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158話:妖精の同情

他視点入り

「何故こうも失敗が続くのだ!?」


 怒鳴り声の後には室内の装飾を破壊する騒音が続く。

 側に侍っていた女たちは抑えきれない悲鳴を漏らしてさらに父の勘気を被った。


「黙れ! トラウエンのような成功作も産めない役立たずめ! 去れ!」


 僕を引き合いに出して怒鳴る父に、妻である女たちは我勝ちに天幕を後にする。

 残される僕に一瞥もくれず。

 荒れた父の世話をするなんて、そんな面倒な役誰もしたくないのだろう。

 そんなもの、僕だってそうだ。


「…………族長、お怒りごもっともではありますが、今はサファイアとジェイド奪還に対して次善の策を考えなければなりません」

「わかっている! だがサファイア奪還もならず、五百年前から隠されたままのジェイドの在り処は手がかりもつかめなかったのだぞ!? 何故こうなった!? 父祖の夢、同朋の犠牲、我が人生をかけた計画が…………!」


 なんと言っても結局は、自ら動いたというのに望むとおりの結果が得られなかったことに憤慨しているに過ぎない。

 族長となるべくして生まれ、族長たるべき存在として君臨し、一族の悲願を成就させられると信じて疑わない自信家。


 そんな父にサファイア奪還をさせなかったのは、誰でもない。ダイヤを奪われていながら奪い返した妖精王だ。


「まだ単独でエルフの国に潜む同朋が残っております。サファイアの件でエルフ王がジェイドの隠し場所を改める可能性はまだあります。監視を継続すると同時に、安全な連絡手段を模索するべきであると具申いたします」

「…………うむ、であるか」


 ようやく頭が回り出したらしい父の返答に、僕は別の懸案事項を投げかけた。


「ドラゴンの魔王石について、暗踞の森から西の国々に放った間諜に調べさせましたが、在り処はようとして知れず。ドラゴンとの協調は難しいかと考えますが」

「いや、あれは使える。いざとなれば憎悪を焚きつけてドワーフの魔王石奪還のため動かす必要がある」

「オニキスを持つシィグダム王国は如何いたしましょう」


 予定では魔王石から解放することでドラゴンに恩を売り、ドワーフへの復讐を手伝い血に酔わせ、そのままシィグダムまで進撃するよう唆す予定だった。


「シィグダムの国王は常にオニキスを身につけ守りを固めております。と同時に魔王石の汚染も進んでいる現状。計画通り騒擾を起こして城に潜り込ませた同朋が奪還するのは危険があるとの判断でありましたが」

「うむ。下手に魔王石の力を解放すればエイアーナのようにこちらで制御できないほどの動乱が起こってしまう。自滅を待つか、いや…………自滅を速めるよう手を打つか」


 本格的に頭の動きを再開させた父は、謀を行う真剣でいながら色のない無の表情で呟く。

 こうなれば後は任せていい。

 これこそが祖父が認めた父の才能だ。

 逆に怒りでも驕りでも、感情に振り回される時この父は碌な結果を出さない。


「五百年前に人間によって隠された魔王石の在り処については?」

「アメジストについては特定に至りました。オパールは管理者不在の状況で隠されたままであると予測されます。しかしオブシディアンについてはディルヴェティカに持ち込まれて以降の足取りがつかめません。最悪南の地へと流れた可能性も」

「人外魔境への流出など。裏切り者の末裔は正しく管理すること、継承することがよほど不得手と見える」


 舌打ちせんばかりに口元を歪めた父は、一度目を閉じた。


「今は確実に所在を掴むことを優先せよ。ドラゴン、ドワーフ、シィグダムについては手を変える。…………問題は妖精王か」


 冷静になった父はエルフの国での失敗の要因、ひいてはダイヤ奪還を阻止された原因に思い至ったようだ。


「エフェンデルラントでの騒乱に妖精王が関わる兆候は?」

「ありません。獣人との不仲は確実なようです。このまま、森の中に人の領域を作る計画を推し進めますか?」

「うむ、エフェンデルラントではオイセンのような失敗をするな」

「はい。出過ぎることなく権力者を盾にするよう徹底させます。…………万一、妖精王が獣人に加勢することがある場合の指示をいただけますか?」


 妖精王は以前の危険度の低い存在ではなくなっている。

 ダイヤモンドを同朋が手に入れた時、妖精王に動かせる戦力などなかった。

 ところがビーンセイズ王国でダイヤ奪還を行ったのは凶獣であるグリフォンとユニコーンだという。

 その二体の幻象種はエルフの国でも妖精王の使者として現れた。

 完全に妖精王はグリフォンとユニコーンを手なずけていると考えていい。


 妖精王がエフェンデルラントと戦うなら、二体の凶獣は確実に現れる。


「…………焼け落ちたる矢を使え」

「あの呪具を? 狙う優先順位はどういたしますか?」


 焼け落ちたる矢は魔王が作った呪いの矢。

 命の火が強い者ほど、反転して己を焼く炎へと変える、命を呪う呪具だ。

 ただし僕たちが受け継ぐその呪具は一本しかない。


「…………ユニコーン」


 精神体である妖精王にどれだけ呪いが効くかは未知数だ。

 グリフォンは殺せるだろうが、殺した後の旨味がない。

 ならば確実に呪具で殺せ、死体から角という宝を採取できるユニコーンが狙い目か。


「承りました。呪具の運用については、僕が責任者となり保管しても?」

「任せる」


 僕は父の許可を受け、ようやく気詰まりだった天幕から抜け出すことができた。






 一夜を森で野宿し、僕はアルフと共に妖精王の住処に戻った。

 ケルベロスは洞窟に戻して、ゴーゴンは夜の内に終わらせておきたい仕事をしに先に戻ってる。


 そして、人の通わない妖精王の住処の前を箒で掃く一人の老婆がいた。


「…………あれって、エン婆!? なんでこんな所にいるんだよ!」


 朝日の中、老婆が顔見知りだとわかった金羊毛が声を上げると、気づいた老婆が目を見開く。


「きぃえぇーー!?」

「「うわ!?」」

「「ひぃ!?」」


 老婆は箒を振りかぶって奇声を上げながら、金羊毛四人に襲いかかって来た。


「性懲りもなくユニコーンさまを狩りにやってきたかこの無法者どもめぇー!」

「エノメナ落ち着いて。僕が連れて来たんだよ」

「やっぱり知り合いだったか。いやー、それにしても化鳥の叫びってやつだな」


 呑気なアルフは、老婆ことエノメナが振り上げた箒を掴んで止める。

 あまりの剣幕に戦いた金羊毛たちは尻もちをついてエノメナを見上げていた。


「あの、本当にどうしてエン婆がここに?」

「大泣きしながら森の中歩いててね、しかも自分の身に起こった不幸を怒鳴り散らしてたんだ」


 このエノメナ、父親が盗みをしたせいで犯罪者の子として差別を受け、この年になっても清い体を保っていた。

 そのせいで僕を釣る餌に選ばれたりもしたけど、金羊毛の話から推測するに、暮らしの困窮に対する不満の捌け口にされたようだ。


「ユニコーン捕まえて来いって何度も森に捨てられてね、それでもなんとか家に帰ってたら家を燃やされちゃったらしいんだ」

「え、えー?」

「…………うぐぅ、ぐす」


 あ、思い出して泣き出しちゃった。

 このエノメナ、生家を燃やされ帰る場所もなくなり、また森に捨てられたそうだ。

 何度も森に入ってくるし、森の近くで育ったエノメナのことを妖精たちは知っていた。


「自棄になって森の深いところに向かって泣きながら歩いてるのを見た妖精たちが、可哀想だって言ってね」


 妖精の守護者になった僕にどうにかしてほしいと言って来たんだ。

 まぁ、体力もないし道具もないし、一晩森にいたら野生動物に襲われて死にそうだったし。

 アルフに相談して館に保護することになった。


「けどね、ここって自分の身も守れないような人間が暮らしていける場所じゃないんだよ」

「まぁ…………でしょうね」


 金羊毛の頭のエックハルトは僕を横目に頷いた。


「僕は何もしないよ。けどグリフォンがちょっと爪引っ掛けただけでエノメナ死にそうだし、妖精の悪戯で上から物落とされただけでも死にそうだし。…………それ以上にエノメナの精神が耐え切れないみたいでさ」

「今普通に箒かけてましたけど?」

「世話になってる礼だって、勝手に掃除するんだよ」


 女冒険者のウラに、アルフは逞しい肩を竦める。

 実際掃除はゴーゴンやコボルトたちがやってるから、人間の出る幕はない。

 というか、彼女を怖がらせないようにするゴーゴンが動きにくくなっている状態だ。


 何せグライフを見ては叫び、ゴーゴンの気配を感じては恐怖に泣き、妖精の悪戯に気絶して、突然湧く悪魔に恐慌状態に陥る。

 すでに何度も寝込んでいるので、ここでの暮らしが合ってないのは明白だった。


「君たちにお願いしたいのは、このエノメナを人間の暮らしに返してほしいってことなんだ」

「えー…………」


 明らかに嫌そうな金羊毛の反応よりも、エノメナのほうが激しい反応を示した。


「ここで働かせてください!」


 音の外れたような叫びは、狂人を思わせる。

 大きく震える体に見開いた目、力を入れすぎて歪んだ口も、やっぱりここでの暮らしに合ってないせいだと思うんだけど。


「エノメナ、前にも言ったけど人間が暮らすには不向きなんだよ、ここは」

「ひぃ、姫騎士の娘さん方はいるじゃないですかぁ!?」

「あいつらは最低限自衛ができる。それにやることがあるからいるんだ。何年も暮らすわけじゃない」

「ぁあ、私は、老い先短く、何年も生きられないですぅ!」


 こんな風にエノメナは僕やアルフの説得を受け入れてくれない。

 僕と顔を見合わせたアルフは、笑顔でエックハルトの肩を叩いた。


「ってわけだ。命が惜しけりゃエノメナをよろしくな?」

「…………そんな脅し初めて聞きましたよ…………?」

「きぃえぇー! 私は出て行きませんー!」


 親指を立てるアルフに、金羊毛とエノメナは芳しくない反応を返すばかりだった。


毎日更新

次回:オパールの行方

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― 新着の感想 ―
[一言] エン婆さんも若返れれば何とかなるんじゃないかなー、って思ったら丁度次回がそれ関係らしき話じゃねーですか!(笑) …………し、思考を、誘導されているっ…!?
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