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139話:茶番の後に

他視点入り

「ヴァシリッサ、予定とは違うがどうする?」

「このままでいきましょう」


 私は低く声をかけて来たエルフを見もせず答えた。


 ここは正式な謁見の場として開かれたエルフの城にある大広間。

 晴れがましいそんな場で、弓がしなり矢が放たれていた。

 どよめきの中、二つの矢は空中でぶつかり合い落ちる。

 片方は折れ、片方は厚手の絨毯に突き立った。


「…………そんな。こんなことあり得るのか?」

「ふむ、矢はどちらも届かなかった、な…………」

「ひ、引き分け! 両者引き分けとする!」


 愕然とするブラウウェルが折れた矢を凝視するしている間に、審判役は慌てて引き分けを宣言した。

 ブラウウェルの矢を折っておいて勝利を辞退したダークエルフは気障な仕草で肩を竦める。


「ど、どちらかに当たるまで続行するべきだろう! これは勝負だ! 引き分けなど!」

「ブラウウェル」


 玉座で眺めていたエルフ王の声に、ダークエルフ共々その場で膝を突く。


「暗踞の森に対するそなたの意見を天に問い、この結果になった。意義は認めん」


 有無を言わさぬエルフ王に、大広間の誰も異議を唱えられなくなった。


 ブラウウェルは公式の場で突然物申したのだ。

 ニーオストの故地である暗踞の森の奪還をすべきだと。

 現在森に住むダークエルフが黙っているわけもなく、エルフ王のご前での審議が開かれた。

 エルフ王の面前で挙げられた議題はうやむやにはできないという決まりがある。

 そこで天に問う儀式として、互いに矢を放ち合い命を残したほうが正しいという裁定を行った。


「つまらない」


 こっそり末席で参加していた私は、拍子抜けの結果に鼻白む。

 興味を失った私の目は、エルフ王の指には大きなサファイアに引き寄せられた。


「やはり腕だけは本物か。忌々しい魔王軍の残党め」


 そんな声がエルフの中から聞こえた。

 あのダークエルフは魔王軍に参加していた生き残りで、技量はブラウウェルの何段も上。


 まぁ、そんなことは関係ない。そう、関係ないよう策を敷いたのだから。

 ここでブラウウェルが死ねば、それはそれで面白い騒ぎになったかもしれない。なんだったらブラウウェルの死体を私が使役してもいいと思ったのだけれど。


「汚らわしきダークエルフが…………何か、何か卑怯な手を使ったに決まっている」


 エルフの列に戻ったブラウウェルはそう吐き捨てた。

 実力差を見せつけられても、胸の内に湧く悪感情は別物だ。

 ブラウウェルの悪感情は最大に伸ばした。もはやダークエルフは敵として見ている。

 つまり、これで引き下がるわけがない。


 突然の物申しで焦ったけれど、結果は良し。

 ブラウウェルの悪感情はさらに助長されたのだ。


「つきが向いて来たわ」


 私はひっそりと笑みを零す。

 邪魔なユニコーンは悪魔に連れられ洞窟のナーガの下へ。

 あのユニコーンは怪我をして帰って来ることだろう。そうでなくても凶暴な生き物の住処なのだ。すぐには戻ってこない。


 そこに来て、この謁見の儀の前倒し。

 無礼なユニコーンとグリフォンが邪魔なのはエルフも同じ考えだったのだろう。


「偽りなく答えよ」

「おおせのままに」


 公式の場で仰々しく問答が繰り広げられるのは、芝居を見ている気分だ。

 森での騒動と流浪の民の企み。魔王石のダイヤ奪還でユニコーンとグリフォンが活躍したことの報告。


「そんなわけあるか。四足の幻象種など獣同然の野卑な存在だ」


 悪感情に翻弄されているブラウウェルは、頭からダークエルフの話など信じていない。

 ただ、ダークエルフの話は本当だ。

 ビーンセイズ王国の教会で、私は残骸を確認している。

 今思えば一番大きな古代兵器に開いていたあの穴は、ユニコーンが角で一突きしてできた物だったのだろう。


 そんなユニコーンに存在を認識されていたなんて!

 あぁ、恐ろしい…………。


「酒の毒見は済ませたのか?」

「はい、すでに」


 末席だから聞こえる会話は、ブラウウェルが次の準備をしているところ。

 ブラウウェルは緊張の窺える顔で私を見る。

 あなたならできると言葉にはせず、微笑んで頷いてやった。


 嘲笑いそうなのを必死で我慢しながら。

 毒見なんて意味はない。酒に毒はないのだから。

 そう仕組んだけれど、これからエルフ王は毒杯を煽ることになる。


 さぁ、面白い茶番を見せてちょうだい。






 あー、びっくりした。

 いきなりブラウウェルがスヴァルトに喧嘩売ったからどうなるかと思ったよ。


 僕はエルフの城の中、小さくなって柱の上の飾りから大広間を見下ろしていた。


「まぁ、何をしてるの? 妖精王さまの代理さん?」

「あ、ツェツィーリア。僕見つかりたくないんだけど」


 小さくなってる程度じゃ、さすがにシルフィードには気づかれた。


「わかったわ。はい、音が漏れないようにしたわよ。それで? 食材調達に行っていたのではないの?」

「早く終わったから戻って来たんだ」


 一緒になって隠れるツェツィーリアは、大きくてもやっぱりシルフの仲間なんだなぁ。


「一緒に行ったグリフォンたちからはなんの報告も入っていないはずだけれど」

「だって置いて来たもん」

「あらあら」


 ちなみにコーニッシュはさっさと帰った。もやし料理作って待ってるって。

 魔王石が狙われるって事情は知ってるはずなのにマイペースを崩さないんだよね。


「それでどうして隠れるのかしら? エルフ王と悪巧みをしていたはずでしょう?」

「悪巧みではないけど、僕たちがいないと思って動くなら、実はいましたってほうが驚いてくれるでしょ?」

「あらあら、それもそうね。けれど何か起きるかしら? 王都に人間はいないままよ」

「ちょっとやそっとで諦める相手じゃないからなぁ」


 アルフから魔王石を盗んで、エイアーナやビーンセイズを巻き込んだ。

 そしてオイセンも操ってと、これだけやっててエルフの国だからと手を引くわけがない。

 必ず魔王石を狙って動くと僕は思ってる。


 それにしてもエルフ王がつけてるサファイアすごいな。

 青いし、大きいし、あきらかに親指より大きい。

 指重くないのかな?


「あれ? ブラウウェルはあそこで何してるの?」

「お酒の用意よ」

「お酒?」

「服従を約束する儀式で使うの」


 聞くと、スヴァルトがエルフ王にお酒を注ぐことで、上下をはっきりさせるものらしい。

 この儀式はスヴァルトを呼び出す度に毎回やるんだって。


「ダークエルフのお酒飲むって危ないって言われないの?」

「こちらで用意したお酒だもの。危なくはないわ」

「そうなんだ。つまりダークエルフをそれだけまだ警戒してるってことなんだね」

「そうね。お酒の入れ物も、杯もこちらで用意するの。毒見役もいるわ」

「ブラウウェルはそれらの用意をしてるんだね」

「エルフ王の小姓ですもの。スヴァルトの注いだ杯を運ぶ役なの」

「へー、そんなのいるんだ」

「スヴァルトは玉座に近づいちゃいけない決まりだから。誰かが運ばなくちゃ」


 つまりブラウウェルは近づけるくらい偉い、と。

 いい印象ないんだけどなぁ。


 けどエルフ王にも悪い印象はない。そしてユウェルもブラウウェルのことは庇ってた。

 何かいいところはあるんだろう。

 僕は知らないけど。


「あ、杯持って動いた」

「今からお酒を飲むのよ」

「ようやく僕のやらかし話終わってくれて良かった」

「あら、大活躍じゃない。オイセンという国と戦った時には先頭に立っていたんでしょう?」

「なんでも先手打って解決したようになってたけど、そうじゃないから」


 基本僕は後手だ。

 そして思いつきで行動してるんだけど、綺麗に話を整えるとすごく先を見通して動いてるみたいに聞こえる。

 こんなのあるなら教えておいてよ、スヴァルト。

 大袈裟に言い過ぎててエルフの大半信じてない顔してるって。


「やっぱり私の結界に侵入者はいないわ」

「流浪の民はこない、か。でもビーンセイズのことがあるし、すでに侵入してるってことも」

「この場にいる人間なんていないわ。いてダムピールよ」


 そう言ってツェツィーリアが指すのは、大広間の後ろの端にいるヴァシリッサ。

 ダムピールだということを特に隠してはいないみたいだけど、吸血鬼とのハーフなら血を吸ったりしないの?


「そう言えば、ヴァシリッサって人間の城にいたんだよね」

「あらそうなの? 迫害されて逃げて来たと聞いたけれど。迫害されてもお城に入れるのかしら」

「普通に見物人の中にいたけど、誰かに虐められてる風じゃなかった気が」


 いや、少し見ただけだしわからないようにされてた可能性はある。

 でもお城に出入りできるってすごくない? たぶん許可とかいるでしょ。


「そう言えば、ビーンセイズにいた時から、あの修道服っていうの着てたよ」

「あら、そう言えば修道女は還俗しなければ教会から離れてはいけないと聞いたことがあるわ。あのダムピールが聖印を持っていた姿は見たことがないわね。信仰を捨てたのかしら?」

「信仰って捨てられるものなの? 僕が知ってる宗教関係者って、絶対信仰捨てそうにないんだけど?」

「そうねぇ、人間は神への信仰を捨てられないと聞いた気もするし。実はこっそり信仰を続けているのかもしれないわね」


 あれ? だったらヴァシリッサってこっちに逃げて来たけど人間側と思っていいの?


 僕たちがヴァシリッサを見る間に、スヴァルトは酒を杯に注ぐ。

 そしてブラウウェルの手で杯がエルフ王に運ばれていった。


毎日更新

次回:毒杯を呷る

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