=ファザスの肩をエックハルトが叩く。
「無邪気だろう? あれで本気なんだぜ」
「うぅ、交渉の余地さえないのか。それが本当だとすると、とんでもない者を連れ込んだな」
「逆になんだったらあの絶望的な状況であたしらが生きて帰ってこれたと思うのよ」
「オイセン軍とやり合った方だぞ…………」
「そうっすね。買い物したいってのは本当っすからオイセンよりましじゃないっすか?」
金羊毛の忠告に、サンデル=ファザスは揉み手をして引き攣りながらも笑いかけてきた。
「えー、失言をいたしました。謝罪にもなりませんでしょうが、我が家の御用商人を用意しますのでお好きにご注文をば」
「ううん、ちゃんと買うよ。君には城に連れて行ってほしいんだ」
「あの、本当に困ります…………」
「僕たちも困ってるんだよ。いつまでも戦争するから森に侵入者があったりね」
「俺の住処まで切り込んで来たぜ」
アルフを妖精王だと知る金羊毛は、あまりな暴露に耳を疑う様子を見せる。
「あ、そうだ。さっき少し言ったけど、この国に魔王石あるかもしれないから僕たち来たんだ」
「侵入者も魔王石を狙ってるから、この戦争そいつらに嗾けられてんじゃねぇかと思って」
「は!? そ、そんなまさか…………」
「こっちとしては面倒ごとを避けたいってだけだからそんなに警戒するなよ」
「あ、そうだ。君は魔王石使いたい人?」
なんとなく聞くと、どう答えるべきかサンデル=ファザスはおろおろする。
「い、いりませんよ。私は魔法使いじゃない。飾って楽しむだけの宝石で十分です」
「あ、いいね。その考え方」
「別に魔法使いじゃなくても魔王石は使えるけどな」
そうなんだ?
僕が見て来たブラオンやエルフ、ヴァシリッサはたぶん魔法使えるけど。
「だとしてもいりませんよ! 持ち主を破滅させた宝石なんて!」
声を大にするサンデル=ファザスには真実味があった。
「何故、何故城なのですか? 魔王石を探すだけなら、いや、買い物? 停戦? いったい何が目的で?」
「えーとね、魔王石がこの国にある可能性があるから見定めるついでに買い物?」
「落としどころが知りたいのは俺な。獣人のほうから妖精王の介入を求める声が出てる」
「よ、妖精王が獣人の味方に!?」
不仲はエフェンデルラントも知っている。だからこそ森を治める妖精王を気にせず攻めていた。
けれどアルフの言葉を信じるなら戦況は大きく変化する。
「獣人の国の範囲なら大丈夫って話じゃなかったのか、フォーさん?」
エックハルトに続きウラも不安そうに尋ねて来た。
「森の主導権は妖精王なんだよね? だから銀牙もあの時退いたんでしょう?」
「獣人にも穏健派はいるんだよ。お前たちの会ったルイユは穏健なほうだ」
「あぁ、ルイユなんだ。だったら僕はルイユのほうに加勢するかな。館のこともあるし」
正しくはルイユの上司が穏健派らしいけど、館のことを言ったらアルフも頷く。
「ま、待ってください! そんな世間話みたいな勢いで我が国の趨勢を左右しないでいただきたい!」
泣きそうな声でサンデル=ファザスが訴えた。
「一理ある…………」
「けど森でもこんな感じでしたよね。森にとって人間の国の趨勢なんてどうでもいいんじゃないっすか?」
エルマーが鋭いことを言ったら、考え込んでいたニコルが手を上げて発言をする。
「フォーさん、目的は買い物だったはずですよね。思いつきで行動するより初志貫徹がいいかと思いますよ」
味方ができたと思ったサンデル=ファザスが目を輝かせる。
「確かに城へ行こうと思ったのは思いつきだけど、正直ね、魔王石がなくても何か動いてる人はいると思うんだ。マンティコアならともかくコカトリスがあそこにいるのは不自然でしょ?」
東から来たマンティコアは移動例があるけれど、コカトリスは西の生き物だ。
「た、確かに。突然現れたことで上層部も動転していたから、私もそこにつけこもうと…………。考えてみればおかしい。情報の出ない東の台地を通ったにしても、大陸の西との要衝であるヘイリンペリアムが見逃すだろうか…………?」
「まぁな。ヘイリンペリアム通りすぎても、周辺は人間の住む国々だ。何処かで発見例があっていい」
「けど、冒険者組合からそんな話はないわね」
「商人からもだ…………」
「単に見逃したんじゃないっすか?」
「あの大きさ見たじゃないですか、エルマー。しかも凶暴で有名な魔物が誰も襲わずこの国まで来るはずないですよ」
こうして考え直すとやっぱり不自然だよね。
人間たちは恐怖で深く考える余裕がなくなっていたようだけど。
「我が国にコカトリスを運び込んだ何者かが城に?」
「それはわからないよ。けど、情報が集まるのはお城じゃないの?」
「それ何処情報だよ、フォーレン」
あれ、違った?
「エイアーナでもビーンセイズでもニーオストでもそうだと思ったんだけど」
「あぁ、そういう? オイセンじゃ姫騎士たちだけで行ったけど、そうか。なるほどな」
アルフも納得したみたいで考える。まぁ、ふりなのが僕にはわかるけど。
そしてすぐに手を打つ。
「よし、城行こう」
「で、ですから!」
サンデル=ファザスは抵抗する。
素直になってもらう手もあるけど、という僕の気持ち汲むアルフは片手に改心薬を取り出した。
「そうだなぁ、じゃ二つに一つだ。何も知らないと耳を塞いで僕たちのことを他言しないか、君が城にいる間だけという縛りを設けて案内するか」
「耳を塞いで案内しないという選択は?」
「こっちも他の選択肢増やすだけだぜ?」
そう言ってアルフが薬を振る。
そんな脅しにサンデル=ファザスはがっくりと肩を落とした。
「わ、私は裏切り者と謗られる運命か…………」
「敵にならなければ見捨てないよ?」
「あ、けど魔王石のことは自分たちでどうにかしろよ。フォーレンやる気失くしたんなら俺も関わる気はねぇし」
あまりに悲壮なサンデル=ファザスに、エノメナが声をかけた。
「私が、かつてその魔王石のオパールを見ています。微力ながら協力は惜しみません」
「おぉ…………」
サンデル=ファザスは優しい言葉に感銘を受ける。
「あ、でも買い物はしたいから、商人に話しは通してもらいたいな。絨毯と間仕切りの布と、後は花瓶が欲しいんだ」
僕が主要な用件をお願いすると、サンデル=ファザスは力なく頷いた。
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