157話:河岸変え
「で、こいつらをまず起こさなきゃな」
「ふぅ…………ふぅ…………」
そう言ってアルフが近づくと、焦点の合わない目で金羊毛の頭が睨んで来た。
「あれ? なんで他の三人は気絶してるの?」
一番若そうな青年は口の端から泡を吹いてる。
「フォーレンが角触られた時威圧放っただろ? あの時こいつら銀牙の後ろにいたんだよ」
「あ…………」
直接威圧を叩きつけられたわけではないけれど、余波をもろに受けてしまったらしい。
そして四人のうち三人は気絶。意識を繋いだ頭もそれが精一杯で今しも気を失いそうになっていた。
「自分でやっておいてなんだけど、威圧って何?」
「うーん…………精神殴りつけるみたいな、四足の幻象種が標準装備してる特殊技能かな?」
「そうなんだ。…………人狼は威圧できる? できない?」
「あれ? そう言えばあいつ二足歩行だけど遠吠えで威圧できるな。四足の幻象種って括るのは間違いか?」
「妖精王さま、人狼は最高速度を出すためには四足となって駆けますので、間違いとも言えないのではないでしょうか?」
「スティナ姉さま、今はそういうことではなくこの人間たちを目覚めさせるという話に戻すべきよ」
「あら、メディサ。それなら話をする必要もないでしょう」
そう言うと、エウリアは金羊毛の前に来る。
右手を振り上げたと思ったら、右から順に金羊毛の頬を思い切り張り飛ばした。
「ぶへ!? は! だ、誰だ!?」
「あら、一度石にした程度では忘れてしまうのね。人間の記憶容量はなんて貧相なのかしら?」
金羊毛の頭はエウリアに警戒の目を向ける。
けれど頭の上に降って来た粘性の液、そしてその大本を確かめて悲鳴も上げられないほど硬直してしまう。
「ケ、ケルベロス…………!」
「ひぃ、三人、三人いる!」
「…………ゴーゴン!?」
そう言えばこの金羊毛、オイセン軍との決闘の最中湖を攻撃するメンバーにいたんだと聞いた覚えがある。
そして思いつきで石化を解かれ、ケルベロスに追いかけられる羽目になって結局僕たちのほうに逃げ帰って来た人間たちだ。
完全に恐怖で声も出なくなってる金羊毛は、僕と当たり前に僕の隣にいるアルフを見て化け物でも見たような目をする。
「ひどくない?」
「フォーレンには一度反撃されてるからな。失敗から学ぶだけいいだろ」
「反撃されるようなことしてるのにね。…………この姿じゃ怖がって話もしてくれないか」
僕は対話するために人化してみせた。
「久しぶり。って言ってわかる?」
「「「「エルフ!?」」」」
「あ、ちゃんとわかってくれて良かった。見てのとおりエルフじゃないけどね」
僕が隠してない角を触ってみせると、金羊毛の頭は恐怖も警戒も全て放り出したような無気力な顔になる。
「全部、最初から、掌の上だったってことか…………」
どうやらユニコーン狩りを僕が仕組んだのだと気づいたようだ。
まぁ、オイセン軍にも同じようにしてユニコーンを餌に痛い目みせたしね。
「言っておくけど嘘だったのはエルフだと思い込ませたところだけだからね。僕はちゃんと妖精王の代理としてオイセン軍と話し合いをしたんだよ」
「で、俺が妖精王のアルベリヒだ」
なんか僕のついでにアルフが気軽に名乗る。
もう金羊毛は悩むことを放棄したようで疑問はさしはさまなかった。
「俺はエックハルト。右からジモン、ウラ。左がエルマーっていいます」
「他の仲間はどうしたの? 水路を作ろうとしてた時にはもっといたよね?」
「いや、あとはエフェンデルラントのほうにニコルって若いのが一人です。俺らはオイセンからエフェンデルラントに河岸変えをしました」
夜の森で獣人に追われ、その先で怪物とユニコーンに挟まれた金羊毛は、もう色々諦めたようだ。
聞いたことには素直に答え、民から見たオイセンの状況についても教えてくれた。
「もう俺たち地元民からしたら、完全に軍の敗北なんですよ」
「森の開拓は差し止めたのに、その後の森への対応さえ指示しないで」
「なのに引き分けだって言って敗戦の補償もなし…………」
「樵も狩人も薬師でさえ、冬を越す蓄えを今から削ってる状態なんっす」
森に関わる仕事を持つ人間は全て同じような状況で、冒険者である金羊毛も例外ではなかった。
「魔女の里から今後一切オイセンとは商談しないと商人たちに通達がありまして」
「商人側からは魔女に喧嘩を売った自分たちが悪いと言われて手を切られた…………」
「国策だって知ってるのにあんまりっすよ! やりたくねぇってこっちは言ったのに!」
「もうオイセンではこれ以上の活動は無理だと見切りをつけたのがあたしたちなんです」
どうやら金羊毛は内部分裂したらしい。
オイセンに残る者と、エフェンデルラントへ河岸変えをする者に。
金羊毛の頭だったエックハルトが河岸変え側についたのは、森の意思を持つ故の恐ろしさを知っているからだという。
「魔法も魔法薬もオイセンでは効き目が悪いのに、ちょっと国境移動すれば今までどおり。言うなれば、オイセンは森に呪われたようなもんじゃないですか。森でのやり方を身につけた俺たちは森から離れて生きちゃいけない。だったら、他の国へ移って呪いを回避するのが生き残る道ってもんです」
「だったらなんで森の獣人と諍い起こしてるエフェンデルラントに移動したの?」
僕の質問に、ウラという女冒険者が答えた。
「あたしらも、軍に加担して森を荒らして恨みを買った戦犯扱いする奴らがいたんですよ。だからオイセンと敵対してるエフェンデルラントを経由して、できれば森と友好関係を結んでる国に移動するつもりだったんです」
そう語るウラは皮肉な笑みを浮かべる。
ウラの後を次いだのは、あまり表情の動かないジモンという冒険者だった。
「エフェンデルラントでもオイセンのように無茶な侵攻が奨励されていた…………。自分たちは森に詳しいという理由だけで今回の決死作戦に無理矢理徴兵された…………」
「いや徴兵なんてもんじゃないっすよ。あんのクソ貴族! 後援してやるとか上手いこと言って、しょっぱなの依頼がこれなんてないっしょ!」
四人の中では一番若いエルマーが、僕たちへの恐怖を忘れて憤慨した。
なんだか運の悪い人たちのようだ。
「お前ら運がないなぁ。オイセンでも徴兵されてただ働きだったのに」
「え、そうなの?」
「な、なんで知ってる、いえ、知ってらっしゃるんで?」
アルフの同情に、エックハルトは恐れおののいた。
「あ、気づいてなかったな。お前らが妖精避けの薬草摘んでたの見てたんだよ。半端に変装した騎士に横暴な対応されてただろ?」
「あぁ、姫騎士たちがグライフと何か企んでるみたいだって心配してたあれか。その覗き見しなければアシュトルもケルベロスも来なかったのにな」
「フォーレン、アシュトルは決闘決めた時点であのグリフォンが呼んでたからな」
つまり、あそこにゴーゴンとケルベロスって過剰戦力配置したアルフだけが悪いってことになると思うんだけど?
なんか金羊毛がまた絶望的な顔してるからこの話はやめておこう。
「ねぇ、エフェンデルラントって収穫期なのにまだ戦争を続ける気なの?」
「それは…………軍人でもない俺らじゃなんとも」
「蛇の手押し車だったか? その作戦が上手くいったらどういう筋書きを用意してたんだ?」
僕伝いにルイユの説明を聞いていたアルフがさらに質問を投げかけた。
「混乱起こして付け火を合図にして、門を内側から開けるって話で」
「実はあたしたちが門を焼く役だったんですよ」
「だがこの作戦に自分たちの生存の道はないと頭は見抜いた…………」
「だから最初から森の中に逃げる予定だったんっすよ」
予定どおり金羊毛は蛇から抜け出して騒ぎとは反対に走り獣人の国から逃げ出した。
予定外は、金羊毛の動きにいち早く気づいて追跡と後続部隊の追討を補助したルイユの存在だ。
「このまま真っ直ぐ行くとケルベロスの寝床だけど。何処へ行こうとしてたの?」
僕の質問にまた金羊毛は顔色を悪くした。
ただ、三人の視線は責めるようにエックハルトに向く。
「…………親父から、森のどんな凶暴な生き物も近づかない場所があるって、聞いてたんですが」
「まぁ、近づかないだろうね。僕やゴーゴンたち以外」
「駄目じゃない!」
「駄目だ…………!」
「駄目じゃないっすか!」
一斉に仲間に責められ、エックハルトは謝り倒す。
「まぁ、今夜はちょうど夜の散歩の日だったけどな」
「妖精王さま、ちょうど戻る途中でしたが」
「フォーレンが様子を見に行かなければどうかしら?」
「ちょうど洞窟に皆で戻った頃でしょうね」
結局金羊毛の逃亡劇は詰んでいた。
そう考えると僕が様子を見に来て正解だった気がする。
「それでどうする気なのよ?」
「何が?」
僕の肩に乗ったクローテリアが聞いて来た。
「考えがあるから生かすと言ってたのよ」
「利用するためにこの者たちを生かしたのですか?」
クローテリアのドラゴンの言葉はわからなくても、メディサの声に金羊毛は反応する。
そんな無理難題を押しつけられる気でこっち見ないでよ。
「オイセンの状況を話してもらうつもりもあったけど、彼女のことを任せられないかなと思って」
僕の言葉に館に出入りする人外だけが納得の声を上げる。
そして揃って同情の目を金羊毛に向けた。
「お前たち困難の星の下に生まれたのかもな」
そんなアルフの優しい声に、金羊毛は震えあがってしまった。
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