123話:懲りないブラウウェル
他視点入り
「いらっしゃいメディサ。さぁ、お茶会の準備はできているわ」
私は今、月下で一人シュティフィーの所へお茶をしに来ていた。
フォーレンがエルフの国に到着しそうだと妖精王さまがお教えくださったから、伝えるために。
「フォーレンは明日には王都へ至るのではないかとのことよ、シュティフィー」
「あら、今日は問題なかったのね。ケンタウロスに絡まれたと聞いた時には驚いたわ」
「驚いたと言うよりも、それは面白がっているのでしょう?」
「もちろん。ユニコーンとグリフォンが揃ってそうそう危険はないでしょうから」
こういう時、シュティフィーも妖精だと改めて思う。
基本的に楽しいことはとことん楽しむ。問題が起きるかもしれないと気をもむことはない。
私には無理な芸当だ。今もシュティフィーの加護の届かないフォーレンが怪我をしていないか心配になっている。
「フォーレンをお遣いに出すなんてと最初は思ったのよ。けれどこんなに面白い話が聞けるなんて。可愛い子には旅をさせよと言った人間は聡かったのでしょうね」
シュティフィーが私の向かいに座ると、手伝っていたコボルトたちもテーブルに座る。
「僕はフォーレンが離れるの妖精王さまは絶対嫌がると思ったのになー」
「企みがあるなら一緒にいないほうが良いでしょう」
「そうね。妖精王さまは今回の企みをとても面白がってらっしゃるわ」
ガウナとラスバブと一緒に、シュティフィーが妖精らしく笑う。
スヴァルトと一緒にフォーレンを送り出した妖精王さまは、彼らがいない間に森の者たちを召集した。
フォーレンを始め、傷を持つグリフォンやスヴァルトを驚かせたいらしい。
「メディサ、そんな難しい顔をしなくてもいいんじゃない? 誰かに迷惑をかけるわけでもないし、面白そうだもの」
そう私に笑いかけるシュティフィー同様、案外乗り気な者が多いのには驚いた。
正直、妖精王さまの無駄な思いつきと一蹴されることさえ予想していたのに。
「フォーレンを驚かせたいね!」
「これはグリフォンの旦那さんも驚くのでは?」
コボルトたちのようにん、妖精は妖精王の意見に同調する。それはいい。
問題は他種族だと思っていたのに、そちらも協力を取りつけられた。
「人魚が参加しないのはいつものこととは言え、文句を言われないのはいっそ不気味だわ」
人魚の長は招集された時、侵入者については改めて文句を言っていたけれどそれだけ。
妖精王さまが上手く宥めたと言えなくもない状況だったけれど、何か他に思うところがあるのではないかと勘ぐってしまう。
この臆病な性格はお姉さまにも呆れられるくらい、私の短所だとわかっているけれど根深いのでどうしようもない。
「人魚の長が何を考えているか、ロミーからは聞けたかしら?」
「聞いてみたわ。どうも、やらかしてフォーレンがアルベリヒさまを見捨てたらいいくらいに思ってるみたいよ」
「わー、性格悪い!」
「いい性格してますね」
結局は傍観に変わりはないようだ。
だったら害を被ったことのある人魚が、妖精王さまの思いつきを邪魔しないのなら良しとしたほうがいいのだろう。
「メディサ、獣人も呼んだんでしょ? そちらはどうだったの?」
シュティフィーはドライアドでなくなった今も木から一定以上離れられないため、妖精王の住処での招集には応じていない。
他の妖精から概要は聞いているはずなのに、好奇心に輝く目で私を催促をした。
「表立った呼び出しはできないから、ルイユを捜して声をかけたわ。獣人の国もフォーレンを注視しているから、このところ森の中をよく移動しているの」
「フォーレンが来てから大騒ぎだったものね。そうそう、ルイユと言えばラスバブの悪戯に引っかかって、ドワーフの火酒を飲んでしまっていたわね」
「あの時はさすがにやりすぎだと思いましたが」
「怒られなくて良かったよ!」
「ガウナ、ラスバブ。そうして友好的に振る舞うのは、ルイユとして国を守るために妖精王さまの協力を得たいのだと思うの。あまりやりすぎては駄目よ」
私の忠告にコボルトたちは素直に頷く。けれど生来の悪戯好きはきっと機会があればまたルイユに悪戯を仕かけることだろう。
獣人も妖精王拒否一辺倒ではない。ルイユは融和派と言える穏健な獣人だ。
できればそんな獣人に害を成すと思われたくない。
「獣人の国も行ってみたいね、ガウナ」
「皮革産業が強いと聞きましたよ、ラスバブ」
仕事好きなコボルトは獣人の国に興味があるらしい。
ただし獣人の国は妖精を拒否しているので、入国は難しいだろう。
森に住むからには完全拒否はできないけれど、獣人たちの縄張りで妖精が見つかればつまみ出される。
「なんだかメディサ、疲れてる? 疲労回復に効くハーブティを淹れるわね」
「ありがとう、シュティフィー。少し、話し合いが…………」
「まとまらない? 様子を見ていたニーナとネーナから聞いているわ」
「まず妖精王さまの思いつきだから、どうまとめるかが決まってなかったのよ」
私の溜め息に、参加していたコボルトも頷く。
そして彼らもまた話がまとまらない要因の一人だ。
他種族が集まっての話し合いで、意見は活発に出る。ただ総括する者がいないため、いつまでも話し合いばかりでいっそ喧嘩が起きそうだった。
「まずいない相手を想定しいるからまとまらないの。妖精王さまも思いつきだから、具体案もなくて。役割分担もされていないから、声の大きい者が強く主張を繰り返して…………はぁ…………」
「強かったのはダークエルフですね」
「拘りがすごい! 主導しようとして反発食らってたよ」
この森にいるのは、ダークエルフと言っても基本的にはエルフだ。
美的なこだわりが強い種族で、自らの正当性を主張して引かない。
そんな性質から人間たちの間で、エルフは高慢な者たちだと思われている。
「さらに獣人も実は我が強いですからね」
「あのリスの獣人も引かなかったね、面白ーい」
実は穏健だと認識していたルイユも、まとまらない一人になってしまっていた。
真剣に取り組もうという姿勢はわかるけれど、みんな少し落ち着いてほしい。
「賑やかなのね。羨ましいわ」
「初回でもう喧嘩直前だったのよ。今度の話し合いでは、頭を冷やすためにこっちに連れてきてもいいかしら?」
「歓迎よ。そう言えば、魔女の子たちは呼んであげないのかしら?」
「呼ぶつもりなんだけど、もう少し方針をまとめてからじゃないと、本当にまとまらなくて…………」
「あら、どうせなら最初からのほうがいいわよ」
「そっちのほうが面白いからね!」
「私たちとしてはここの客が減って暇ですが」
確かに何ごとも楽しいほうがいいとは思う。
ただ、また次の話し合いでは一波乱ありそうなのが私の気を重くした。
「次に少しでも穏やかに話し合いができたら、魔女を呼ぶよう妖精王さまに進言してみるわ」
私は目の前に置かれたハーブティーを一口飲んで、三回目の溜め息を吐き出していた。
「うちに泊まりますか?」
ブラウウェルを追い出した後、気を取り直したユウェルがそう言ってくれた。
「それでもいいんだけど、一度連れと合流しなきゃいけないんだ」
「まだどなたかいらっしゃるんですか?」
「ダークエルフだな」
「ダークエルフ!? え、いるんですか!?」
そういう反応? あ、そっか。スヴァルトも伝説の存在って言ってたもんね。
なんだかユウェルがすごい期待した目をしてる。
「ここだけの話、自称なんだそのダークエルフ。魔王軍側だったから自衛のためにね」
「あ、なるほど。ダークエルフと言えば純血のエルフですからね。西にも純潔は王族しかいませんし、やはりそういるはずないですよね」
そういうものなの?
「喜べ下僕。まだ俺たちはこの国にいるからな、また寄らせてもらうぞ」
「はい、ご主人さま」
新たな誤解を生みそうなやり取りをして、僕たちはユウェルと別れて大通りに戻る。
さて観光だ!
「貴様ら! 待っていたぞ!」
なんて声に出鼻を挫かれた。
振り返るとブラウウェルが肩を怒らせて立っていた。
「騙りの亜種族め! どうやって先生を誑かした!?」
「これって無視しちゃ駄目?」
「息の根を止めたほうが早いぞ」
「身分があるらしいからそれするとユウェルが困るよ」
「ふむ」
グライフ、ユウェルを思うくらいのことはするのか。
下僕とか言う割に仲良しだったの気のせいじゃないんだね。
「は、話を聞けぇ! この私を無視できる身分でもないくせに!」
改めて見ると、ブラウウェルには取り巻きらしいエルフを引き連れてる。
道の真ん中だから他のエルフも足を止めて僕たちを窺っていた。
こうして見るとエルフって幼い子や年寄りがいないな。みんな若い青年ばかりだ。
「礼儀知らずに話すことなんかないよ」
「ブラウウェルさんになんだその口の利き方は!」
「無礼はそっちだぞ! 謝罪を要求する!」
えー、本当に偉いの?
取り巻きは僕の発言に本気で怒っているように見えた。
「あの手合いは一度痛い目を見ないと了見を変えんぞ」
「なんで楽しそうなの?」
「殺す以外の方法であれを排除してみろ」
「グライフも僕に丸投げしてくるようになっちゃった」
文句を言う間に、僕はグライフに押し出される。
騒ぐ取り巻きを片手で抑えるブラウウェルは、どうやら制御するくらいの信奉はあるようだ。
「これ以上先生に近づくな! あの方の品位が貶められる!」
「君に指図される謂れはないよ」
「妖精王の代理を詐称する身のほど知らずめ! 謂れなど僕が先生に師事するという師弟関係だけで十分だ!」
完全にこっちが悪い態で責めてくるから、周りのエルフからも批判的な視線を感じる。
これは本当に口で言っても聞かないな。
だからって暴力に訴えるとたぶんこっちが悪くなるし。
「…………じゃあ、妖精王の代理って証明してあげるよ」
僕は精神を集中してアルフに呼びかけた。
(アルフ、ちょっと力貸して)
(うん? あぁ、何するんだ?)
から返事だったけど、簡単に説明して僕は妖精王の権能を借りる。
片手を上げると手に集まる光。それは色とりどりの妖精だった。
「このブラウウェルが僕を妖精王の代理と認めると言うまで、好きに悪戯していいよ」
「きゃー! やったー!」
「へ…………!?」
手に集まっていた妖精が歓声を上げて、弾けるように動き出した。
身を引くブラウウェルに殺到して、すぐさま取り囲んでしまう。
「う、うわー! やめ、やめろー!」
さて、これでいちゃもんつける暇はなくなったでしょ。
ブラウウェルが抵抗して大騒ぎするよりも大きな声で、妖精たちは甲高い笑い声を上げて好き勝手に悪戯を仕かけ始めた。
毎日更新
次回:悪魔の料理人




