152話:従者の昇進試験
「ユニコーンがいる!?」
「あっはははは! ちゃんと玄関の注意書き見ただろ?」
悪戯が成功したアルフは上機嫌で笑っている。
混乱の声を上げていた女の子が腰の剣を掴んだ音がした。
「駄目ですよ、シアナス先輩!」
「何を言ってるの!? ユニコーンが立とうとしてるユニコーンが!」
「あれ、ブランカ?」
思わず声をかけるとドアの向こうでさらに揉み合う音が続いた。
「ユニコーンのまま出て行ったら即抜刀なのよ」
「そうだろうね。…………人化したから出てもいい?」
「フォーレンごめん! ちょっと待って。先輩本当に落ち着いてください!」
どうやらアルフの案内でやってきたのは、シェーリエ姫騎士団の従者ブランカと、その先輩シアナスという二人らしい。
ブランカの説得でシアナスが剣から手を離すと、ようやく僕は厩から水槽の設置された広間に出られた。
「…………え? 角の生えた、エルフ?」
「シアナス先輩、ユニコーンのフォーレンですよ」
「初めまして。あ、ローズの馬を牽いてた人だ」
「「え!?」」
思わず言ったらブランカにまで驚かれた。
そう言えばエイアーナの王都で出会う前に、姫騎士団が行軍していたのを見たと言った覚えがない。
「同じ従者、にしてはシアナスの恰好が違うんだね」
シアナスは銀髪をサイドテールにした髪型で、従者のマントを着ていない。
金属の胸当てをして、剣を吊るしているところもブランカとは違った。
「私は従者で、シアナス先輩は今回のお遣いで見習いになったの」
扉のない応接間で、ブランカがそう説明してくれる。
応接間って、本来は大きなカーテンで仕切りをするらしいけど、この館はまだ家具が揃ってないからカーテンもない。
カーテンって手作りしようとすると、糸を紡いで布を織るという数年がかりの代物らしい。
「見習いって騎士見習い?」
「違います。私たち農民生まれは騎士になれません。騎士になるにはまず貴族の家に生まれ、十歳までに小姓になります。そして十代半ばで従騎士となって戦場を経験し、二十歳前後で騎士の誓いを立てます」
「私たちは従者から見習い、そして従騎士になるの」
小姓で礼儀作法、剣術や馬術を習って、従騎士になると騎士の補佐として実戦を知るんだって。
従者は最初から現場に入って学び、見習いで騎士の作法を学ぶ。そして戦場で騎士の補佐をする。
姫騎士団って仲良さそうだったけど、身分差ってあるんだなぁ。
「従騎士も広義では騎士に扱われるから、私は立派な騎士になってランシェリスさまをお助けするの」
「ブランカ、ヘイリンペリアムでの宣誓もできないのに、騎士を名乗るのはおこがましいでしょう」
夢見がちなブランカと、現実的らしいシアナス。
けど僕への対応を見る限り、適応力があるのはブランカだよね。
「ねぇ、ここへのお遣いはランシェリスが言いつけたの? 人選大丈夫?」
思わず聞くとシアナスは侮辱されたと思ったらしく僕に厳しい表情を向ける。
僕が謝る前に、笑いながら見ているだけだったアルフが口を挟んだ。
「フォーレンが一目でわかるくらい、森に住む奴らとの相性が悪い。それをあの姫騎士が気づかないわけもないだろ。となれば、あえて苦手なことに挑戦させる意図があるんじゃないか」
「従者から見習いになって初めてのお遣いでそれって厳しくない?」
「絶対に失敗できない場面で初めてのお遣いさせるよりはいいだろう?」
そういうものかな?
っていうか、アルフ。それ僕たちには粗相してもいいって思われてるって言ってるようなものじゃない?
…………アルフが失敗してブランカたちに迷惑かけないよう気をつけよう。
ちなみにお遣いの用件はあげたお酒についてのお礼だった。
「気力を取り戻した住人たちが、王都の復興に乗り出してるの。ビーンセイズがあの状況だからどうなるかはわからないけれど、以前の暮らしを取り戻そうと頑張ってるわ」
「うん、役に立ててもらって良かった。それでブランカ」
「ごほん」
シアナスが咳払いをして僕をじっと見据える。
「私が、遣いです。ブランカは妖精を見る能力により帯同した従者です」
「あ、うん」
「フォーレン、こういう上下のある人間相手にする時は、ちゃんと上の奴通して話さなきゃいけないんだぜ」
「そうなんだ。ごめんなさい」
遅いアルフの忠告僕が謝ると、シアナスは肩透かしを食らったような顔になった。
シアナスの心情がわからず、僕とブランカが顔を見合わせる。するとアルフが笑いを堪えながらシアナスに言った。
「別にフォーレンはお前が気に入らなくて無視してたわけじゃない。勘ぐるな。俺の代理を任せたりオイセンとの戦争で表立ったりしたが、元来まだ子供だ。張り合うだけ滑稽に落ちるぞ」
「あ、そう言えばアルフって心が読めるんだったね」
「え!?」
神妙な顔をしていたシアナスは、裸を見られたかのような反応で自分の体を抱く。
「読もうと思わない限り読めないって! 強い感情は読もうと思わなくても感じるんであって、見習いからはすごい緊張が伝わって来たから力入れすぎるなって忠告しようとしたの!」
なんか僕がアルフに怒られた。
「こほん、失礼しました」
そしてシアナスはアルフに謝る。
これも上下がどうとかいう関係? うーん、エルフの国でも思ったけど、身分とか上下とかすごく面倒に思える。
これは僕が群れを作らないユニコーンだからか、前世も人間関係希薄だったからか。
「お礼を申し上げることの他にも、お尋ねしたい義がございます。オイセンは、その後妖精王さまに」
シアナスがようやく喋り出したところで、誰かの足音が近づいて来た。
「妖精王さま、こちらでしたか。あ…………来客中とは、失礼いたしました」
「いや、ちょうどいい所に来たなブラウウェル」
現れたのはエルフの国を追放同然に森に送り込まれたエルフの若手ブラウウェル。
「オイセンの動きを知りたいらしい。こいつらに説明してやってくれ」
「今度こそ、エル、フ…………?」
「私もこの方は見たことないです、先輩」
こそこそ言い合うシアナスとブランカに、ブラウウェルは長い耳を揺らす。
耳の形の違いをアピールしても、たぶんそれわからないよ?
「ブランカたちがエイアーナに帰った後、エルフの国の魔王石が流浪の民に狙われてるってわかったから行ったんだ。それで、ちょっと事情があってここに住むことになったエルフのブラウウェルだよ」
僕が紹介するとブランカたちは違うところに食いついた。
「エルフの国に行ったの、フォーレン!?」
「エルフの魔王石が狙われていた!?」
ブラウウェル放置。
エルフ王の側に仕えてた事務能力があったから、オイセンのこと任せてるんだけど…………。
僕は簡単に流浪の民が捕虜殺害に現れたことから、ダークエルフが呼び出されたことまでを話す。
全部話すと長くなるなぁ。
「まぁ、エルフの国に行ったらエルフ王に喧嘩売る形になっちゃって。悪魔と食料調達で洞窟のナーガをサテュロスで倒したついでに流浪の民が潜伏してる集落襲わせて。その間にお城へ戻ったらエルフ王がダムピールに毒殺されそうになってたから助けて、エルフの王都を襲った飛竜に名前つけてエルフ王に預けたんだけど」
「ま、待ちなさい! ちょっと待って!」
「え、え? え!? 情報が多すぎるよ!」
「もはやそこは陛下と協力して手を回し、一度は奪われたサファイアを取り戻しただけでいいだろう!?」
綺麗にまとめてくれたブラウウェルに、僕は拍手を送る。
ブランカとシアナスは情報が多すぎる僕の話を忘れることにしたようだ。
「こほん、取り乱してしまい失礼しました。ブラウウェルどの、オイセンについてお聞かせ願いたい」
「…………妖精王さま、この人間たちは?」
姫騎士たちに相対した途端、ブラウウェルは僕と最初に会った時のような横柄さが滲んだ。
僕が気づいたことを精神の繋がりで察したアルフがブラウウェルに諭す。
「礼儀を弁えるからこそ地位の上下に敏感になるのはわかるがな、端から相手を下に見て出るのはお前の悪い癖だ。世の中生まれや地位が全てじゃないってことを少しはここで学んでくれ」
「は、はい…………」
殊勝な返事をするけど、ブラウウェルにとってはやっぱり王という存在は上位という意識が根強いみたい。
エルフ王と比べて王さまらしくないアルフにも敬意は示すのに、言動だけなら王さまっぽいグライフにはそんなそぶり見せないんだよね。
いっそ一貫してて文句を言う気にはなれない。
いつか森の誰かに無謀な態度を取って痛い目見そうだけど。
死ぬ前には助けよう。たぶんエルフの国には心配してる人いるだろうし。
「それでは妖精王さまへの報告も兼ねてオイセンからの直近の書簡を」
「ふぎゃー!」
「たーすけてー」
また新たな声に話が途切れる。
今度は足音がしなかったけど、応接間を覗き込む者がいた。
「我が友よ、良い食材を手に入れた!」
「え、待って。その両脇に抱えたウーリとモッペル食べるとか言わないでよ?」
現れた料理人悪魔コーニッシュに捕まっているのは、見たことのある猫と犬。
「にゃぎゃー!? シャー!」
「おいらは食べても美味しくないよぉ」
というか妖精って食べられるの?
僕の疑問を察したアルフはともかく首を横に振っていた。
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