120話:グライフの下僕
暗踞の森から来たということだけは理解してもらって、僕は入管から解放された。
サークレットをつけて角を消し、エルフの王都に踏み出した。
「うわ、本当に白いね! それに、建物が高い!」
ぶっちゃけ、RPGに出てきそうな街並みしてる。
大通りから真っ直ぐ行った先にお城があって、高い塀に囲まれた上に尖塔が幾つも並んでいるのが見えた。
「仔馬、こっちだ」
僕はグライフの案内で大通りから逸れると住宅地へ入り込む。
谷間に作られた王都は、大通りのある谷底から離れるとひたすら登る道ばかりだ。
「高い所から見るのもいいね」
整然とした白い街並みが良く見える。
大通りを真っ直ぐ行った先には広場があった。その周辺に並んでいるのは店舗らしい。
後で行こうと思いながら、僕は先に行くグライフを追った。
「さて…………、この辺りだったはずだが。ふむ、こっちか」
「ずいぶん狭い路地に入って来たけど?」
「あぁ、あの突き当りだ」
グライフが指す突き当りには下りの階段がある。
階段の下には、隙間を埋めるようにいびつな形の住居の入り口があった。
「グライフ? 降りないの?」
階段で足を止めたグライフを見ると、どうやら室内に耳を傾けている。
室内から物音がすることを確認したグライフは、にやりと笑った。
「…………いるな」
腕を組んで息を吸うグライフに、僕は訳もわからず見ているだけだった。
「主人が来てやったのだ! さっさと出て来い、下僕!」
「ちょ、グライフ!?」
大声で呼びつけるグライフに、僕だけじゃなく通りかかった路地の向こうの人たちも驚いて足を止めた。
室内からは物を落とす音、ぶつかる音、雪崩れる音など騒々しい音が続く。
そして激しい足音の後に、力任せに開かれる扉が荒々しく鳴った。
「はいー! ご、ご主人さま…………!?」
転げ出てきたのはエルフの女性だ。
金髪に緑の瞳。かけていた眼鏡はずれてる。
「ふん、相変わらず粗忽な奴め」
「…………へぇ? え、え? え!?」
エルフは眼鏡をかけ直すけど、グライフを見上げて間抜けな声を上げるだけ。
「俺の下僕が間抜け面を晒すな」
「ちょっとグライフ。女の子にそれは酷いよ」
止めるとエルフは眼鏡をもう一度直した。
うん、直しても見えるものは変わらないと思うよ。
「ご、ご主人さまですよね? え、人化してるんですか?」
「ふふん。賛辞ならば聞いてやろう」
「だから、なんでそんなに偉そうなの? ほら、あんまり騒ぐから他の人が警戒してるよ」
後ろを見ると路地にエルフたちが何ごとかと集まっていた。
「ご、ごご、ご主人さまが人化した上にエルフのお嫁さん連れて来たー!?」
「僕は男です!」
全力で誤解を否定すると、また眼鏡を直す。
だから、眼鏡がおかしいわけじゃないから。
「あ、す、すみません。えーと、ど、どうぞ、狭いですが…………」
眼鏡エルフは慌てて中へと僕たちを招き入れた。
室内も白い壁なんだけど、梁や柱は木でできている。
ちらかってるのは、グライフの呼びかけに驚いたせいだよね。
「グライフ、そろそろ紹介してよ」
「む、こやつは俺の下僕のユウェルという」
「あ、名前覚えててくれたんですか?」
その一言で関係性が良くわかるなぁ。
「そう言えば僕の名前も呼ばないけど、覚えてる?」
「フォーレンであろう。あの羽虫が散々呼んでおったではないか」
覚えてたんだ。
でも呼ばないんだね。
なんかアルフの例を考えると、成人しても仔馬呼びしてきそうだな。
「その、粗茶ですが…………」
「ありがとう」
「ふん、草の汁など」
「あ、熱いもの飲めないだけだから放っておいていいよ」
「そうだったんですか!?」
椅子に座って偉そうに拒否するグライフを前に、ユウェルは声を裏返らせるほど驚いた。
僕もシュティフィーのお茶会で知ったんだけどね。
鳥の時は平気だけど、人化すると猫舌になるらしい。ちょっと笑える。
と思ったら、顔に出てたのか羽根で叩かれた。
「はぁ…………フォーレンさんはご主人さまと対等なんですね」
「逆になんで下僕なんて呼ばれてるの?」
僕の当たり前の疑問に、ユウェルは遠い目をする。
「私学者でして。歴史調査のため西から東へと移動している途中でした」
「歴史って遺跡調査とか?」
「はい。エルフの遺構は五千年前にほぼなくなっているんですけど。それでも文献のとおりの場所に住居跡を見つけられることもあるんです」
前世の発掘調査みたいだなぁ。
文献で伝説の都市トロイア見つけた例もあるし、ユウェルも何か発見したかな?
そう言えば五千年前って日本だといつだろう?
千年前は平安で、二千年前は古墳? それ以上前だと縄文時代かな?
うーん、スケールが違う。そんな大昔のこと調べようなんて。
「この東にもそういう遺跡あるの?」
「東側が開拓されたのは魔王時代ですから、東側には五千年以降の物しかありません。ただ、この南の幻象種の住まいに西から東を経て移築した石碑があると聞いてやってきました」
グライフに石碑の存在を聞いたユウェルは、西から東に、そして南を目指したそうだ。
「グライフとは何処で出会ったの?」
「まだ東に行くとも決めていなかった時に。発掘作業の途中、眼鏡が光ったせいで上空からの急襲を受けまして…………」
「あぁ、想像できる。僕も上から狙われたのが出会いだったし。走って森に逃げたら悔しがってさらに追って来てさ」
「逃げられたんですか? すごいですね。私なんて眼鏡奪われて動けなくなってしまいましたよ」
グライフ、それ強盗だよ。
「眼鏡ないと困るんで必死にお願いして返してもらったんです」
「眼鏡を返せ、命も見逃せとずいぶんな命乞いだったぞ」
偉そうな強盗だなぁ。
「それで、その時差し出せるのがちょうど昼食に作ってた茸スープだけで…………」
「悪くなかったからな。下僕になるなら生かしてやると言ったのだ」
「グライフ、何一つ偉ぶれること言ってないからね?」
僕の指摘にユウェルは乾いた笑いを漏らしながら横を向いた。
「けど、ここまで生きて来れたのはご主人さまのお蔭でもあるんですよ」
「そう言えば貴様を襲った蜥蜴。あれと出会ったのは下僕と南下している時だったな」
「あぁ、あの飛竜? そういう知り合いだったんだ」
「フォーレンさんも襲われたんですか? あの飛竜、ご主人さまでも追い払うのがやっとだったんですよ」
「貴様が騒がなければあのような蜥蜴一匹どうとでもなったわ」
どうやら何かの理由で引き分けた相手だったらしい。
突然現れて襲われて、勢い蹴り飛ばした以外の接点が僕にはないけど。
「それで、フォーレンさんはどうしてご主人さまと一緒に?」
「暇潰しについてこられてる」
簡単に説明した途端、後頭部をわし掴まれた。
「ちょっとグライフ?」
無理に首を回してグライフを見れば、ユウェルに向かって顔の傷を指で叩いていた。
「…………あ、え? その傷誰に…………」
「こやつだ」
「はい…………!?」
「あの蜥蜴を蹴り飛ばし、そのまま俺に向かってきてこれをやりおった」
ちょっと、やめてよ!
「僕まで乱暴者みたいじゃないか! 他に言い方ないの?」
「事実だ。貴様も知らぬふりをするな、仔馬」
「ユウェル、僕は相手選ぶからね? 普段ここまでしないから!」
僕の訴えにユウェルは震える。
ほらー! 怖がっちゃったじゃないか!
「…………ご主人さまが、負けたんですか?」
「ふん」
正面から言われて、グライフは不機嫌にそっぽを向いた。
そんな反応にユウェルは困惑を深める。
「え、否定もしないなんて…………」
そのまま恐々と僕を見る。
「あ、あなたは、いったい?」
うん、言うしかないか。
今の状況なら信じてもらえそうだし、もうすでに怖がられちゃったし。
「…………僕はフォーレン。ユニコーンのフォーレンだよ」
そう言ってサークレットを取ると、ユウェルは言葉もないまま、真っ直ぐ突き立つ角を見上げて放心してしまった。
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