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134話:深夜のエルフ王

 夜中秘密の通路を隠れて来たのは、エルフ王だった。


「陛下!? ど、どうしてこちらに!」


 ユウェルは慌てて椅子から床へと降りて膝を突く。

 スヴァルトはすでに床でエルフ王を待ち受けていた。


「えーと、これは僕どうすべきかな?」

「泰然としていろ。すでに何をしても遅いというものだ」

「言い方…………」


 確かにもうずいぶんやらかした後だけどさ。

 失礼なグライフの言葉に、エルフ王は気分を損ねた風もなく笑った。


「夜分に邪魔をする。楽にするといい」

「それで、後ろの人は誰ですか? って聞いていいのかな?」

「給仕だ。いない者と思ってもらって構わない」


 いない者って言われても。

 と思ったら、給仕は隠し通路からワゴンを部屋へと入れて、人数分のお茶の用意を始めた。ちゃんとスヴァルトの分もある。


「へぇ、面白いね。匂いのしない魔法か」


 給仕を始めると、お茶のいい匂いが部屋に広がる。


「エルフとは半端なことをするものだな」

「グライフ、ちょっと黙ろう」

「いや、忌憚ない意見は良貨。続けてくれまいか」


 エルフ王は僕たちの目の前に座って懐の広さを見せる。

 まぁ、謁見の時も他のエルフと違って僕に怒ってなかったし、元から鷹揚なひとなんだろうな。


「音や匂いを消すなら熱も消さないと僕たちには意味がないよ。なんかこう、空気感でわかるっていうか」

「なるほど。盲点だ」

「熱か。エルフでは思いつかないな」


 スヴァルトが普通に喋ってる?


「あれ? 悪ぶらないの?」

「君もなかなか言い方が…………。まぁ、そうだ」


 スヴァルトは恥ずかしげに目を逸らした。


「改めて言う。私はスヴァルトとは協力関係にある。妖精王の代理どのはその点聞き及んでいると報告されているが?」

「うん、聞いてる。理由があって国にはいられないけど同じエルフだからって。僕はいいと思うよ」


 国としての判断と個人の思想は違う。

 両立はできないけれど、どちらも捨てないという判断がこのエルフ王の流儀なら僕がとやかく言うことじゃない。


「あの、私がいてもよろしいのでしょうか?」


 ユウェルは突然のエルフ王とダークエルフとの親交を知らされて落ち着かない様子だ。


「後で退室はしてもらう。が、西の賢者の意見も聞きたい」

「は、はい。いかようにもご下問ください」


 ユウェル的にエルフ王が上らしい。

 エルフ王に目を向けられたスヴァルトが、ユウェルに流浪の民が魔王石を狙う理由を一から説明した。


「魔王の復活? 土地を持たぬ民に王が現われても争いにしかなりませんね」

「羽虫は復活は不可能だと言っていた。が、魔王石を求めるならばそれはもはや戦争の準備にほかならぬ」

「ご主人さま、羽虫とは?」

「妖精王のことだよ、ユウェル」

「ユニコーンどのは妖精王の唯一無二の友人だと聞いた。そなたの見解を聞きたい」


 見解って言ってもなぁ。


「魔王石を持って冥府に行くならできるってアルフは言っていたよ」

「仔馬、それは魔王石に呑まれぬ貴様のような者が流浪の民にいたとしての話だ」

「フォーレンさん、すごいですね。ドラゴンでさえできないことをできると妖精王から認められたんですか?」


 魔王石に関係するドラゴンってドワーフと争ったっていう?

 うーん、僕の出会ったことのあるドラゴンって蹴り飛ばした飛竜と小さなクローテリアだから、いまいちすごさがわからない。


「…………聞くばかりでは対話とならぬものだ。一つ、伝えておこう」


 エルフ王が改まって話し出した。


「魔王石という呪いは、元はと言えばエルフに伝わる術だった」

「そうなの? 宝冠は魔王が作り方教えたって聞いたけど?」

「そのとおり。ただ宝石を触媒に強力な念を込めて使うという技術は宝冠作りに協力したエルフが伝えた。その宝石に触れた者は念に影響され、念より弱ければ念に侵される」


 魔王石が魔王石になったのは、エルフの技術を使っていたかららしい。


「じゃ、魔王石を無効化する方法ってエルフなら知ってるの?」

「簡単に言ってくれるな。魔王石という強力な呪具としての価値を無にしろと言うのか」

「ふん、この仔馬にとって魔王石の力などなんの魅力にもならん。ならば呪いを持つ厄介なだけの石よ。元より難解にしているのは魔王石などに欲を抱く者たちだぞ」

「グライフだって魔王石いらないって言ってたじゃないか。僕だけが変みたいに言わないでよ」

「負の面が重すぎるだけだ。力を与えるだけなら俺は奪ってもいい」


 あー、そう言う考えか。最初から興味のない僕とは違うと。


「フォーレンさんに欲はないんですか? いいもの食べたいとか、いい服着たいとか、いいおうちに住みたいとか。魔王石はそうした細やかな欲さえ肥大化させると聞いたことがあります」

「いいものは食べたいけど、まだどんな食べ物があるか知らないし。服はユニコーンから人化すること考えるとこれが一番だし。あ、うちならいいうちに住んでるよ」


 僕はちょっと思いついて床を指す。


「僕は大地で事足りる」

「ふはは! 言うではないか!」

「君はたまにとんでもないことを言うな、フォーレンくん」

「大地が家…………、壮大なのか野性的なのか。いっそ不敵?」


 冗談だからね。真剣に考えないでユウェル。


「どうやら、器が違うようだ」


 エルフ王は諦めたように言った。

 いや、本当に冗談でそんな負けたみたいな顔しないで。


「私は魔王石の乱用を許すわけにはいかない。だが、私よりも管理に適した者がいるのなら、譲渡も考える」

「陛下!?」


 ユウェルが大声を上げたけど、エルフ王の言葉にグライフも驚いたように眉を上げる。


 そっか、すでにスヴァルトへジェイドが渡っていることは知らないんだっけ。


「…………でも邪魔だなぁ」

「は?」

「え、ダイヤこう握り込めないくらいだったし、サファイアもそうだとしたら邪魔だなって」


 僕の感想にエルフ王は唖然とした。

 ユウェルはがっくり肩を落として、スヴァルトは笑っている。

 エルフの三者三様な反応に、僕は給仕の淹れてくれたお茶を啜って妙な空気を誤魔化した。

 

 あ、美味しい。


「陛下に申し上げる。フォーレンくんは管理に適してはいないでしょう」

「そのようだ」

「ふん。管理という名目で手元に置くならば、それなりに執着のある者が適しておろうな」


 グライフまでエルフ側のようなことを言う。


「普通に走る時邪魔そうだと思っただけだよ。グライフもわかるでしょ」

「それが魔王石に価値を見出す者にとっては奇異な回答だぞ」


 グライフにしたり顔で指摘された。


「まぁ、現実的に僕が持ってもアルフの所に置いておくことになるし。僕が管理に適してないのは確かだよ」

「うむ、流浪の民とは妖精王をも恐れぬ相手だったな。暗踞の森に魔王石が集まるのも危険か」

「羽虫を恐れるいわれはなかろう」

「ご主人さま、まさか妖精王にもそのようにおっしゃって…………いるんですね」


 どうやらアルフを恐れるらしいユウェルだけど、エルフ王も含めて本人を知ってる僕たちの視線は温いものになる。

 実態知ってたら、うん…………。


「非公式の場で言うことではないが、妖精王の代理どの、魔王石を狙う流浪の民の暗躍を跳ね返すため、ご協力を願う」

「そのつもりで来たからそれはいいんだけど。僕も向こうが何してくるか知らないよ?」

「また悪魔でも召喚するやも知れぬな」


 グライフは変なことを楽しみにしてる。

 隣で蒼白になってるユウェルをもっと気遣ってあげればいいのに。


「同じ手を使ってくる相手じゃないと思うよ」

「同感だ。森に二重三重の手を回している。こちらでもそうであると考えたほうがい」

「狩人を使い盗み、古代兵器と悪魔で奪還阻止。オイセンでは欲をあおり足止め、か」


 エルフ王も流浪の民の出方について考える。


「聞いた話だとエフェンデルラントも森と争っているんですよね。それも流浪の民の仕業ではないでしょうか?」

「賢者どのの言うとおり、時期的には考えられなくもない。ただ、あそこは元から火種があった」


 ユウェルの疑問にスヴァルトが判然としないと首を振る。


「あ、それとトルマリンのことも。あれ奪われたってことは、ビーンセイズ王国にはブラオン以外も流浪の民が潜んでたってことだよね」

「片方が失敗してもという次善策を用意していたのだろうな。小賢しい奴らよ」


 じゃ、ここではどう出るんだろう?


「例えばさ、サファイアを狙っているところに森からの使者が来たらどうするかな?」

「なるほど。警戒をするだろうな。特に俺たちのような、すでに手の内を晒したことのある相手ならば特に」

「どのような手を考えていたかによるが、去るまで手控える可能性はある」


 グライフとスヴァルトの答えを聞いて、僕は思っていたことを口に出した。


「というか、ここって人間いたら目立たない?」

「たまにいるので目立ちはするが不思議なことではない。郊外に人間の集落があるからな。二十年ほど前より時折、行き場を失くしたという者が流れ着くようになっているのだ」


 僕はエルフ王の答えに、アルフの言葉を思い出す。

 流浪の民から抜いた情報では、祖父の代からすでに仕込みを行っている、と。


「一度そこを洗ってみようか」


 僕は気軽に提案してみた。


毎日更新

次回:エルフ王と密談

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