106話:魔法修得斡旋
僕はダークエルフのスヴァルトに、ダークエルフ村に行く道々、木を操る魔法を教えてもらうことになった。
実践してみせるスヴァルトは、片手間に木の根を動かしている。
「あ、それシュティフィーもやってた」
「結果は同じでも、あれは樹木自体と同一化して行う魔法だ、フォーレンくん」
幻象種が使える魔法じゃないんだって。
どうやらこのスヴァルト、教えるのが上手い。
なんか呼び方から本当に先生に教わってる気分になってくる。
あと、こうして近づくと不思議な気配を感じるんだけど、なんだろう?
すごくぼんやりと、知ってるような、何処か懐かしさを感じるような?
会ったの二度目のはずなんだけどな。
「風や水を操る時に流れを意識するのと一緒だ。樹木にも自然の流れがある。流れさえ掴めれば後は慣れだ。焦る必要はない」
「グライフっていうグリフォンは、そういう教え方してくれなかったなぁ。あ…………よく考えたら教えてくれたことないかも?」
アーディから水魔法修得した時は、教えるとかそんな話じゃなかったし。
あれ? あの二人僕にひたすら魔法放って覚えさせてない?
「…………拙が特殊だ。魔王は物事を整理することを好んだから、下で働く者も自然と報告のために物事を整理して説明する癖がついた」
「そっか、あの二人最初から説明する気なかったんだ」
って、あれ?
もしかしてスヴァルトって、だいぶ魔王に近いひとだったのかな?
今の発言って直接魔王の下にいたみたいに聞こえる。
うーん、人間が妖精王との契約を忘れていたことにアルフは驚いてたけど。
もしかしてこんな風に五百年前のことを当たり前に話せるひとたちがいたから、普通の人間たちとの間に感覚のずれが生まれたのかもしれない。
「まずは花の蕾を開かせるくらいからやるべきだろう。無理に形を変えるのは慣れてからだ」
丁寧に教わりながら進むと、木々の合間に村らしき建物の影が見え始めた。
「すまないがフォーレンくん、君は人化できると聞いたが、村にいる間は人化していてもらえないだろうか」
「あ、やっぱりダークエルフでユニコーンって怖い? いいよ、これでどう?」
「乗り心地が悪くなったのよ」
人化した途端、背中から滑り落ちたクローテリアは、文句を言いながら僕の頭の上に登って来る。
尻尾でバランスとるからちょっと頭が振られて首が痛い。
「今さら乗られることに文句は言わないけど、角には触らないでね」
「そんな恐ろしいことしないのよ」
「そこはユニコーンとしての本能を維持しているのかな?」
「違うのよ。たぶん触っても怒ったりしないのよ。でもこいつの角、ケルベロスの舌に穴開けたのよ」
「貫通はさせてないって」
大袈裟に言わないでよ。スヴァルト引いたじゃん。
そんな話をしながら、僕たちはダークエルフの村に辿り着いた。
第一印象は…………白い!
「もしかして、建材に使ってる石灰のせい?」
「ノームに聞いたのか。そうだ、我々は魔王を認めるからこそ、こうして魔王が使っていた技術を使うことを忌避しない。だが人間たちは五百年の間にこれらの作り方も使い方も忘却したと聞いている」
ダークエルフの村は整然とした道が整えられている上に、硬く舗装されてる。
叩いてみるとコンクリート並みに硬い。
四角い建物の感じが、近代建築を思わせる。
辺りを見回して落ち着かない僕につき合って立ち止まったスヴァルトに、村のダークエルフが声をかけた。
「あら、戻ったのねスヴァルト。…………そちらは?」
「アルベリヒさまの友だ」
「え…………? あ、ユニコーン!?」
驚くダークエルフはよく見るとオッドアイだ。スヴァルトは気にせず肉を渡すと手短に聞く。
「先生は?」
「か、窯よ。…………本当にユニコーン、なの?」
「ではそちらに行こう」
「えっと、またね?」
さっさと移動するスヴァルトについて行きながら、僕はオッドアイのダークエルフに手を振って別れた。
「スヴァルト、先生って?」
「陶芸家のドワーフだ。ドワーフの国から流れ着いてここに住みついてる。その、彼女のことを攻撃しないでいてくれて助かった」
「あぁ、素っ気なかったのそれを心配してたからか。乙女じゃなくても攻撃してこないなら僕は何もしないよ」
「そ、そうか…………」
常識的なユニコーンとの違いに首を捻るスヴァルトに連れられて、僕は村のはずれに着く。そこには長いレンガ積みの窯が作られていた。
窯の前で作業するのは、妖精のノームよりも人間らしい体つきで、やっぱり髭だらけの顔をしたドワーフだ。
「先生、いいか? 少しこの者に土魔法を教えてやってほしい」
「なんじゃ、スヴァルトか」
気難しそうに顔を顰めたドワーフだったけど、やっぱり僕がユニコーンだと知ると驚かれる。
ただスヴァルトを挟むと驚くだけで、逃げもせずに魔法を教えてもらえた。
「あの土の良さを認めぬ業突く張りめ!」
陶芸家ドワーフは、そんな愚痴を言いながら土魔法を教えてくれる。
どうやら山脈のほうに住むドワーフは、金細工と宝石磨きを至高と考えているらしい。
そのため土の魅力を語るこのドワーフは、合わないと故郷を捨てたそうだ。
「次はサラマンダー一家から火の魔法を教えてもらうとしよう」
「サラマンダー? そういう獣っぽい幻象種もここに住んでいるの?」
「少々変わっていてな。本来サラマンダーはこうした森の中には住まないんだがあの一家は特別だ」
スヴァルト曰く、冷水好きなサラマンダーだそうだ。
何それ?
「いやー、需要と供給が合う幸せをここに住んで実感したよ」
そう言ってお父さんサラマンダーは、地下から汲んだ冷水に浸った状態で火の魔法を教えてくれた。
露天風呂みたいに冷水が張られてるんだけど、サラマンダーの熱でお湯になってる。
そしてお湯は地下の冷水では使いにくいエルフが日常生活で重宝しているそうだ。
「やった、火ついた」
「ふむ、どの魔法も問題ない。器用なものだな」
「本当に。一つを突き詰めて極めるのが普通だが。さすがは妖精王のお眼鏡にかなったと言うところかね」
「そう言えばグライフは風の魔法、アーディは水の魔法しか使わないね」
「まず色んな魔法を覚えようなんて思う、面倒好きが珍しいのよ」
クローテリアにそんなことを言われて、僕はさらに次の魔法使いを紹介されることになった。
「巨人? 森にいるの?」
「サイクロプスという単眼の巨人で、雷の魔法を使うんだ。それともう目の前にいる。老師、聞こえるか、老師!」
「おあ? おぉ、どうしたかいのう、スヴァルト」
巨体に見合う大きな単眼を開いた巨人は、半分地面に埋まってたせいで僕は返事をするまで気づかずにいた。
地上に出た胸から上だけでも一山分は高さがある。きっと立ち上がったら高層ビル並みの慎重だろう。
こんなのがいる森に攻め入ろうとした人間って、うん、無謀だよね。
「老師? 君はどうして埋まってるの?」
雷の魔法を習いながら聞いてみると、昔話をするおじいちゃんみたいに軽い調子で答えられた。
「世界が燃えて暑くてなぁ。ここの地下水がちょうど良かったんだのう」
世界が燃えるって何? あ、いや、なんか一個思い当たる節がある。
あれは確かグライフがアルフに言った言葉にあった。
「それって、神さまが文明を焼いたっていう時のこと?」
「そうだったかのう? まぁ、天から光が降ってどんと燃えたくらいしか覚えておらんのう」
それてっつまり、この巨人は五千年前から埋まってるの?
待って、幻象種って不思議すぎる。
何食べてるのとか、足痛くないのとか色々聞きたいし、もはや年齢とか些事だ。
「色々お話までしてくれてありがとう。静電気は作れるようになったよ」
後は慣れだと僕に言った巨人は、その単眼をスヴァルトへと向けた。
「スヴァルト、お前さん、そろそろもたんぞ」
「…………お気になさらず」
「いやのう、そう後生大事に抱えるもんでもないと、わしは思うがなぁ」
何やら込み入った話らしい。
サイクロプスの一番小さな小指が、スヴァルトの腹に押し当てられる。
「それで身を滅ぼして何を許されると思うんかいのう? 己の選択は己で引き受ける。この災厄を生み出した責は、それこそ魔王を殺した者たちが負うべきではないかのう?」
「いえ、これは拙が引き受けた、拙の意思です」
そう答えるスヴァルトの腹から、僕は何か知った気配を感じた。
「…………魔王石だ」
ようやくスヴァルトに感じていた懐かしさのある不思議な気配の正体がわかった。
魔王復活のために盗まれた魔王石のダイヤモンド。あれと似た気配なんだ。
「な、何を言っているのやら」
スヴァルトは動揺を抑えきれなかったけど、とぼけてみせた。
けど巨人の老師はすでに僕が確信を持っていることを察して笑う。
「お前さん、良い目を持っとるのう。スヴァルト、ごまかしは効かんぞ」
「目っていうか、前に触ったことあるから知ってるなって」
何故かスヴァルトはダイヤとは別の魔王石を持っているらしかった。
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