116話:ケンタウロスの仲間を呼ぶ
他視点入り
「ヴァシリッサ、何処まで行くんだい?」
私は夜のエルフの国から抜け出し、後ろをついてくる相手を振り返った。
「何処まで来たんだろう? まだなのかい?」
「ふふ、焦らないで。こちらへ…………さぁ」
夢見るようなエルフの若者に手を差し伸べると、掴もうと距離を詰める。
それを私は蝶のように手を閃かせて避け、先へと進んだ。
このエルフは、若手の有力者であるブラウウェルの取り巻きの一人。
普段お高く留まって、ブラウウェルの手前何も言わないけれど、私を軽んじているのはわかっていた。それが今や間抜けにも術にかかって前後不覚に陥っている。
「そう、こちらへ」
「待ってくれ。あぁ、足が思うように動かない。おや、ここは何処だ?」
認識が曖昧で、同じことばかりを繰り返す。
術にかかってるとは言え、さすがに国の端まで移動しているから違和感があるんでしょう。
すでに王都からも離れた山際。仰ぎ見る余裕があれば、南北を隔てる山脈が見える場所。
「こちらよ。はぐれないでちょうだい」
「あ、ヴァシリッサ? 何処へ行ったんだ?」
私は目を離した一瞬で消えてみせた。
そして離れた場所でことの成り行きを窺う。
術者から解放されて目の焦点が合い始めたエルフは、夢から覚めたように辺りを見回していた。
「ここは…………? 私はいったい?」
呟いた瞬間、エルフは後ろから抱き込まれる。
そして口に布を押し当てられ、叫ぼうとした途端に力をなくして崩れ落ちた。
「慣れた手際ね。何を吸わせたの?」
「眠り薬の類だ」
エルフの昏倒を確認して現われたのは流浪の民の族長。
暗がりから私が姿を見せても驚かずに答えるだけ。
エルフを襲ったのは流浪の民。その動きを私が目で追うと、族長は皮肉げに笑った。
「おのれが罠にかけた獲物が心配かね?」
「まさか。すぐさま効いたからその眠り薬に興味が湧いただけですわ」
話す間にエルフの若者は流浪の民の手によって移動させられる。
「できる限り傷はつけずに運んで。後で不審がられても困る」
「装飾品はこれだけ? 全て見落としなく外すのよ」
族長の子供たちが大人を主導してエルフを運んでいく。
このトラウエンとヴェラット、背格好が同じだと思ったら双子らしい。
族長の手足となって、魔法がかかってる可能性がある装飾をとると、封印の壷に直し込んでいる。
「それでは始めよう」
暗い山際に火のたかれた小屋が用意されていた。
中には魔法陣が二つ。すでに魔力は注ぎ込まれて光を放っている。
小屋の中は香で煙り、その奥には祭壇が築かれていた。
「拝見してもよろしいかしら?」
「見てどうにかできるものではないがね」
自信たっぷりの族長の許可を貰い、私は見たこともない形式の術を見学させてもらう。
一つの魔法陣にエルフの若者を、もう片方に流浪の民が横になる。
両者の指先を切って血を出すと、その指を合わせて血を混ぜるような状態にした。
「…………転臨の法!」
族長が両者の胸に文様を描く儀式を行い、魔法陣を発動する。
香の煙に滲む魔法陣の中、私には見えていた。
胸の文様から抜ける魂の姿が。
輪を回すように二つの魂が位置を入れ替え、そして吸い込まれるように下降していった。
「…………入った?」
「ほう、見えるかね。良い目を持っている」
「えぇ、魂が見えたわ。生霊の類じゃなく、魂そのものの姿が」
術が終わると何ごともなかったかのようにエルフが身を起こした。
その姿こそエルフの若者は、今や流浪の民だ。
証左のように目覚めたエルフは、この状況に驚かないどころか誇らしげに族長へと跪いた。
「我が一族の悲願のために」
「うむ」
恐ろしい。なんて恐ろしい光景だろう。
生者の魂を入れ替えた!
その荒業すぎる力も恐ろしいけれど、本当に恐ろしいのはそうされても魂の苦痛で覆らない忠誠が恐ろしい。
魂を見る力があるからこそ、魂を肉体から引きずり出すことの苦痛と抵抗を私は知っている。廃人にすらなる可能性がある術を、こんな無造作に行ってしまうなんて。
「さ、我が同朋を連れ帰ってくれ」
「…………手際は素晴らしいの一言に尽きますわ。けれど…………この状態、あまり長く持たないのではありませんの?」
「計画の内は持つ」
族長の淡々とした返答は、つまりエルフはもちろん流浪の民も使い捨てということか。
無理矢理魂を入れ替えた体にはがたが来る。それもわかっていてやっているということのようだ。
「ふふ…………」
恐ろしいけれど面白い。
何処まで狂えばこんな外道の所業ができるのかしら。
「族長自らここまでいらしたのは、この術をあなただけができるからでございますか?」
答えないのが答え。どうやらこの術は族長の秘儀らしい。
「良いものを見せていただきました。とても…………楽しくなりそう」
私からすれば流浪の民が失敗してもいい。
成功して、周りが全て敵だと知ったエルフの顔を見るのもいい。
どちらに転んでも私は楽しい。
そんな予感に、思わず淑女らしからぬ舌なめずりをしてしまった。
森からここまでなんの問題もなく進んで来たのに、ケンタウロスに囲まれました。
筋骨隆々の半人半馬の群れって、昨日の野宿から人化してるせいもあって圧が酷い。
「これは馬鹿の類だな」
「なんだとおらー!?」
人化してるグライフの悪口に、ケンタウロスは凄む。
「ケンタウロスは族によって性状が極端だ。これらは好色な暴れ者だろう」
「てめー! ダークエルフだからってお高く止まってんな、おーん!?」
僕に説明してくれるスヴァルトにも、頭悪そうに威嚇をしてくる。
うーん、どうしてこういう時に限って僕たち人化しちゃってたんだか。
「おうおう、おかしな顔ぶれだな」
「森からきたんだろ。こっちの羽根は獣人と人間の相の子か?」
「じゃ、こっちはエルフとインプか?」
角生えてるとやっぱりそれなの?
こういう時に限って角隠しのサークレットも外しちゃってたんだよね。
「なんでもいいだろ。へっへっへ、こりゃ上玉だ」
「綺麗なつらしてやがって、今から楽しみだぜ」
「まだ小さいから初物だよな? ぐへへへ」
声は聞こえた。けど、あまりのことに僕は思考が飛んだ。
訳のわからない身震いが起きた瞬間、首から下げた木の飾りから声が響く。
『おい!? フォーレンの感情が滅茶苦茶あらぶってるんですけどー!?』
木彫りからはアルフの焦った声が聞こえて来た。
「ケンタウロスが仔馬でお楽しみをしたいらしいぞ」
『グリフォンこの野郎! 声が遠いぞ! もう逃げてやがるな!?』
あ、本当だ。いつの間にかグライフ空にいる。
そんなアルフの指摘にケンタウロスはグライフの正体を知ってびっくりしていた。
「グ、グリフォンだと!? やべー!」
その間に僕は人化を解く。
アルフの声でちょっと冷静になれた。うん、冷静に〆よう。
「…………へ? あれ? さっきのエルフは?」
「ユ、ユニ、ユニコーン…………?」
震える声で僕の姿を確認したケンタウロスに、一歩近づく。
「誰が…………」
「ひぎ!?」
「女顔だー!?」
「ぎゃー!? ユニコーンだー!」
僕は角を構えて本気混じりに威嚇を放った。
気合いで僕に負けたケンタウロスの中には倒れる奴もいたけど、逃げる奴もいた。
逃げた奴はすぐに追い駆けて、前足振り上げて蹴倒す。
「おい、まだ仔馬、いだ!?」
「角、痛ぇー!」
蹴るだけでは芸がないから、僕は角を振ってケンタウロスの上半身を叩く。
打撲になったり骨折ったりしてるけど、自業自得。
失礼すぎるあの対応、絶対僕が初めてじゃないでしょ!
「た、助けを呼べ!」
「ユニコーンなんて見逃せるか!」
これだけやってもまだ欲に走る根性にはちょっと驚く。
そしてケンタウロスの一人が角笛を吹くと山に轟いた。
うるさいから耳塞ぐために人化すると、その間に角笛の音の中を騒音が近づいてくる。
「ヒャッハー!」
また無礼者の予感しかしない叫びを上げながら。
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