153話:季節で終わる戦争
「あ! ユニコーンの旦那助けておくんなさい!」
「そこはアルフにじゃないんだね」
「そう言えば我が友って呼ばれてたねぇ。ユニコーンさん悪魔にも好かれるんだ~」
相変わらず騒がしいウーリに対して、モッペルはマイペースだ。
「コーニッシュ、怖がってるから放してあげて。妖精食材になんてしないで」
「何を言っているんだい、我が友よ。これらは行商だろう?」
「わかってるならそんな捕まえ方して脅かさないであげてよ。二人とも、何かコーニッシュが気に入りそうな食材持ってる?」
どういう嗅覚なのか、コーニッシュは食材になる物があるとすぐに見つける。
エルフの国のヴァラの洞窟にもやしが生えてるなんて、エルフ王さえ知らなかったのに。
「食べようと思えば食べられる物なんていくらでもありやすが」
「おいらたち食料のほとんど塩と交換して来たよ」
「し、お!」
どうやらコーニッシュが欲しかったのは塩だったらしい。
「まぁ、命には代えられやせんから、今回は提供させていただきやすがね」
「商人としてはちゃんと買ってほしいところだよね~」
そう言いながら妖精の行商が出したのは、白い塩となんだか薄汚れた塩だった。
そしてコーニッシュが選んだのは茶色っぽい薄汚れた塩のほう。
「藻塩!」
「藻塩? って、海藻が入ってるっていう?」
「さすが我が友! そのとおりだ!」
味がまろやかだとか旨味がどうだとか言い出したけど、僕は料理をして実物を見せて欲しいとコーニッシュを促した。
もちろんコーニッシュはうんちく語りよりも料理を優先して風のように去っていく。
「…………よし。えーと、オイセンのことだっけ?」
そう言ってブラウウェルを見ると姫騎士たちを見ていた。
ブランカはコーニッシュが去っていた方向を見つめて動けず、シアナスは両手で頭を抱えている。
「どうしたの? 大丈夫?」
「ユニコーンの旦那。普通人間には悪魔の存在は恐ろしいもんでさぁ」
「ブランカのほうはアシュトルとも会ってるの知ってるでしょ?」
「初めて見た悪魔だからじゃないかな~? もしくはあの性格に驚いたんじゃない?」
モッペルの言い分には頷けた。
こっちに顔を戻したブランカは、そのままシアナスのほうに首を巡らせる。
「シアナス先輩…………」
「待って。ちょっと何処から聞けばいいか整理してるから」
「じゃ、先にウーリとモッペルの話聞こうか。塩を売りに戻って来たの?」
「もちろんでさぁ! 森では海の塩は貴重品ですからね」
「量は準備できたから、発注取ったら樽で持ってくるよ~」
塩って樽で運ぶんだ?
もしかしてさっきコーニッシュに出した小分けの塩って注文取るための試供品だったのかな?
「コーニッシュには後で代金払うよう言っておくね」
「いやー、悪魔から金せびろうだなんてそんなそんな」
「コーニッシュ色んな所にお店持ってて命の代価を払いたくない人には大金積ませてるらしいからお金はあるよ」
「やったね! まさかの太客だ~」
はっきり口にするモッペルと、こっそり腹黒い笑顔を浮かべるウーリ。果たしてどちらのほうが面倒だろう?
「あと獣人の戦争はまだ続いてるから、ノームの所に行くんだったら気をつけてね。ノームも武器の研磨とか補充とかで注文が多いんだって」
「ははぁん、商機ですにゃ?」
「獣人の国から出ていたら僕たち妖精が関わっても怒られないしね」
どうやら妖精を拒否する獣人でも例外的なこともあるらしい。
ノームが例外ってわけじゃなく、獣人の国から外に出たら妖精との交流は許されるようだ。
「今年は思ったより長引いてるから、獣人も殺気立ってる。怒らせるなよ」
「妖精王さまに言われましても…………」
「きっと経験から来る忠告なんだよ~」
アルフ…………。
たまにいいこと言っても普段がやっぱり…………。
「フォーレン、心の中で俺を貶すのやめない?」
「貶してるつもりはないけど。口に出していいの?」
「やめて」
そんな話をしていると、ようやくシアナスが片手を上げて話に入って来た。
「獣人の戦争とはどういうことでしょうか?」
そう言えば獣人たちのことはほぼランシェリスたちがいない時に話してた。
「獣人たちがエフェンデルラントと争ってるんだよ。それで姫騎士団に協力してもらったオイセンの件も関わってるんだが。聞いてないか?」
「は、申し訳ございません。エフェンデルラントが森の勢力と争っているとは聞き及んでおりました。その件についても動きがあれば調べるようにと言いつかっております。つまりエフェンデルラントと争っているのは獣人たちなのですね」
「エイアーナの復旧に手を貸してる上にこっちの心配までするなんて真面目だなぁ」
茶化すように言うアルフだけど、そう語る目は優しかった。
「心配するな。エフェンデルラントは収穫期になれば軍を退く。この時期になってまで攻めきれないなら人間はそれ以外に選択肢がない」
「聞いた話だと獣人は随分押されていて、森の深くまで入られているらしいよ。けど森の中でなら獣人のほうが動けるから膠着状態なんだって」
アルフの説明に僕が聞きかじった情報を捕捉すると、ブラウウェルのほうから質問が来た。
「妖精王さまはエフェンデルラントという人間の国からの侵攻に手は打たれないのですか?」
「獣人のほうが手出し無用って言ってきてるからな」
「浅学を晒すんですが、獣人とはどのような生態なのでしょうか?」
「あれ? 南のほうには獣人っていないの? そう言えばヴァラとかサテュロスって動物っぽいけど獣人とは呼ばないの?」
僕の質問に、ブラウウェルは信じられないものを見るような目をした。
「そんなことも知らな…………いのか。そうか、まだ生まれて一年も経ってないのなら経験は極端に少ない上に、類例は極端になるのか」
「なんだかよくわからないけど、納得したなら説明してくれる、ブラウウェル?」
「いいか、まず種族が全く違うものを同列に語っていることがおかしい。ヴァラは幻象種、サテュロスは精神体、獣人は物質体だ」
「へー」
「「え!?」」
僕の声を掻き消すように、ブランカとシアナスが声を上げた。
「どうしたの? あ、ヴァラってエルフの国にいたナーガだよ」
「そ、そうじゃなくて、フォーレン…………」
「獣人が、私たちと同じ、物質体?」
驚くのそこなの?
僕が首を傾げると、アルフもブラウウェルも驚きの理由がわからないらしく首を捻る。
そんな反応にシアナスが手を振って必死に訴え始めた。
「物質体は魔力を持たない生物と人間のみのはずです! それが何故、獣人まで物質体になるのですか!? 物質体で知的生命は人間のみです!」
「うん? 獣人も人間の括りだぜ?」
「はぁ!?」
アルフの返答にシアナスが声を裏返らせるけど、ブランカのほうも驚いてるからシアナスが特殊な思想ってわけではないみたい。
「獣人は違うって教わるの? …………逆か。人間が特別だって教わって来たんだね」
「なるほど。そういう驚きか。実に了見の狭い短命種の考えだ」
「了見の狭さならブラウウェルも他人のこと言えないでしょ」
言い返そうとするブラウウェルだけど、途中で思い留まる。
エルフの国で僕をアルフの代理だと認めなかったりした前科を思い出したのかな?
「ブランカ、人間は獣人をなんだと思ってたの?」
「げ、幻象種かと。フォーレンが言うように幻象種には人間と獣の特性を併せ持った種がいるから」
「いや、さっきそこの見習いも言っただろう? 魔力を持たない生物だって。獣人は魔法が使えない。人間も昔は魔法が使えなかった。物質体の中で、たまたま魔法が使えるようになったのがお前たち人間なんだよ」
妖精王であるアルフの指摘に、シアナスも言葉を失くす。
「そんなに衝撃的なこと?」
「わ、私たちは、獣人は人間を食らう魔物であると、教わりました…………」
「アルフ、獣人って人間食べるの?」
「人間が家畜は食っても似たような姿の猿は食わないのと同じだ。噛み殺すことはあっても食い殺すことはないな」
その言葉にシアナスは勢いを取り戻した。
「では、やはり人間を害する魔物であることに変わりはないのですね!」
「それは違うでしょ。人間だって人間を殺すのに。その理屈で行くと人間も魔物になるよ」
って言ったらシアナスは顔を強張らせて言葉を失くしてしまった。
「その反応、もしや人間を殺したことはないが獣人なら殺したことがあるのか?」
ブラウウェルの指摘にシアナスは恥じるように顔を伏せる。
これは…………うん…………。
話を変えよう!
「二人は今日ここに泊まる? ブランカ、どれくらいいるつもり?」
「え、えっと、すぐ戻らないなら来春までこちらで状況を見るようにと」
「おし。ブラウウェル、オイセンのことはまだすぐに結果の出る話はしてないよな?」
「はい、あちらも虜囚とした流浪の民を始末され、責任問題が面倒なことになっているようです」
アルフに答えるブラウウェルは、報告書を渡す。
横から覗くと淡々とした事務報告とは別にブラウウェルの所見もついていた。
内部抗争を物語るように、オイセン側の主張は二転三転しているそうだ。
「ついでに獣人と争ってるエフェンデルラントの様子も見て行けばいい。部屋はいくらでもあるから好きなところを使え」
「あ、ありがとうございます」
なんとかそれだけ絞り出したシアナスに目を向けていると、視界の端でピンクの肉球が揺れた。
「あっしらも塩を売る間お世話になっていいでしょうか?」
「いいよ。こっちの仔馬の館は主寝室以外空いてるし」
「じゃ、おいらは玄関!」
「あっしは二階があるようなんでそちらで!」
元気な妖精の声に、ちょっと気まずい雰囲気が薄れた気がした。
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