159話:オパールの行方
獣人に追われていた冒険者たちを引き込んで、僕はエノメナの説得をさせてみた。
「なぁ、エン婆。このユニコーンも言ってるとおり、こんな森に住んでるのなんて魔女ぐらいなんだって」
「魔女でもここには住まないそうじゃないか。危険なんだよ」
「きぃえぇー! あたしゃ魔女じゃないよ!」
金羊毛たちの説得に、エノメナは老婆に似つかわしくない元気さを発揮して叫ぶ。
うーん、さっき老い先短いって言ってたはずだけど。
「ねぇ、エノメナって幾つなの?」
「今年で四十…………八だったような?」
「「「「え!?」」」」
僕も驚いたけど金羊毛の驚きのほうが勝った。
「うちの親と同年代か!?」
「五十もいってないの!?」
「昔から婆さんだったはず…………」
「老けすぎじゃないっすか!」
容赦ない若手エルマーの叫びに、エノメナはまた奇声を発して襲いかかった。
さすがにエルマーの非を金羊毛もわかっているので止めないようだ。
「いててて!? ちょ、それ以上髪引っ張られると禿げる、禿げちゃう!」
「あたしだってね! 十代の頃は村でも有名な美人だったんだよ!」
「それはさすがに嘘だろ?」
余計なことを呟いた頭のエックハルトが次の標的にされた。
「あんたの親だってあたしに花贈ってきたりしてたんだよ!」
「そんなの知りたくなかった! って、やめろ! むしろうとするな!」
「苦労が顔に出たんだよ! 苦労の原因は誰だと思ってるんだ!?」
あまり口数の多くないジモンも、さすがに口を挟んだ。
「村八分はあったが、まず親の罪を恥じるべきだ…………」
ジモンの指摘にエノメナはぴたりと動きを止めた。
決して図星を突かれた沈黙ではない。
行き過ぎた怒りが限界を超えて体の動きを阻害したように見える。
「誰も、誰も知っていて父の行いを、真実を、伝えていないって言うの?」
その証拠に、ジモンを見るエノメナの目は燃え上がるように激しかった。
「父さんが盗んだんじゃない! あいつがおばあちゃんの形見を盗んで返さないから取り返しただけだ! なのにそんな高価な物うちで買えるわけないって役人も馬鹿にして! 村の奴らはおばあちゃん、その母、さらに母から受け継がれてるってわかってたのに! 冠婚葬祭にはいつもつけていたのに!?」
顔を真っ赤にして叫ぶエノメナの声は割れていて聞き取りにくい。
それでも無実を訴える激情だけは確かに伝わった。
「い、今さらそんなこと言われても、あたしらには真実なんてわからないし、ねぇ?」
「少なくともエノメナは嘘を言ってないぜ」
他人の心の表層なら読めるアルフが肯定すると、エノメナは糸が切れたように力が抜けた。
「ほら…………ほーら、ね? 人間の中に戻ったって碌なことがないんですよ。人間を超越した方々だからこそ…………そんな方じゃなきゃ…………あたしは罪人扱いで…………」
アルフの肯定に、今度は金羊毛が慌て始める。
別にエノメナが真実を言ってるわけじゃないとは思うんだけど。
本人が思い込んでいたら、事実でなくても嘘をついてることにはならないし。
そういうことをちゃんと言わないアルフは、適当に口を挟んだ後はただ見ているだけだ。
これ、僕が収拾するしかないのかぁ。
「エノメナさんがずいぶんと興奮しているようですが、何をしているのですか?」
「妖精王さま、それにフォーレンも。あれ、そちらの人たちは?」
ここに来て姫騎士の二人が来ちゃった。
「これって説明したほうがいいよね、アルフ?」
「そうか?」
「いや、二人はオイセンのことと獣人の所の戦争気にして来たんだから」
忘れてたと言わんばかりに手を打つアルフ。
移り気な妖精の性質そのままなアルフは、本当に妖精たちの王なんだと妙に納得してしまった。
「えーと、昨日の夜ケルベロスの散歩に行くことは伝えたよね? その時に…………」
僕は姫騎士たちに金羊毛と出会ったいきさつと、ユニコーン狩りで顔見知りであることを説明する。
「で、エルフのふりして出入りしてた僕を知ってるなら、一緒にいたシェーリエ姫騎士団知ってるでしょ? この二人はお遣いがてらその後の情報収集に来てるんだ」
僕は金羊毛にも姫騎士について説明した。
そこからエノメナを人間社会に返す手伝いをしてもらおうと連れて来た経緯と、エノメナが興奮してしまった理由も話す。
するとブランカとシアナスは姫騎士らしく憤慨した。
「つまりエノメナさんの父親は冤罪だということではないですか!?」
「ひどい! 本来罰せられるべきはその形見を盗んだ方じゃないですか!」
まさかのエノメナへの同情で怒りを向けられ、金羊毛はたじたじになる。
これじゃさらに話の収拾がつかないや。
「アルフ、ちょっと気を逸らしてくれる」
姫騎士の相手を頼んで、僕は金羊毛たちの罪悪感からエノメナに対してもっと前向きに検討してくれるよう説得しようと考えた。
「落ち着け、姫騎士。こいつらの親の代の話だぜ? 教えなかったのも親なんだからさ」
「確かに…………。取り乱してしまいました、妖精王」
「そうですね。この方たちに怒るのは違いますね」
上手くアルフが気を逸らしてくれた、と思ったらさらに続きがあった。
「魔王石に関わってこうして生きてることが村人の善良性でもあるんだから。頭から非難するのはやめてやれって」
「はぁ…………!?」
とんでもないこと言い出した!
「どういうこと? 魔王石が関わってるってまたダイヤなの!?」
「またって言うなよ、フォーレン。オパールだったはずだ」
「また違う魔王石出てきた!?」
アルフの何げない話しぶりにみんな驚く。
僕以外は声も出ない様子なので、しょうがなくアルフに先を促した。
「アルフ、詳しく」
「あれ? なんか怒ってる?」
「ぎりぎり呆れが勝ってるかな」
そんな僕にアルフはオパールの説明から始めた。
「魔王石のオパールは五百年前、人間によってこの東の地の何処かに隠蔽された物だったんだよ。ところがたまたま見つけた人間がいてな、持ち主の不幸や死によっていろんな国を転々としてたみたいだ」
「それってつまり…………エイアーナにダイヤが持ち込まれた時みたいな?」
「そうそう。運よく平民にだけ回ったから、エイアーナほど大参事にはならなかったけどな」
持ち主がほぼ死んでしまっていて、転々としたせいで誰も魔王石だとは知らず、ついにはオイセンの森に近い村に持ち込まれたそうだ。
どうもエノメナの祖母やその母たちはまぁまぁ強運の持ち主で、魔王石を伝承しながら不幸にはあっても死ぬことはなかったらしい。
「そう言えば、祖母は住む場所が不幸にも滅んでしまったために隣村に移り住んだと…………」
不幸で滅ぶ村ってどういうことだろう?
「まぁ、エノメナの祖母さん辺りから村に疫病とか、山賊の襲撃とかあって住まいは転々としてたんだ」
「なんで知ってるの、アルフ?」
「さすがに魔王石だからな。妖精たち使って調べた」
アルフも森に影響があれば回収するつもりで準備はしていたそうだ。
「つまりエノメナの不遇は?」
「魔王石の影響だな」
どうやらちゃんと冤罪だったみたい。疑って悪かったな。
なんて思って見ると、当のエノメナは予想外すぎる新事実におろおろしていた。
「あの、魔王石というのは? 確かに形見は七色に光る不思議な石でしたけど」
「まず魔王石とは…………」
魔王石からして何かわからないエノメナに、姫騎士が説明してあげる。
その中で、アルフの冠についてるダイヤもそうだってことを聞いて金羊毛が反応した。
「え? 妖精王の冠ってあのお宝伝説の?」
「あんなに大きなダイヤ他にないし、確かに曰く在りそうだけど」
「呪われていたのか…………」
「うひー、とんでもないっすね」
金羊毛も好きに話す中、姫騎士の説明を理解したエノメナがアルフに迫った。
「つまりあたし、いえ、父の窃盗は」
「魔王石による呪いの影響で、悪心を持つ者を引き寄せてしまったんだろうな」
「エノメナには悪いけど、エイアーナとビーンセイズの状況を思えば死人が出ないだけいいと思えちゃうね」
この場でアルフ以外に僕の感想を実感と共にわかってるのはブランカだけ。
僕はブランカと二人で頷き合った。
「何があったんっすか?」
「聞くな、馬鹿」
好奇心に素直なエルマーを、止めるために殴るエックハルト。
うん、聞かないほうがいいくらい面倒な話ではある。
「いや、このダイヤがエイアーナの奴に盗まれてさ、その後ビーンセイズで」
「アルフ、言わなくていいから」
僕はアルフを止める間に、ウラがエノメナにその後のことを聞く。
「エン婆、そのオパールはいったい何処に行ったんだい?」
「結局盗った相手は商人だったのに大損して一家で逐電してね。危ないところから金を借りていたせいで、見つかれば命はないだろうと聞いたよ」
「今まで誰も言わなかったのその借金取りが怖かったせいじゃない?」
僕の指摘に否定できないみたいでエノメナも沈黙する。
「アルフ、結局オパールは?」
「知らない。エノメナの言うとおり、商人一家が国から逃げ出して持ち出したからな。森から離れたんじゃ俺の権能も届かないし追ってないぜ」
「ってことは、エフェンデルラントに持ち込まれた可能性があるんじゃ…………」
エックハルトは思いついたように不穏な呟きを漏らした。
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