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122話:色々信じてもらえない

 ユウェルの家に現れた乱入者はエルフの青年だった。

 って言っても、エルフは見た目じゃ年齢わからないし、もしかしたらユウェルより年上かもしれないけど。


「先生! ご無事ですか!」

「ブラウウェルくんどうしたんですか?」

「先生の下に借金取りが現われ、奴隷として売られると報せがありました!」


 えー、曲解が酷いことになってる。

 たぶんグライフがユウェルを呼びつけるのを見てひとの報せだよね?

 借金取りって、顔に傷のあるグライフの見た目からかな?


 グライフを見直した僕は、思わず頷く。うん、闇金してそうな顔してる。


「言いたいことがあるなら言え」


 僕への言葉だったんだけど、ブラウウェルというエルフはグライフが自分に話しかけたと思って口を開いた。


「獣人かなにかは知らないが、この方をどなたと心得る!」

「俺の下僕」

「はぁ…………!?」


 勢い込んでユウェルを指したブラウウェルは、グライフの返答に肩を震わせる。


「ブラウウェルくん、これには事情があってね…………」

「西の賢人と呼ばれる先生を下僕!? 無教養な上に無礼甚だしいぞ!」

「あの、待って…………」

「この方の深い見識を知れば恥じ入って蹲しかできないだろうくせに!」

「この方は、その…………」

「自ら旅した強さはこのニーオストでも指折りだ! 先生が穏健であるからと勘違いをするな!」


 冷や汗を流しながら止めるユウェルに、止まらないブラウウェル。


「ほぉ、賢人とは偉くなったものだな下僕?」


 グライフのからかいに、ユウェルは恥じ入って顔を真っ赤にした。

 するとブラウウェルは怒りに顔を真っ赤にする。


「先生に向かってなんだその傲慢な態度は!」

「いいのよ! ご主人さまはいいの!」

「先生!? どうしたと言うんですか!?」

「と、ともかく怒らせないで…………」


 止めるユウェルに何か察したブラウウェルは、親の仇のようにグライフを睨んだ。


「いったい先生に何を言って脅した、この外道! 弱みを握って婦女子を意のままにしようなどと破廉恥極まりない!」

「違うのー!」


 蒼白になるユウェルだけど、グライフは別に怒ってない。

 そもそもブラウウェルのことを完全に格下扱いで笑ってるから、慌てるユウェルの様子を面白がってさえいる。


「ダークエルフと入国した亜種族とはお前たちだろう!」

「亜種族って?」

「さて、聞かぬ言葉だな」

「ふん、そんなことも知らないのか。これだから靴も履かない学の浅い者は」


 鼻で笑うブラウウェルだけど、靴を履いてるって学識と関係あるの?

 ユウェルは迷った末に、話を聞かないブラウウェルを嗜めるのを後に回して、僕たちに亜種族について教えてくれた。


「こっちの方言みたいなもので、デミのことです」

「あれ、デミってもう使われないんじゃなかった?」


 グライフが前にそんなことを言ってた気がするけど。


「エルフなら昔の言葉も使い続ける。こいつは俺の倍は生きているからな」


 あ、グライフよりユウェルのほうが年上なんだ。

 本当にエルフって見かけによらないなぁ。


「先生をこいつ呼ばわりとは! 分を弁えろ! 獣人如きとの亜種族のくせに!」

「愚かなケンタウロスと同じことを言うとは。それこそ迷妄な貴様の本性を物語っているではないか」


 思っても僕が言わなかったことを、グライフはあえて口に出して煽る。

 ブラウウェルはもちろん癇癪を起したように怒った。


「ケンタウロスだと!? よくも、この…………! そんな耳の形が歪なエルフを連れ回して! 趣味が悪い貴様に言われたくない!」


 罵り文句思いつかないからって、僕まで巻き込まないでよ。


「でも、言われてみれば違うね。耳の形なんて他では言われたことなかったよ」

「目のほうがらしくないからな」


 グライフの言葉で、僕の目が青いことにブラウウェルは気づいたようだ。


「ち、こっちも亜種族か。どんなエルフが奇行に走ったのか。気持ち悪い」


 うーん、これはちょっとひどくないかな?

 謂れのない差別ってこんなに不快なものなんだね。


「ユウェル、このひと止められないなら僕がやるけど?」

「ま、待ってください!」


 僕にまで飛び火したことで、ユウェルは力いっぱい首を横に振る。


「このブラウウェルくんは、エルフの若手で! 若気の至りなんです!」

「エルフは子ができにくい。若ければそれだけ甘やかされていると思っていいぞ」


 そんなグライフの意地悪な助言にユウェルはさらに慌てる。

 ユウェルの動揺に気づかず、ブラウウェルは何故か胸を張った。


「馬鹿め! 甘やかしではない! 大事に育てられたのだ!」


 うん、発言が馬鹿。

 グライフの傲慢は性格だけど、このブラウウェルの傲慢は根拠のない万能感、ユウェルのいう若気の至りだろうなぁ。


「あの、ブラウウェル君はニーオストの陛下にお仕えしていて…………、あまり下に置かれることのない暮らしをしてまして…………その…………」


 ユウェルは言い訳を探すように目を泳がせながら、言い訳にもならないことを言う。

 うん、僕たちに自重してほしいことは伝わるんだけどね。

 のちのちこの国では栄達を約束された偉い人なんでしょ?


「こんなのを側に置くなら、このニーオストのエルフ王も程度が知れるな」

「き、き、貴様!? 撤回しろ!」


 自重しないグライフに、今日一番ブラウウェルが怒った。


「あのね、君の態度がそう思わせてるんだよ。反省しようよ」

「指図をするな亜種族如きが!」


 僕が言って聞かせてもブラウウェルは聞く耳を持たない。

 さすがにユウェルもこれ以上庇うことを諦めたようだ。


「…………ブラウウェルくん、無闇に他者を見下すのは悪癖です。あなたの師として、反省を促します」

「何をおっしゃる。先生は慈悲深すぎます。世の中にくだらない生き物は多い。好色のケンタウロス然り、横暴な飛竜然り、愚鈍な巨人然り、傲慢なグリフォン然り」

「ほう…………?」


 的確にグライフを煽って来るブラウウェルに、ユウェルいっそ眩暈を覚えたようにふらつく。

 で、無自覚に罵られたグライフはなんでか僕を見た。


「どうするつもりだ? 自らがやると宣言していたが?」

「いっそ相手したくなくなってきたよ。放っておいても今あげた種族に会えば勝手に痛い目見そうだし」

「そうではあろうがそれではつまらん」


 僕たちが話す間にユウェルは再度説得する。


「知らないものを知ろうともせず否定してはいけません。それでは何も進歩がない」

「四足の幻象種や頭の足りない乱暴者など、エルフのように聡明で文化的な種族が管理してやらねば早晩自滅します」

「持論を持つことは良いことです。ですが、他者を貶める理由を正当化する必要などありません。それは単なる思い上がりです」

「文明をも築かない愚者を放っておけば悪に走り、悪を放置すれば善人が害される。先生は害される善人を見捨てると言うのですか?」

「ブラウウェルくん、まず前提がおかしいです。エルフ以外が愚者であるなど」


 ユウェルは理性的に諭そうとするけど、まぁ、聞く耳を持たないね。

 なんだか頭の中身が凝り固まってる感じだ。

 これ日本語でなんて言ったっけ。

 えーと…………あ、暖簾に腕押しだ。全然ユウェルの説得を受け入れる気配がない。


「文明を築かない愚者って幻象種限定なの? 妖精や悪魔は? 文明を築いてはいないよ」

「何処から来たんだ物知らずめ。妖精は王をいただく秩序だった者たちだ。悪魔は反対に個人主義だが己の目指すべきを違えない種族」

「「ぶふ…………!」」


 ビシッと指差して言うブラウウェルに、僕とグライフは思わず笑ってしまった。

 知らないって恐ろしいなぁ。

 帰ったらアルフに教えてあげよう。秩序だった者たちに戴かれた王だって。


「知った気になって粋がるだけの無知だということはわかった」

「なんだその言い草は! 亜種族のくせに僕より賢いつもりか!?」

「少なくとも、この方は私より賢いです!」


 耐えられず声を大きくしたユウェルに、ブラウウェルは信じてない半笑いを返す。


「ふん、この妖精王の代理人を前に良く言うものだ」


 グライフが僕を指すとブラウウェル鼻で笑う。


「嘘を吐くならましな嘘を口にするんだな」

「嘘だと思うならそれでいいよ。君に信じてもらう必要はないし、本当にエルフ王が君を信任して側に置いてるなら、そのまま事実を妖精王に伝えるだけだ」


 僕の返答に驚いていたのはユウェルだった。


「ま、周りが見えないことはあっても、決して愚か者ではないんです」

「この状況でそれを信じるのは難しいよ、ユウェル」

「先生を気安く呼ぶな、騙りの亜種族め!」


 ほらね。

 空気を読まないブラウウェルに、どうやらいい加減ユウェルも怒ったようだ。


「ブラウウェルくん、今すぐ出て行きなさい」

「せ、せんせい?」


 問答無用でユウェルは入り口を指す。


「ここは私が居住権を得て暮らす家屋です。招いてもいないあなたは出て行きなさい」

「僕は先生を助けるために来たので」

「必要ありません。少なくとも、招いてもいないのに女の一人住まいに踏み入るブラウウェルくが今この場で最も礼を失した存在です」


 怒られたブラウウェルはショックを受けて何も言えなくなる。

 その隙にユウェルは扉の外へとブラウウェルを押し出した。


 毅然とした態度で扉を締めると、糸が切れたようにユウェルは崩れ落ちる。

 眼鏡の奥の瞳は潤んでいた。


「この国にいられなくなったら、西に帰る旅、同行してくれません?」


 なんとも情けない声で僕たちにそう訴えたのだった。


毎日更新

次回:懲りないブラウウェル

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