156話:ユニコーンとの戦い方
「無駄話はしまいだ」
短気な女将軍ことヴォルフィが、ルイユを押しのけて僕の前に立った。
「守護者の言う仲間とやらは現れる気配がない。ならばこれ以上時間を割く必要などない。即刻その人間たちを引き渡せ」
軍人らしい威圧感たっぷりの声で命令されると、ちょっと従いたい気持ちになる。
人狼はすぐさま襲ってきて危ない相手だったけど、姿形は似ていながら、このヴォルフィにはあまり獣性を感じなかった。
「引き渡したら殺すつもりなんでしょう?」
「それがどうした」
「生きていたら使いどころあると思うんだ」
そう言った瞬間、ヴォルフィは鉤爪を僕の首目がけて振り抜いた。
ちょっと退けば避けられる距離だったけど、避けなかったら完全に掻き切る気だったよ。
「子供につき合う時間などない」
「将軍!?」
「妖精の守護者がどうした? 妖精王など憚るならば、とうの昔に和解している。我らが故国を襲撃した下手人を庇うならば、このユニコーンも敵だ!」
「お待ちください、将軍! あ、何を!?」
ヴォルフィを止めようとしたルイユは、夜業兵団に取り押さえられてしまった。
見る限り、どうやらルイユだけが所属を別にしているようだ。
将軍のヴォルフィに物を言えるってことは、ルイユは他の将軍の直属なのかもしれない。
「どうするのよ?」
「ちょっと考えがあるから彼らには生きていてほしいかな」
「だったらやるしかないのよ」
「気は進まないなぁ」
「ほざけ!」
僕とクローテリアの会話に、ヴォルフィが鉤爪を振り下ろして割って入る。
避けた僕の背中から、クローテリアは夜の空に飛び上がって逃げた。
「ユニコーンどの、お気をつけて! その方は幻獣殺しの、うぐ!?」
僕に何か助言しようとしたルイユは、夜業兵団に口を塞がれる。
待って、なんかすごく不穏な単語が聞こえたよ?
「仔馬のくせにやるな。守護者の名は伊達ではないか!」
ヴォルフィは左右から爪を振ってリズムを作り、そのリズムを崩すように顎下の死角から鋭い一撃を食らわせようとする。
何とか避けて前蹴りをするけど、軽いフットワークで下がったヴォルフィはすぐさま距離を詰めてまた反撃に転じた。
恐ろしく戦い慣れている。
しかもシェーリエ姫騎士団とは違って道具に頼らない、自力の強さがあった。
「少しは戦い方というものを知っているようだな!」
僕の首に組みつこうとするヴォルフィを避けるとそう褒められた。
首掴んで投げられるのはすでにエルフの国でユウェルにやられてる。
それに同じ馬のケルピーからも、馬の体は引き倒されると不利だと教えられていた。
森の中、折り重なった根の間では動ける場所は多くない。
グライフを相手にした時のような走り回る戦法は無理だし、アシュトルにしたように角を無理矢理当てようとしても周りの木に刺さって僕のほうが囚われることになる。
「ユニコーンどの! 駄目です!」
叫んだルイユの忠告は遅かった。
というか、この場所で戦闘に持ち込まれた時点でヴォルフィの思うつぼだ。
真っ正面から距離を詰められ、僕は反射的に角を突き出していた。
その動きは首を伸ばすことと同義で、予想し僕の攻撃を誘ったヴォルフィに首を抱えられてしまう。
「せい!」
「う…………!? ぐぅ!」
引き倒され、上を取られて首を締めあげられる。
こうなると馬の体の構造上、足はなんの役にも立たない。角も当たらないように首を押さえているんだろう。
手慣れ過ぎていてやっぱりこのヴォルフィ怖い!
「抵抗を続けるならこのまま…………何!?」
体の下にある木の根を魔法で操りヴォルフィを打つ。
締めつけから解放されると同時に角に帯電して跳び起きた。
電光と静電気に毛を逆立てたヴォルフィは、大袈裟なほど僕から距離を取る。
「雷霆? ユニコーンが魔法だと?」
「え、ユニコーンって魔法使わないの?」
「魔法を使えない獣人に聞くことじゃないのよ」
頭上を飛ぶクローテリアがそんな茶々を入れるけどあえて無視をする。
今は驚きという隙を見せたヴォルフィに畳みかけるチャンスだ。
「魔法が苦手ならこれはどう?」
狭い場所では走ってもユニコーン本来の加速は得られない。
けれど僕は風の魔法で無理矢理速度を上げ、ヴォルフィと距離を縮める。
「子供が粋がるな!」
そう発奮しながらも、ヴォルフィは僕の動きに対応しきれず振った腕を弾き飛ばされた。
体勢が崩れたヴォルフィに、僕は風の魔法で急激な方向転換をしてもう一度体当たりをしようと走り出す。
瞬間、ヴォルフィは身を守るための最適な動きを無意識に行った。
けれどそれは僕に対しては最大の悪手。
「しまった…………!」
ヴォルフィもそれはわかっていたようで、僕の角を掴んだ瞬間後悔の言葉を漏らす。
「…………触るな!」
一瞬にして拒否感が僕の思考を染める。
威圧を放ってヴォルフィの手を振りほどくと、僕はそのまま角でヴォルフィを横から打った。
勢いで足の浮いたヴォルフィを、角で下から掬い上げるように打ち上げる。
「うがぁ…………!? ぐ!」
「さ、わ、ら、な、い、で!」
すごく苛々した気持ちのまま、落ちてくるヴォルフィを角で叩き上げ続けた。
「本能薄いこいつでも、角だけは駄目なのよ。あの無法者のグリフォンでさえ手を出さないのよ」
「しょ、将軍! ユニコーンどの! 怒りを鎮めてください!」
ルイユがそう叫んだ瞬間、角で叩き上げたヴォルフィの体から、何か硬い物が割れる感触がした。
その生々しい感触が角を伝ったことで、僕は冷静になる。
「あ! 骨折れた!」
角の打撃を腕と肋骨に受けたヴォルフィは、たぶん骨折してしまった。
僕が落下地点から角を避けた瞬間、宙に浮いていたヴォルフィの瞳が光る。
見上げたヴォルフィは、まだ戦意を喪失していなかった。
「うわ!?」
骨が折れてるのに、無理矢理空中で体勢を変えたヴォルフィは、僕目がけて落下しながら爪を振り下ろそうと構える。
「こらこら。こんな月の綺麗な夜に無粋なことをするなって」
呑気な声とは裏腹に、鋭く狙いを外さず伸びた木の枝が、空中でヴォルフィを縛り上げた。
「アルフ」
「夜の散歩は静かにするもんだぜ、フォーレン」
姿を現したアルフの後ろには、待っていたはずのゴーゴンとケルベロスの姿もある。
あまりの過剰戦力に、ヴォルフィもさすがに戦意を失った。
「将軍をお助けしろ!」
けど夜業兵団は逆にやる気というか、決死の覚悟を決めた様子で剣を抜く。
終わりと思った僕とアルフは思わず顔を見合わせた。
「やめろ! 私に恥をかかせるな。剣を退け!」
そう夜業兵団を叱ったのは、木の枝に縛られたヴォルフィだった。
「アルフ、骨を折っちゃったんだ。降ろしてあげて」
「はいはい。…………銀牙、いくら幻獣殺しの獣人武術の免許皆伝してるからって、俺が加護をかけてるフォーレンにこの森で勝てるわけないだろ。頭に血が上りすぎだ。今日は退け」
どうやらヴォルフィ、銀牙という二つ名を持っているらしい。
そしてアルフからすると、今のヴォルフィは国を焼かれた怒りに頭に血を昇らせて無謀な戦いを挑んだようにしか見えなかったようだ。
「アルフ、幻獣殺しの獣人武術って何?」
「獣人って力自慢でさ、幻象種も絞め殺す怪力がたまに生まれるんだ。で、ユニコーンやグリフォン、人狼なんかを倒しまくった獣人武術家が作った武術が獣人の軍じゃ一般的に修練されてるんだよ」
怖!
そんな武術の免許皆伝って、ヴォルフィやっぱり怖い!
僕がヴォルフィから距離を取るとすごく微妙な顔をされた。
狼の顔だから雰囲気での推測だけど。
「フォーレンは戦うことが嫌いなんだ。あんまり乱暴なことをしてやるな」
「たちの悪い冗談ですね」
妖精王を憚らないとか言ってたけど、ヴォルフィの口調は丁寧になった。
ただし言うことは頭から信じてない。
アルフは気を取り直すように咳払いをした。
精神体だから咳する必要ないんだけどね。
「ともかく、だ。ここはもう獣人の領域じゃない。ここまで逃げて来た人間は俺の裁量の下にある。まずこっちでどう対処するかを決めてから、お前たちに引き渡すかどうかを考える。それでいいな、ルイユ」
「は、承知いたしました。ベルント将軍に判断を仰ぎ、後日妖精王さまのご裁量をお聞かせいただければ」
やっぱりルイユだけ別の将軍の配下だった。
「始末するのなら必ず引き渡しを。それだけは譲る気はないと覚え置きいただこう」
ヴォルフィは骨折した腕や肋骨を庇うことなく一人で立ち、そう殺気立った声で申し入れをする。
納得できないながら、今夜は退いてくれるらしい。
こうして僕たちは金羊毛を保護し、後日ルイユが訪問してくる約束をした。
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