148話:森送り
僕たちはエルフの国へ行った道を辿るように帰る。
「ひぃ、ひぃ、なんという悪路…………」
「ほら、もう山終わるから頑張って」
道は変わらないけど、人員として増えたのは二人。
「たまには道を歩くのもいいね。新たな発見があるものだ。なぁ、我が友」
一人は悪魔のコーニッシュ。食べられるものを見つけては僕に食べさせくる。
背中の籠にはエルフの国で手に入れた食材が山になってるけれど、精神体だから疲れはない。
根を上げているのはエルフのほうだ。
「これでも行く時の半分くらいの速度なんだから。倒れないでよ、ブラウウェル」
「山、越え、より、下りが、きつい…………」
エルフ王の提案で、ロベロと交換したのは罪人となったブラウウェルだった。
刑罰の一種だと思うんだけど、本人は僕たちと一緒に森送りにされることを嫌がった。
厳罰がいいって言って。
「よし、俺が運んでやろう」
「結構です!」
グライフにはすでに宙づりにされた後だから、ブラウウェルは疲れた体に鞭打って急いで悪路を下る。そして転ぶ。
これはこれで厳罰だと思うなぁ。だって帰還の見通しないんだもん。
「手を。怪我は?」
「だ、大丈夫だ」
スヴァルトに引き起こされ、ブラウウェルはばつの悪い様子でそっぽを向いた。
ちなみにちょっと丁重になっていたブラウウェルの態度は元に戻ってる。僕たちを怒らせて森送りを回避しようとしたんだろうけど、曰く僕とスヴァルトには幻象種としての矜持がないとか。
言われ慣れてるから特に思うところもなく、ブラウウェルは今こうして僕たちと森に向かうことになっているけど。
「フォーレンくん、この先はケンタウロスの放牧地だが、寄って行くかね?」
「あー、また絡まれるのも嫌だし避けようか。…………そう言えば、結局予言ってなんだったんだろう?」
ケンタウロスの賢者から受けた予言は、結局当たったのかどうかよくわからない。
「再会あり、次なる再会に連なれりってたぶんヴァシリッサのことなんだろうけど。昏き輝きは汝に集うってなんだったんだろう?」
「ふむ、それで言えば俺の能うるに能わず、得たる者はただ行くのみというのは当たっていたようだな」
「え、何かあったっけグライフ?」
「大グリフォンの後継についてだ。後継者と目されながら宝を継げぬ。そして金より尊き物を手にしたとして、もはや俺は大グリフォンの元には戻る気はない。ただ行くのみよ」
なるほど。だったら僕も気づかない内に予言が当たっていた可能性もあるのか。
そんな話をしながら山を下りると、またブラウウェルが弱音を吐くことになった。
「森が…………、終わらない…………」
結局三日かけて大道に着くまでに、ブラウウェルはすでに森に対しても根を上げた。
侵攻計画推してた時の意気込みは、取り巻きに裏切られた時にぽっきり折れてしまっていたそうだ。
「お帰りなさいませ」
「あれ、メディサ?」
大道から森には入ろうとしたら声かけられた。
姿を隠してるのは、同行者が増えたことを伝えてあるからかな?
「もう、ようやく帰って来たのね! 待ちかねたわ、フォーレン」
「ロミーも。わざわざどうしたの?」
「なんだ、もう箱はできたのか」
出迎えを見て、グライフがそんなことを言う。
箱って、あのアルフが聞いて来たあれ?
「遅いのよ! 私を守れなのよ!」
「わ、クローテリア?」
妖精王の住処に行く途中、飛びついて来たのは小さなドラゴンだった。
「険悪で居づらかったのよ! あの妖精王は投げっぱなしすぎなのよ!」
「何があったか知らないけど、そんなに言うなら一緒に来れば良かったのに」
「それは絶対なしなのよ!」
初めて見る者たちにびくつくブラウウェルへ、スヴァルトはそれとなく目を配る。
何かあるらしいと身構えながら、僕は妖精王の住処へ帰って来た。
「…………建物が、増えてる?」
「驚いたかフォーレン」
アルフが妖精王の住処の前で待ち構えていた。
国会議事堂みたいな建物の後ろに真新しい建物があるんだけど、箱ってそういうこと?
「ってことは、本当に二つに増やしたの?」
「どうしてもティーナが折れなくてな」
名前を呼ばれて自信ありげに笑うのは、オッドアイのダークエルフ。
ダークエルフの村でスヴァルトと話してた相手だ。
「それではご案内いたします!」
「ティーナ、落ち着け。まずは帰還のご報告を」
止めようとするスヴァルトに、アルフは笑って手を振る。
「フォーレン介して全部わかってるからいいさ。ブラウウェル、お前のこともエルフ王に了承済みだ。縮こまる必要はない」
「あ、でも一人だと絶対襲われるから気をつけてね」
僕が忠告するとブラウウェルはグライフを見た。
「否定はしないけどもっと色々いるから」
「敵に踊らされた青二才など敵ではないので、お早く! こちらです!」
「ティーナ、なぜそんなに逸っているんだ? もう少し説明をだな」
「スヴァルト! あなたも私の兄ならこの素晴らしさがわかるはずだ!」
え、ティーナってスヴァルトの妹なの?
スヴァルトも妹に気圧され、鼻息の荒いティーナに案内された先は妖精王の住処の奥。
「うわ、応接室の窓が…………」
「ふむ、ぶち抜かれて奥に行けるようになっているな」
グライフと一緒に通り抜けると、左右に同じ見た目の建物が向かい合わせで並んでいた。
漆喰で白くされてる二階建て。箱と例えられるくらい凹凸は少ない。
二階部分には列柱のベランダがあって、窓は高い場所で出入り口も少ないみたいだ。
「…………アルフ、もしかして箱の一人目って例えてたのって」
「おう、ティーナだ。二人目はルイユで、三人目がアングロスな」
ダークエルフに獣人、妖精ってみんなして何してるの?
「…………何これ」
左のほうの建物の玄関を入ると、足元にはモザイク画が施されていた。
「ユニコーンがいるかも?」
ユニコーンの絵の周りには、色んな言語で注意書きがされたモザイク画。
僕が聞くとアルフはにっこり笑って親指を立てた。
「こっちは仔馬の館、あっちは傷物の館っていうんだ」
右の建物も見に行くと、案の定グリフォンの絵と似たような文言が書かれている。
「俺に館を進呈とは良い心がけだな、羽虫!」
「誰がやるか! 新居をいきなり乗っ取ろうとするな!」
当然と言わんばかりのグライフに、アルフは即座に否定する。
冗談なんだろうけど、グライフには隙あらばって雰囲気が透けて見えた気がした。
「えーと、外側は同じだけど中は違うんだね、ティーナ?」
玄関から見ただけでも中の造りは違うようだ。
「まずはこちらを! こちらこそご覧ください!」
どうやら仔馬の館がティーナ拘りの箱らしい。
玄関通路を入ると、ドアに囲まれた広間があり、床には水槽が掘られていた。
「何これ、天井に水槽と同じ大きさの穴? 雨振ったらどうするの?」
「昔の様式なんだよ。雨水をここに溜めて生活用水にするんだ。ちなみに玄関左の扉の向こうは浴室な」
「お風呂あるんだ。見ていい? わ、ノームの所で見たのとは形が違うね」
「仔馬。こっちは、貴様の部屋のようだぞ」
玄関の右側にある部屋を見るグライフに呼ばれて行ってみると、広い馬小屋があった。
藁が敷いてあり、南向きの窓から入る日差しで温められている。
僕の少ないユニコーンの本能が及第点をつけている気がした。
「もちろん人化したまま寝られる寝室もご用意してます!」
自身満々のティーナは大きな窓のある執務室の説明をしてくれる。
…………うん、それ誰が使うの? あ、書類の保管庫も備え付けなんだね。へー。
本当に誰が使うことになるんだろう?
「すごい…………ここまで古式に忠実な館を再現するとは」
あ、なんかブラウウェルに刺さってる。
もしかしてエルフからしたら武家屋敷でも見てるような感覚だったりするのかな?
拘りのわかる左右対称な館を案内され奥へ向かうと、列柱の並ぶ庭に出た。
天井の穴から差し込む自然光だけしか光源がないから、広い庭から入る日光を見るとすごく視界が広がったような印象がある。
「庭を囲むのは右から順に台所、食堂、談話室、談話室の左右に翼室があり、左手の三部屋は主寝室で…………」
「あれって噴水? あ、こっち階段がある」
「見よ、仔馬。二階は中々に見晴らしがいいぞ」
ティーナの説明を聞き流す僕たちの中で、グライフは階段を使わず庭から上階へ向かった。
追って庭から見上げると、二階には広いベランダがあるようだ。
「どうせそうやって出入りすると思ったからな。羽根があってもいいように間口も広く取ってあるんだ」
「へー、あれならメディサたちも入りやすそうだね」
和やかな会話が続くかに思えた時、激しい足音が近づいて来た。
僕とアルフが耳を澄ますと、最初から好き勝手見ていたコーニッシュが力任せに扉を開いて現れる。
出てきたのは使用人用のバックヤードだとか。
いや、問題はなんか怒ってるらしいことだ。
「どうして…………」
「なんだ? む、食道楽の悪魔か」
異変に気づいてグライフも二階から戻って来る。瞬間、コーニッシュは叫んだ。
「どうして風呂釜があるのにパン釜がないんだー!」
どうでもいいけど魂の籠った叫びだった。
そして獣染みた俊敏さで狙われたのは、設計者のティーナだ。
妹を守るスヴァルト越しでもコーニッシュは止まらない。
「パン釜、パン釜、パン釜、パン釜…………」
「ひぃ!? だ、台所なら傷物の館のほうが大きいです!」
ティーナの上ずった声を聞くと、コーニッシュは風のようにもう一つの館へと走り去った。
「ちょっと、コーニッシュ!? え、ティーナそこにパン釜はあるの?」
「ありません…………」
「止めないと! 何するかわからないよ!」
僕たちは暴走するコーニッシュを追って走り出す。
けれど傷者の館に着いた時にはすでに、誰かと言い争うような声が聞こえていた。
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