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151話:守護者の日々

 妖精の守護者というよくわからない称号をもらってから、僕は走り回ることになってしまった。


「た、ただいま…………」

「ふん、何を情けない声を出している仔馬」


 アルフが思いつきと実用で作った仔馬の館に、グライフがいた。

 しかも僕専用として作られたはずの厩の中に。


「疲れて横になりたいんだから藁の上を占領しないでよ」

「そう言っておきながら問答無用で足を折るあたり貴様俺を舐めすぎであろう」


 ユニコーン姿で体当たりぎみに座ると睨まれた。

 体の作り上しょうがないっていうのもあるけど、こういう容赦のない座り方グライフがいつもしてることなのになぁ。


 あー、この時間厩って日が差し込んで寝るのにちょうどいいなぁ。


「む? 仔馬、濡れているのは何故だ?」

「あ、興味ある? なら次は一緒に行く? 暇が潰れることだけは請け合いだよ」

「誰が妖精の尻拭いに行くか」


 うん、言うと思った。

 そして僕が疲れてる理由はそれだ。

 妖精の守護者になってから、森の妖精たちは問題が持ち上がると僕に持ってくるようになった。


 今まではお客扱いだったんだけど、もうアルフ通さず直で来るようになってる。

 僕、そんなに妖精に詳しくないのになぁ。


「今日はねぇ、ロミーとリャナン・シーっていう妖精の喧嘩を止めて来たんだ」

「…………貴様のことだ、リャナン・シー相手にも何も思うことはなかったのだろう?」

「どういう妖精か知ってたんだね。やっぱりグライフ一緒に来ない?」

「そこは俺ではなく面倒ごとを押しつけたあの羽虫に言え」


 うん、ごもっとも。


 リャナン・シーとは女性の妖精で、前世の記憶からするとサキュバスに似てると思った。

 つまり、男性を誘惑して恋に落ちさせて精気を吸う妖精だ。

 別名妖精の愛人というらしい。


「まぁ、リャナン・シーが乙女じゃなくてもなんともなかったんだけど、ロミーとすごく相性が悪いみたいでさ」


 愛の妖精となったロミーは浮気を許さない。

 けれどリャナン・シーは男性の間を飛び回る恋の妖精。

 合うわけがない。


「で、そやつら何をしていたのだ? 口喧嘩如きで」

「…………本当にグライフ次一緒に行こうよ」

「断る!」


 僕が本気で誘ったらきっぱり断ってきた。

 女の人同士の本気の口喧嘩の止められなさ、知ってはいるんだ?

 僕は今日知りました。

 できれば一生知りたくなかったなぁ。


「そう言えばね、一生懸命喧嘩止めてたらアルフの知識が浮かんできてさ」

「妖精を止める術でもわかったのか?」

「ううん。…………前サテュロスが呼ぶかもしれないって警戒してたマイナスって、あの激しい口論に手が出てしかも無差別に周りを襲い出すって性質だったんだなぁって」

「…………うむ。マイナスはかつて怪物のドラゴンと酒を取り合ってドラゴンを瀕死に追い込んだこともあると聞く。決して好奇心で近寄るな」

「うん、わかってる」


 今さらエルフの国に行く途中で話題に出た妖精の恐ろしさを知るなんてね。

 世の中僕の知らないことはまだまだ多いや。


「結局どうやって収めたのだ、仔馬?」

「リャナン・シーはオイセンでの妖精引き上げで一時的に森にいただけだから、引き離して大道まで送ったよ」


 そこからはシィグダムに行くもアイベルクスに行くもリャナン・シー次第だ。

 人間の男が少ない森には定住しないと言うから、ロミーとまた喧嘩になることはないだろう。


「仔馬にはまだ早いということだな」

「そんな言い方ないでしょ。僕だって二年したら成獣になるんだから」

「子を育てるだけに二年も費やすとは、貴様の悠長さはユニコーンという種の特性ということはあるまいな?」

「さぁ? 僕よりユニコーンに会ったことあるのはグライフでしょ。…………まぁ、どんな種かなんて考えずに食べたんだろうけど」


 そこで誇らしそうに嘴上げないでよ。喧嘩売られてるようにしか見えないから。


 実は二年というのも馬の幻象種であるケルピーに聞いた予想に過ぎない。

 だいたい馬ってそれくらいで成獣になるんだって。

 ちなみにグリフォンは一年くらいだってグライフが言ってた。


「そう言えばケルピーが、種類によっては親に攻撃されて親離れを強制されるって言ってたけど、グリフォンってどうなの?」


 グライフはちょっと考えるように嘴で羽根を毛繕いした。


「俺は群れを作る大グリフォンの下で生まれた故に、他のグリフォンとは違うはずだ。群れに残るのならば序列の一番下から始まる。離れるのなら、大グリフォンへ勝負を挑む」

「は? え? 挑んでどうするの?」

「命を取ることはせん。下手をすれば怪我で死ぬがな。本気でもない勝負で致命傷を負う程度なら群れを離れては生きられぬ。勝てば大グリフォンの全てを己のものとする。負ければ群れを去るのみよ」


 うわー、グリフォンって本当にシビアだなぁ。

 あれ? ってことはグライフ負け…………。


「俺は大グリフォンとは戦っていない」

「まだ何も言ってないけど、どうして?」

「その前に泉の妖精から予言を受け、その内容故に群れの者たちから喧嘩を売られ、全て買い叩いた上で出奔したからな」


 あ、そう言えばそんなこと言ってたね。


「…………なんでそれで僕に負けたの?」

「あ?」

「あれ、今僕口に出してた?」

「いい度胸だ、仔馬。今すぐ表へ出ろ。もはや油断はしてやらんぞ」

「やだよ! 油断しないグライフと僕がここでやり合ったってかくれんぼにしかならないって!」

「む…………? ち、それもそうか」


 立ち上がったグライフは、僕の指摘に舌打ちをしてまた干し草の上に座る。

 もちろん僕に体当たりする勢いで。


 あ、無駄な前世の記憶が出て来た。

 猫飼いあるある?

 いや、こんな凶暴な猫いて堪るか。

 猫パンチが内臓えぐり取る破壊力あるのに。


「グリフォンって基本的に乱暴なんじゃない?」

「凶悪な角を生まれ持つユニコーンがほざくな」


 お互い納得できずなんとなく黙ると、天井から小人が降って来た。


「こちらにいらしたんですね」

「グリフォンの旦那さん! 鉱石掘りに行きましょう!」


 困り顔のガウナとテンションの高いラスバブがグライフにそんな誘いをかける。

 聞くと、ノームから鍛冶に使う炉の使用は許されたけれど、鉱石は自力調達するよう言われたそうだ。


「金も出る鉱床ですから、金があった場合はお渡しします」

「混ざり物の多い低質な金になど興味はない」

「じゃ、金はちゃんと加工品にして渡しまーす」

「ふむ…………」


 どうやら交渉は上手くいったようで、グライフの背中にコボルトが二人飛び乗った。


「仔馬、俺が不在の間に面白いことをするなよ」

「僕にとっては面白くないことだろうから、文句は受け付けないよ」


 そんな言葉を交わして出て行くグライフを見送ると、館のバックヤードに通じる出入り口から黒い鼻先が覗く。


「クローテリア?」

「あのグリフォンはいなくなったのよ?」


 どうやら小さなドラゴンはグライフがいなくなるのを待ちかねていたらしい。


「金掘りに行くんだって。一緒に行けば?」

「地中は得意なのよ、でも嫌なのよ!」


 まぁ、グライフに砥石代わりにされるもんね。

 いや、嘴だけじゃなくて爪も研ぐって言ってたから爪やすり代わり?


「何か変なこと考えてるのよ。あたしにはわかるなのよ」

「気のせい、気のせい。僕ちょっと疲れたからこのまま寝るね」

「だったらあたしもお昼寝するのよ。ここ、本当に日当たりがいいのよ」

「日光浴専用の部屋って別にあるんだけどねぇ。あそこ二階で窓が広いから直射になって眩しいし」

「こっちのほうがいいのよ。土の上が落ち着くのよ」


 クローテリアはグライフが寝ていた場所に来ると、猫のように尻尾を体に巻いて顎を落とす。


 設計者のダークエルフのティーナ曰く、土間は冬場冷えるそうだ。

 けどまだ収穫期間近っていう今は、土の冷えも心地いいくらいだった。


「…………うん?」

「誰か近づいてくる震動が伝わってくるのよ」

「アルフの声だ」


 けど精神体のアルフに足音なんてない。

 それに、僕の耳は自分と同じ足音も捉えていた。

 つまり蹄、馬がいるんだ。


「誰かお客さんかな?」

「女と馬ならどうせ妖精とケルピーなのよ」


 寝直そうとするクローテリアの横で、僕は前足を立てる。

 足音と声はどうやら仔馬の館の玄関を入ったようだ。


「ちょっと僕、様子を見に」


 そう言って立とうとした瞬間、玄関に近いほうの厩の出入り口が開く。

 立っていたのは見知らぬ人間の女の子。

 僕と目が合った途端、着ている服と同じくらい顔面蒼白になって扉を力任せに閉じる。


 続くアルフの笑い声に、僕は人化すると見覚えのある服装の女の子を追って扉に手をかけた。


毎日更新

次回:従者の昇進試験

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