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149話:新たな議題

 倍の広さがあるのにパン釜のない台所でコーニッシュは荒ぶっていた。

 傷物の館にいたのはノームのアングロス。

 風呂釜を作ったアングロスがパン釜を作ることを約束して、コーニッシュはようやく落ち着きを取り戻した。


 アシュトルやペオルより、本気の悪魔を見た気がする。


「まさかこうなるとは思いませんでした…………」


 今度の案内は、傷物の館を基本設計したリスの獣人のルイユだ。


「ところであの方、偏見の強い方と聞いていたのですが?」

「あー、うん。思い込みが激しい感じだったんだけど。そのせいで失敗したからだいぶ落ち込んではいたんだよね」


 僕はルイユと一緒に、ブラウウェルを見ながら答える。


「まぁ、森に戻るまでに体力と気力の限界で落ち込む余裕もなくなってたけど」

「あの方、頭が固くて全く話し合いにならなかったんですが」


 そう言うルイユが眼鏡を直しながら見るのはダークエルフのティーナだ。

 そのティーナはブラウウェルと意気投合した様子で興奮気味に話し合っていた。


「古式に則った美しい設計! ここまで整った様式を私は見たことがない!」

「そうでしょうとも! この左右対称の美こそ暮らしを豊かにするのです!」


 どうやらティーナの理解者は兄のスヴァルトではなかったようだ。


「ちなみにスヴァルトの感想は?」

「新築したのは流浪の民に侵入されたからではないのかと思ったのだが…………。ティーナの我儘でなければいいと今は思っている」


 僕たちがエルフの国に行く前に、そう言えばそんな話が出た。

 アーディが壁か扉をちゃんと作れと。


「大丈夫、大丈夫。言い出したのは俺だから。昔はあったんだけどほとんどの建物はもう崩れててさ」


 言いながらアルフは魔法で模型を作る。

 国会議事堂のような形の妖精王の住処は、どうも玉座のある建物と左右の建物が元は別の建造物だったようだ。

 全ての建物が回廊で繋がっており、回廊で形作られた大きな前庭を持つ建物を壁が囲っていた。

 ジオラマには大きな門まであるけど、今では跡形もない。


「すごく大きな建物だね。つまり八個くらい建物が崩れてるの?」

「やっぱり人が住まないと住居って脆くなるんだよなぁ」

「ここも内装は基本木造ですから、また何百年後かに刷新なさればいいでしょう」


 ルイユの言葉にちょっと実感がわかないけど、このジオラマはもう何百年も前の形で、その頃からアルフはここに住んでるんだよね。


「仔馬の館と基本構造は同じです。雨水を溜める水槽を中心に部屋が配置されていますが、ちょっと扉を開けてみてください」


 ルイユに言われて左右対称の扉を開けて行くと、僕は驚くことになった。


「あっちは部屋だったのに、こっちは通路だ」

「ふむ、こちらは部屋だな。だが隣と間取りが違う」

「外観は同じに見えて違うようにしてあるんだね」


 さらにこっちは執務室になっていた場所が庭へ続く広い開口部にされている。

 列柱の庭に出ると、真ん中には石で作られたプールがあった。


「え、何これ? 階段があるってことは入っていいの?」

「実はノームが拘った末にこんなに大きくなりまして」

「む、湯気が出ているぞ? もしや湯か?」

「え、これ全部お湯!?」


 庭の真ん中を占めるプール、実はお風呂らしい。


「浴室は別に右手の部屋の並び全てを使って作ってあるんですが」

「それもすごいね。向こうのお風呂も広かったのに、こっちは倍の広さってこと?」


 ルイユが説明しようとすると、そのお風呂のほうからノームのフレーゲルと火の精のボリスが出てきた。


「お湯加減どうでしょう?」

「まだまだ熱くできるぜ!」


 どうやらお風呂近くに裏口があって、そっちに大きな風呂釜があるらしい。


「ねぇ、お風呂って妖精が焚いてるの?」

「いやー、オイセンから引き上げた火や竈の妖精があぶれててさぁ」


 どうやら風呂釜は妖精たちの住処になるようだ。

 火の精は森に放つと危ないから、アルフなりに対処を考えてお風呂を採用したんだとか。


 浴室を見ると、休憩室も兼ねる広い脱衣所や写真でしか見たことのないハマムみたいな台があった。

 その奥に銭湯みたいな広い浴槽があり、一番奥にはサウナまである。


「呆れた。もはや公衆浴場だな」


 スヴァルトは呆れたと言いながらどこか懐かしそうにお風呂を眺めた。


「そう言えばノームのお風呂の知識って魔王の所からって聞いてるよ」

「あぁ、貴賤を問わない娯楽施設だ。かつて魔王の支配領域で流行した」

「それを参考にして運動場もありますよ。館の一番奥に庭があるので」


 ルイユ曰く、仔馬の館にもあったらしい。

 コーニッシュの暴走で見損ねたなぁ。


「それにしても、これだけ広いのに男女は分けてないんだね」

「ほーら! 見なさい! 今の聞きましたよ!」


 突如乱入するティーナは、ルイユを指差す。


「やはり混浴なんてふしだらなこと純潔を愛するユニコーンが許すわけないのです!」

「え、いや…………僕は…………」


 そういうわけで言ったんじゃないんだけど。単なる日本の銭湯のイメージで。

 なんて渋い顔のルイユに言えず。


「私たち獣人は発情期でない限り無駄な欲情はしません。ですが、何処かの万年発情期な方がうるさく」

「その言い方は納得できん!」


 ルイユが眼鏡を直しながら喋っているところに、ブラウウェルも乱入して来た。


「妖精は生殖する奴のほうが少ないから気にしないんだけどな」

「四足の幻象種は獣人と同じく発情期以外は気にせんぞ、仔馬」


 アルフとグライフが聞く前に教えてくれた。

 そう言えばクローテリアも僕とお風呂入るの気にしてなかったな。

 いや、あれは子供だからかな?


「ところでフォーレンはなんで気にしてんだ?」

「えーと…………ランシェリスたちが来た時、どうするんだろうと思って」


 来てくれそうな人間でその辺り気にしそうなのって姫騎士団だよね。

 一緒に旅してる時も身支度は僕らに見えないところでやってたし。


「外のお風呂とか絶対入らないだろうなって」

「あれ今回沸かしてるだけで普段は水張る予定なんだよ」


 あ、やっぱりプールだった。

 なんて話してる内にルイユとティーナが激しく諍い始める。


「お得意の実用性とやらは結局無分別なだけじゃないですか!」

「本当に分別がつかないのはいつでも生殖可能なその生態でしょう!」

「獣人! 先ほどから聞いていればなんたる侮辱!」


 ブラウウェルまで元気に参加しないでよ。


「ちょっと待って! まだ作ったばかりだし、種族も違うんだから。こんなことで喧嘩しないで、すり合わせをしよう。お風呂なんて誰がいつ使うかちゃんと報告し合えば使えるでしょ」


 僕はヒートアップしそうな三人を止めた。

 アルフが何故か拍手を送って来る。


「おー、気が済むまで言い合いしてたのに止まった」

「いや、止めてよアルフ」

「俺はどっちも確かになぁって思ってさぁ」

「「ユニコーンどの!」」


 僕はルイユとティーナに左右から腕を掴まれた。


「まだ決まっていないことがあるんです! ここに描く絵を決めてください!」

「いいえ! 仔馬の館の食堂の絵を決めてください!」


 どうも館はまだ作りかけらしい。

 さすがに完成には時間が足りなかったそうだ。

 なんの絵を描くかでまた言い争って決まっておらず、僕に白羽の矢が立ってしまった。


「お風呂なんだから裸婦像にしましょうよぉ」

「食とは己のために他の命を奪うこと。それを忘れぬよう描くべきである」


 浴室の外から声がして出てみると、アシュトルとペオルがプールの縁にいた。


「いつのまに…………。ねぇアルフ、家の絵って何描くのが普通なの?」

「うーん、その家の先祖とか神話とか?」


 誰も住んでないし神話知らないし。悪魔の言葉を採用するのが駄目なのはわかる。


「あ、だったら森に住んでるひと描いてよ。あの玄関のユニコーンって僕でしょう? だったらメディサとかアーディとかシュティフィーとかさ」

「わ、私ですか!?」


 メディサは隠れたままだけど、どうやら声の聞こえる範囲にいたらしい。


「ほう? では俺を名の由来にするこの館には強い者たちを描け」


 グライフが僕の提案に乗ってそんなことを言い出した。


「だったら僕のほうは弱くてもいいから色んな種族描いてほしいな」

「寝室と食堂、談話室に翼室に…………。いえ、一部屋に一人である必要はないわね」

「それに人数を均等にわけるには作りが違いすぎますね。候補をまずは上げるところから」

「そうね。何処に描くかはこちらで決めて、誰を振り分けるかを決めましょう」


 ルイユとティーナはさっきまでの喧嘩が嘘のように話し合いに熱中し始める。


「まぁ、喧嘩が起きないならいいか。ところでアシュトル、ペオル。コーニッシュがアングロス捕まえて放さないんだけどどうにかできない? パン釜作らせようとしてるんだ」


 実はフレーゲルが心配してるんだよね。

 僕が聞くと悪魔たちは微かに笑って、エスカレーターにでも乗っているかのように淀みなく水中に沈む。


「あ! 逃げた!?」


 覗き込むといない。

 いったいどういう魔法なのか、僕にはさっぱりわからなかった。


毎日更新

次回:妖精の守護者

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