112話:侵入者の狙い
他視点入り
「お初にお目にかかります。わたくしの名はヴァシリッサ」
そう自己紹介しながら、私は流浪の民の前に降り立った。
飛竜から身軽に飛び降りると、ぼろ布を纏って顔を隠した者たちが戦く。
ちょっとした示威行為だ。舐められないためには、こうした演出は必要不可欠。
私は手応えを感じながら、案内に従って族長らしき男の前まで余裕を見せて歩いた。
髭は灰色で眼光は野をさすらう犬のように飢えた光を湛えている。その割に首や手首に見える力強さはまるで岩のようだった。
「そなたが、エルフの国の亡命者?」
「ふふ、初めまして。亡命と言っても、安寧を求めて移動したにすぎません」
私がこの流浪の民の族長と邂逅を果たしたのは、石ばかりの山の上。
森はエルフに、地下はドワーフに、空はドラゴンに占領された周辺で、唯一安寧があるとするなら、この吹きさらしの岩陰のみ。
「わざわざ同朋を口説き落として、亡命者が何用か?」
「まぁ、どれほど豪胆な方かと思えば。性急な方でもありましたのね」
私がこの状況をお膳立てさせた流浪の民はこの場にいない。
族長の後ろには年若い男女がいる。 あれは族長の子供かしら?
なんにせよ、私は直接この頭の固そうな族長を口説かなくちゃいけないわけね。
「余計な阿りはいらん。我々は忙しい。用件がないのであれば我らに関わるな」
「えぇ、そうでしょうね。何せ、ダイヤの奪取が失敗しましたものね」
煽るとわかりやすく警戒の色が出る。
いつもならこんな面白みのない男、相手にしないのだけれど。実はこの族長のことは買っているのだ。
ダイヤの奪取は失敗したものの、正直いい策だと思う。私も騙された。
そうトルマリンの奪取には成功しているのだ。
正直やられたと思っている。私でも掠めとることのできる状況だったのに、私は逃げを選んだ。
あの状況で息を殺して機を逃さなかった流浪の民には、執念さえ感じさせられた。
だからこそ、それを指示して実行させたこの族長を私は買っている。
「怖い顔をなさらないで。わたくし、実はビーンセイズ王国にいましたの。うふふ、それもあの日、王城におりましたのよ。真相を、お知りになりたい?」
「…………何故教える?」
「それはもちろん、亡命先でまた騒ぎに巻き込まれるのは嫌だからですわ」
にっこり笑って見せても、やはり返るのは警戒の視線だけ。この手合いは遠回しを嫌う。
ただ背後の二人の無表情が気になる。その目はいっそ警戒したくなるほど、透明だった。
「何かあるなら知っておきたいのです。ですから、わたくしが提供できる情報を提示しているにすぎません」
「聞いてどうする? 邪魔立てするか?」
「いいえ。嵐は巻き込まれるだけ怪我をするものでしょう。どうせなら、巻き起こすほうに加担したほうが後々にも良いかと思いまして」
「亡命を受け入れた国を裏切るか。邪な者よ」
あら、自分は聖者のつもりかしら?
頑迷さを崇高さと勘違いした手合いなのかもしれない。
それでもいい。だからこそ近づくことに意味がある。
「狙いはエルフ王の魔王石なのでしょう?」
「口が過ぎる」
「まぁ…………。では、ビーンセイズ王国のことは口を閉ざさなければなりませんね」
困ったふりをしてみせると、背後の二人が族長に声をかけた。
「失礼、ヴァシリッサさん。名乗りが遅れました、息子のトラウエンです。こっちは妹のヴェラット。どうかお話しいただきたい」
「ヴェラットです。我が同朋の死の真相をお教えてください。あなたの暮らしを脅かしはしないと約束いたしましょう」
あら、意外と笑うと可愛いじゃない。けど、同時に厄介な雰囲気がある。
勘だけど、私はこの勘で生き延びた自負があった。
「では、わたくしが知る限りをお話ししましょう」
私はユニコーンとグリフォン、そして幻象種を従える妖精の存在を教えた。
「いったいその情報は誰からもたらされたのでしょう? いたのは我らの同朋独りきりであったはず」
「場所は王都の教会ですので、そこの司祭が委細を。わたくしも教会所属でしたもので」
「…………なるほど。族長、信頼できる情報であるかと。魔導兵の種別数も合っていますし、悪魔の存在も知ってるとなれば」
子の言葉に族長は頷いた。
「何を望んでいる? 嵐を起こすと言ったが、何をなさんと欲する?」
「ただ安寧を。それが否定された使徒の下に築かれる安寧であっても構わないのです」
疑わしげだけれど、私には頷かせるに足る手駒がある。
「わたくしも流浪の身。調べる癖があるのです。あなた方は王都にも入れてはいない。ここは幻象種の国。流浪の民と言え人間は目立ちますもの。けれど国に潜入もできないのでは話にならない。ならばわたくしが動いてさしあげましょう」
「…………どういうつもりですか? さすがに怪しすぎる」
「裏があると語っているようなものではないですか?」
黙り込んだ族長とは対照的に、この兄妹は口が回るようだ。
「言ったとおり安寧が欲しいだけ。わたくしはいつでも強いほうにつくだけですわ」
「誇りのない行動を恥じぬか」
「弱者の知恵と考えてくださいな」
兄妹たちの視線が刺さる。疑い、蔑み、そんな視線はもう慣れっこだ。
「…………族長、よろしいのでは? 僕たちが強ければいいんです」
「魔王さまの復活がなれば、何も問題ありません、それに…………」
頷く族長とその子の目が、私を待つ飛竜へと注がれる。
「で、あるか」
族長の許可が下りると、密談が始まった。私のユングレーという手駒に加え、エルフ内部の問題を開陳すると、私の存在価値は目に見えて上がる。
あぁ、楽しくなってきた。
俄然、横取りした時の絶望を見たい。
私はつり上がりそうになる口元を隠して、非力ながら小狡い女を演じた。
突然仲間に止めを刺して行った流浪の民の気が知れない。
僕は苛立ちを覚えながら足に力を籠めた。今ならまだ追い駆ければ森の中で追いつける。
そう思った途端、侵入者たちの死体が燃え上がった。
「何処からかの攻撃なのよ!?」
「いや、これは違う」
クローテリアとは対照的に、スヴァルトは知ってるみたいにじっと死体を見つめていた。
見る間に黒くなっていく死体を茫然と見つめていると、アルフから連絡が入った。
(フォーレン、敵は全員ここから出てったぜ。あいつらの目的は俺じゃなかった)
(どういうこと? ここってアルフがいる以外に何かあったっけ?)
(その辺はスヴァルトにも説明したいから、ともかく上に来いよ。死体の処理は妖精に任せる。そういうのが専門の妖精いるんだ)
そうアルフが言うと、何かが近寄る気配があった。
廊下の向こうに忽然と現れたのは、ぼろを被った老人のような妖精。
動いても足音もしなければ服が擦れる音もしない。けれど何処か老人独特の体の傷んだような臭いがするようだった。
「こいつらなんなのよ!? 何処から現れたのよ!」
「落ち着け、小さいドラゴンくん。死体を回収する妖精だ。生きる者にとって害はない」
怖がるクローテリアを宥めるスヴァルトは、何かを探すように死体を見つめ、諦めたように目を閉じた。
「アルフが呼んでるよ。何か説明してくれるみたい」
僕はスヴァルトとクローテリアと、上階へ移動した。
相変わらず魔法陣の浮いた広間は柱が並ぶだけで、玉座以外に何もない。
「よぉ。悪いなスヴァルト。わざわざ来てくれたのに、してやられた」
「いえ、あなたがご無事ならそれで」
アルフは渋い顔で窓の外を見る。
精神の繋がりから、森の中の何かを目で追っていることはわかった。
「アルフ、あの侵入者は流浪の民で間違いないの? ダイヤを狙う以外の目的って何?」
僕が説明を催促すると、スヴァルトは溜め息を吐いた。
「目的がなんにせよ、相当危険で碌でもないことをしているのは予想がつく。仲間の死体を処理してまで隠すほどだ」
「死体を処理って、もしかしてあのいきなり死体が燃えたのって流浪の民がやったの?」
「そうだ。昔魔王軍で開発した技術だ。拙も扱い方の説明を受けたことがある。実際使うことはなかったが、火の出方が独特だからわかった」
「確かにいきなり燃え上がって不自然だったけど…………」
「死体を埋葬するより早いって話なのよ?」
クローテリアなりに味方を燃やす理由を考えたようだ。
確かに日本人的には荼毘にふすのは当たり前だけど、その埋葬の仕方ってこっちでも一般的なの?
スヴァルトは全く知らない僕とクローテリアを見ながら首を横に振る。
「かつて魔王の下には死体から情報を取ることのできる悪魔がいた。だからこそ逆に、敵から同じ手で情報を取られることを懸念して開発されたものだ」
死体を残さない術を開発した魔王軍。そしてその技術を使うのは、今となっては流浪の民だけだろうと言う。
そんな技術を持ちだしたのは、この森に悪魔が住むと知っているかららしい。
アルフは玉座で頬杖を突いて笑った。
「もうその悪魔ここにいないけどな。一回森に住んだけど、つまらんと言って出てってさ。何処かの国で討伐されたって聞いたな」
「そうなんだ? つまり流浪の民も森の中に誰がいるか完璧には把握してないんだね」
「悪魔は特に深い所にいるからな。魔女のように森の浅い場所に住む者は出会ったこともないだろう」
知ってるスヴァルトは元魔王軍だから? それとも森の深い所にも行くから?
「そう簡単に出てこないしな。基本的に残ったのは移動するの面倒がった奴らだし」
「…………アシュトルもペオルも、会いに来たんだけど?」
「それは、まぁ…………」
言葉を濁すけど、精神の繋がりから気に入られたからって思ってるのは感じられる。
僕が睨むとアルフは半端な作り笑いを向けて来た。
「あー、えーと、なんか角ないと変な感じだな」
「あぁ、このサークレット? さっきも侵入者に白馬って言われたよ」
角がなくて違和感を覚えたのは本音のようだ。サークレットは外しておこう。
「それで決死の覚悟で侵入してきたのって捕虜の奪還とかでもないの?」
「逆だよ、フォーレン。捕虜の始末にあいつら来たんだ。ここは俺の縄張りだ。生きた人間がもういないのはわかる」
神妙な顔をして、アルフはそう言った。
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