113話:情報は抜いた後
僕はアルフの言葉で、地下から出て来た侵入者から血の臭いがしてたことを思い出す。
「うわ…………。つまり侵入者は仲間を殺すための暗殺者だってこと?」
「ほう? どうした、仔馬。面白いことが起こったか?」
人化した状態で現れたグライフは、羽根を使って窓から入って来た。
行儀が悪いんだけど、あんまり堂々としてるからなんか指摘し損ねる。
「遅くなりました」
さらにはメディサもグライフと同じ方法でやって来る。
羽根持ってるひとからすると、窓からの出入りって普通なの?
「あー、ニーナとネーナにもう奴ら帰ったって言わないと、みんな集まってくるな、これ」
アルフが言うと、ちょうどボリスが飛び込んで来た。
「帰ったの!? 俺の出番だと思ったのに!」
「なんだ。シルフが騒いでいると思ったら」
「アルベリヒさま大丈夫ー?」
続いてロミーとアーディが階段を登ってくる。
「あ、マーリエも来た。ガウナとラスバブも一緒だ」
アルフが魔法でニーナとネーナに伝言を送る間に、箒でマーリエとコボルトが到着した。
僕はあまり狭くも感じない室内を見回した。
「狭くはないけど、椅子と机が欲しくなるなぁ」
「それよりもまず必要なものがあるだろう、仔馬」
グライフが呆れたように言うと、アーディも鼻で笑った。
「壁、もしくは扉だな」
「あー、誰でも入れるもんね」
僕たちが話してる間に、メディサがガウナとラスバブに手伝ってもらって敷物を広げる。
「家具もなければ扉もないって、みんな今まで不便はなかったの?」
「恐れ多くて、魔女はここには来ませんし」
「妖精もアルベリヒさまに用事がないと来ないわよ。私もウンディーネだった時はアーディがつき合ってくれなかったら来れないし」
「逆に、ここに住むことになったフォーレンくんたちが珍しい。この森に住む幻象種は、自分に合った住処を自ら作るからな」
スヴァルトがちょっと笑うと、ボリスが敷物の上を浮遊しながら核心を突く。
「あれだろ? 当分動けない妖精王さまが寂しいからいさせてるんだろ」
「あーもー! 説明してやるからみんな静かにしろ!」
アルフの声でみんなが玉座を見る。
一人だけ椅子に座ってるから、なんだかいつもより王さまっぽかった。
「あの流浪の民は獣人側の結界の切れ目から侵入した。で、結界内に入ったのを感知したから、妖精とフォーレンに伝えたんだけど」
僕と一緒にいたスヴァルトも駆けつけ、侵入者は目的を果たして去って行った。
「一直線に地下へ向かったため、妖精王さまとは顔も合わせなかった。死体は全て自焼の魔法で始末されている。捕虜を狙った暗殺者だ」
スヴァルトの説明に魔女とは言え女の子のマーリエが震えあがる。
実は過激派人魚なアーディはむっとした。
「オイセンからの捕虜か。つまりあの茶番の成果を潰されたわけだ」
「ほう? 関わりを拒んだ人魚がなんの成果を期待していた?」
グライフが訳知り顔で聞くと、ロミーが無邪気に答える。
「確か流浪の民の動きがわかればいいなって言ってたわよね、アーディ」
「エイアーナ、ビーンセイズ、オイセンと思う以上に動き回っていますしね」
「ダイヤは守れたけど、トルマリンは誰かに奪われてるしね」
そっぽを向いたアーディを気にせず、ガウナとラスバブが同意した。
「トルマリン奪ったのって、やっぱり流浪の民なのか?」
「そのことが確定できれば良かったのでしょうが」
頭上を飛び回って燃えるボリスの疑問に、メディサは言葉を濁してアルフを見た。
「あれ? アルフ、焦ってないどころか得意げな感情が伝わってくるんだけど」
「ふっふっふっ、聞いて驚け。すでに情報は抜いた後だったんだよ」
「貴様にしては手回しが良いな」
グライフは褒める時も上からだ。
「たださー、捕まえた奴らトルマリンは知らなかったんだよな」
「やはり妖精王か。お粗末な」
途端に貶すアーディにアルフは玉座から降りて訴える。
「流浪の民が情報を最小限にしてたんだよ! 俺が抜き損ねたとかじゃない!」
「それで? わかったことは?」
僕が話を進めると、アルフは拗ねたように口を尖らせながら答えてくれた。
「東の大地が本拠だから、そこに接してる東の国はだいたい流浪の民が入り込んでる」
「もしかして、エフェンデルラントもですか?」
マーリエに頷くアルフを見て、僕は思いつきを口にする。
「もしかして、獣人との争いの裏にも流浪の民がいたりする?」
「そこは捕虜が知らなかった。直接作戦に関わる奴以外は何をしてるか知らない。そういう風に徹底してる」
「小賢しいことだな」
グライフが他人ごとで笑うと、アルフは渋い顔で頬杖を突いた。
「問題は、流浪の民の目的だよ」
「魔王の復活じゃないの?」
「最終的にはそれだけど、そのために魔王石十二個集めようとしてやがる」
「呆れた。東にある全ての魔王石か」
アーディも渋い顔になって呟く。
アルフの知識に曰く。
戦争で西は国が壊滅して、魔王石は妖精とエルフとドワーフにも委ねられた。
人間の国でも封印したけど、戦争で残った国も手が回らず、魔王の支配下だった東の新興国にも魔王石は渡ったそうだ。
「しかも流浪の民は、先々代からずっと準備して来た計画らしい。思えばあのブラオンって奴も魔術師長なんて地位についてた。時間をかけてやるだけ、本気なんだろう」
ダイヤを封じる妖精王のアルフは、一応魔王石の動向は気にしてたみたい。
ただ、人間が奪い合う魔王石の正確な場所はわからなくなってたみたいだけど。
「それらで魔王の復活の、見込みがあるのでしょうか…………?」
スヴァルトは拳を握ってアルフに聞く。
一つを隠し持つ者として、こっちは他人ごとじゃないんだろう。
「俺の予想からすれば無理だ。使徒が死者として冥府でどんな扱いを受けるかは知らない。だが、使徒だからって世界の理をぶち壊して復活するなんてことは無理だ」
アルフの答えにスヴァルト複雑な顔で身を引いた。
死人を蘇らせるってよくある話だと思ってしまうけどなぁ。
「魔王石使って冥府に降りて、魔王の魂攫ってくるとかできないの?」
「うわぁ…………フォーレン…………うわぁ…………」
「ふ、はは…………貴様、本当に無知ゆえに恐れを知らぬな」
アルフとグライフにドン引きされた。
ひどくない? って言おうと思ったら、その場の全員に同じ反応されてた。
どうやら禁忌的なことだったらしい。
「私たちじゃ考えもしないことを思いつくわね。アルベリヒさま、可能ですか?」
ロミーの確認に、アルフ重々しく頷く。
「ただし、十二個の魔王石に乗っ取られずに行動できる奴がいたらな。…………まぁ、あのブラオンって奴じゃ役者不足だったけど」
アルフの視線が僕に向く。
その僕ならやれそうっていう含みいらないから。やらないよ、魔王復活なんて。
「まぁ、だからダイヤはこの先も狙われ続ける」
「本拠にも近いことですし、獣人側と断絶しては如何ですか?」
「そうだよね。獣人は妖精王さまに従いたくないんでしょ?」
ガウナとラスバブが悪意なく獣人を切り捨てる提案をする。
そんなコボルト二人に、森の住人であるマーリエとスヴァルトが首を振った。
「それだと、獣人さんの暮らしが立ち行かなくなるんです。食料は森で得るし、ノームの鍛冶屋にも行きますし。それに私たちの里にも薬を求めに来るんです」
「俺たちとも物の交換を行う。魚を湖で得ることもある。獣人も森で暮らすことには変わりないのだ」
「ま、結界張ってもエイアーナにダイヤ奪われた時みたいに、無関係の狩人なんか使われると隙は突かれるしな」
なんかアルフの危機感が薄い。
そう言えばダイヤを回収しようとしてたのも、人間に害になるからだって言ってたな。
アルフ本人はダイヤに執着がないから狙われても気にしないのか。
「問題は、次の狙いがエルフってことだな」
「は!?」
ダークエルフを名乗るエルフのスヴァルトは声を裏返らせた。
「順を追って話せ妖精王。それは捕虜から抜いた情報か?」
見るからに慌てるスヴァルトを片手で制して、アーディがアルフに説明を求めた。
そう言えばダークエルフは人魚と協力する仲良しだ。
「捕虜が知ってたのは基本、オイセンでの計画だ。目暗ましと、俺の力を削ぐ目的で森に攻撃をさせていた」
「なるほど。森への侵攻にしては手ぬるくオイセンという国任せであったのは、やはり陽動であったか」
そう言えばグライフはそう予想していた。
ダイヤを奪取した流浪の民が妖精王不在を喧伝して森の伐採をさせたのは、アルフの動きを鈍らせるためだと。
「そう。で、今はエルフの魔王石を狙ってるらしい」
「捕虜は他の計画知らないんでしょう? どうしてエルフだってわかるの?」
聞く僕にアルフ苦笑いをした。
「族長が本拠地の東を離れて、南のエルフの国に行ってるらしい」
「流浪の民がエルフの国へ入れるのですか?」
マーリエが来てから柱の陰に隠れたままのメディサに、答えるのはグライフだった。
「行くだけなら可能だな。エルフは都市に住んでいる。国境の守りは薄く、都市を堅固にしていた。入国は容易かろうが、魔王石が狙いなら難しいだろう」
頷くスヴァルトに、アルフは困ったように笑いかける。
「スヴァルト、エルフの使者来てたろ?」
「はい」
僕は知らないけど、アーディとロミーは知ってるらしくて、それだけでスヴァルトの気まずそうな表情の理由がわかったみたいだった。
毎日更新
次回:ダークエルフとエルフ王




