118話:危険地帯の賢者
「まっこと! 申し訳ございませぬ!」
そう叫んで僕たちに土下座するケンタウロス。
下半身馬だから立位体前屈してるみたいになってるけど、たぶん気分は土下座なんだと思う。
この世界でも最大限謝る時には頭を低くするみたいだ。
けど、これどうすればいいの?
僕は困ってスヴァルトを見る。
「ケンタウロスは極端で、賢者の一族がいるんだ。この者は話が通じるだろう」
「賢者の一族は人間を養育したりもすると聞くな」
「いえ、身共はこれらと同じ族。ただ、祖母が賢者の族から嫁入りしております」
本当に話の通じるケンタウロスが出て来たようだ。
角笛の音を聞いて、仲間が暴れてるの察知したそうで、賢者は兵も揃えて遅れてやってきた。
けど馬特攻持ちのグライフにたじたじしてる内に巨熊も逃げ出し、さらにダークエルフや妖精王の代理って知って戦う気力なくしたらしい。
「あの、本当にユニコーンでありましょうか?」
「はい」
僕は人化をといてユニコーン姿に戻る。
『俺の代理してくれてるから、今後とも気をつけろよ』
「ははぁ!」
アルフが木彫り越しに偉そうに言えば、ケンタウロスとサテュロスは揃って土下座をし直した。
サテュロスの土下座は腕を横に真っ直ぐ開いてる。
うーん、未知の文化だなぁ。
「襲って来たのはなんで? 君たちいつもそういうことしてるの?」
「いえ、ここは放牧地でして。この者たちは見回りなのです」
見回りとしての基準は一人なら通りすがり。三人もいると泥棒を警戒するそうだ。
「ですから本来は注意だけのはずだったのでありますが…………」
「くく、貴様の族はこれとお楽しみしたいらしいぞ」
グライフがケンタウロスたちの言葉を伝えると、賢者のケンタウロスは雰囲気を変えた。
「失礼」
賢者は一言断って、後ろのケンタウロスたちへ手を伸ばす。
「情欲に! 流されるなと! いつも! 言って! いる! でしょう!」
言葉の区切りと同時にやらかした仲間に休みなく技をかけて行く。
その手慣れた体捌きはもはや賢者(物理)だ。
「同朋が無礼を働いた謝罪のため、身共に求められるものはございますか?」
「どういうこと、グライフ?」
「何故俺に聞く?」
「四足の幻象種だから」
って答えたら、何故か全員黙る。
あれ、違った?
「そう言えば、ケンタウロスはそういう扱いではないな」
「確かに足は四つありますが、身共もエルフなどの文化を営む側かと」
「文化を営む? あぁ、なるほど」
「わかったのか、仔馬」
「なんとなくは」
僕やグライフは文化的な生活しない四足の幻象種だ。
家なくていいし、作っても群れだし、村や国なんて作らない。
「この場合、気にすべきは足じゃなくて手だね」
「確かに」
「言われてみれば」
「ふむ」
手を見るスヴァルトの横で、グライフは鉤爪をわきわき動かす。
『フォーレン、こいつらは謝罪の気持ちを表すために何か求めて欲しいんだよ』
「って言われても、特に何も…………」
「旅の途中とお見受けします。身共の下で一泊などは如何でしょう? 歓待いたします」
あ、そういう誘いか。
こういう時どう反応するのが普通かわからなくて困るなぁ。
「えーと、君たち動物飼ってるんだよね?」
「はい」
「僕たち泊めるのはやめたほうがいいよ」
僕はサテュロスが乗って来た羊に顔を向ける。
サテュロスが降りた時点で羊は怯えて離れてるんだよね。
中には興奮状態のものもいて喧嘩も起きてる。
「僕これでもユニコーンだからさ」
「あ、なるほど。これは浅慮を申しました」
伊達に暗踞の森でほぼ野性動物に会わないわけじゃないからね。
大抵気配を察して逃げるんだ。だから熊がいたなんて知らないし。
ま、その辺はグライフも同じだけど。
「では何かご入用な物などは?」
「スヴァルトはある?」
「ないな。必要な物は揃っている」
旅装はスヴァルトのみなんだけど、そのスヴァルトも軽装だ。
僕とグライフは身一つあれば事足りる。
「そんなに困らないでよ。今後注意してくれればいいから」
「これは身共の文化的なけじめでして」
やらないという選択肢はないようだ。
「どうしよう、アルフ?」
『うーん、あ。そこの賢者、目の形した装飾つけてるか?』
「目? うん、つけてるね」
ケンタウロスの賢者は、目のような形の首飾りをしていた。
アルフの声に賢者も何を求められるかわかったようだ。
「なるほど。身共は予言をいたします。それをお受け取りください」
「予言?」
「ケンタウロスの賢者の中でも稀なことだ、フォーレンくん」
「面白い。これよりエルフの国へ向かうのだ。何ごとかあれば言ってみよ」
本当に予言をする賢者は珍しいらしく、グライフも乗り気になる。
「では、少々準備をさせていただきましょう」
言って、賢者は突然お酒をラッパ飲みする。
さらには一気飲みで酩酊って、早すぎるね。
どうやら特殊な酒だったようだ。
見るからに酔って頭も上げられなくなった賢者は、ぐりんと首を動かして僕を見る。
ちょっとしたホラーだ。
「再会あり、次なる再会に連なれり」
「どういう意味?」
『フォーレン、恍惚状態の予言者は返事しないぜ』
そうなんだ。再会ってなんだろう?
「昏き輝きは汝に集う」
なんか怖そうなこと言い出した。
戸惑う僕を無視して、賢者はスヴァルトにホラーテイストな顔の向け方をする。
「汝自身を知れ」
あ、それは知ってる。
無知の知とか、我思う故に我ありとかの哲学な言葉だ。
賢者は最後にグライフへ首を向けた。
「能うるに能わず」
「ほう?」
「得たる者はただ行くのみ」
予言に、グライフは吟味するように黙る。
賢者は言うだけ言ってなんかが切り替わるように、唐突に正気づいた。
「どのような予言がありましたか?」
「本人なのにわからないんだ?」
予言ってそういうものらしい。僕はそれぞれが告げられた言葉を伝えた。
「ユニコーンどのは、何やらエルフの国で何者かと縁を結ぶようですな」
「あぁ、再会が連なるってそういうことか」
「ダークエルフどのは、初心に帰ったほうが良いかと」
「初心、か」
「グリフォンどのは…………何か望むものを諦めるべきと言われているような」
「ふん!」
賢者の解説にグライフはへそを曲げる。
「あの、これはあっしらからの詫びです」
「角笛? これってあの巨熊呼んだ奴だよね?」
「はい。これを吹いていただければあっしらが加勢に参上します」
「さらにそのサテュロスが角笛を吹けば、盟約を結ぶ身共にも届くのです」
つまり、仲間を呼ぶ系統のアイテムか。
そんな出会いと謝罪があって、僕たちはディルヴェティカに到着した。
ケンタウロスの案内で、一日で行ける道を使って。
「ここが…………」
僕は山の中なのに平らなディルヴェティカを眺めて言葉をなくした。
周りは山で、吹き降ろす風に風車が回ってる。
そして赤い屋根に水色の外壁を持つ塔のような家屋が立ち並んでて…………なんか…………。
「ムー…………おっと」
何処かの谷に似てるなー、くらいにしておこう。
うん、ここはディルヴェティカ。
住んでるのはカバじゃなくて人間だった。
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