105話:ダークエルフの日課
僕が名付けた黒い小さなドラゴンのクローテリアと、今は森の散策中。
っていうか、勝手にくっついてくるんだよね。今もユニコーン姿の僕の背中に乗ってる。
ドラゴンなんだからその背中の羽根使えばいいのに。
「あ…………何か来る?」
音を聞いて止まった僕の行く先に、鹿が現われた。
下草を食べに来たらしいけど、鹿は僕たちに気づく前に叫びをあげる。
首には飛矢。
三歩ほど歩いた後に、鹿は倒れてしまった。どうやら毒が塗ってあったみたいだ。
そして、やっぱり僕たちに気づかず射手が現われる。
緑のフードを降ろすと、尖った耳の浅黒さが目についた。
「ダークエルフ?」
「なのよ」
浅黒い肌、薄い金髪の髪は短い。目は若葉のような柔らかな色をしていた。
「は…………!?」
僕たちに気づいて矢をつがえた弓を構える。
その迷いのない動きに、僕は思わず威嚇を放った。瞬間、妖精たちさえ逃げ出して森がざわざわする。
「落ち着くのよ。ノームの所で会った相手なのよ」
「あ、本当だ。恥ずかしがりやの人だ」
確かダークエルフって凶暴で排他的、嫉妬深く怨みも強いなんて悪評を、自衛のために流してるとか。
目を見開いて脂汗を浮かべたダークエルフは、ぎこちない動きで弓を降ろした。
「その、邪魔してごめんね?」
「いや…………」
っていう割に動かない。
「えーと、このまま見てちゃ駄目?」
「なるほど、下賤の所業が珍しいか」
え? あ、そう言えばノームのフレーゲルが言ってたな。
恥ずかしがりやで自己評価が低いって。
「だが、高貴な君が見るべきではない。何、こちらが目を汚さない場所まで移動しよう」
「いや、ちょっと…………」
「本当に面倒なのよ」
うん、すごい自己完結でその上自己卑下もすごい。
無駄に自信家なこのクローテリアの半分くらい自信もっていいと思うよ?
普通に鹿の首に一発命中させた腕はすごいと思うし。
鹿を抱えて去ろうとしたダークエルフは、突然止まると鹿を降ろした。
「拙の愚昧さよ、忘れていた」
居住まい正すダークエルフは、僕に向かって膝をつく。
「妖精王アルベリヒさまの友たる、知恵深きユニコーンに感謝を捧げる。魔女の里へ我らが集落の窮状を訴えてくださった慈悲にお礼申し上げる」
どうやらノームのお遣いついでに魔女の里に行ったことのお礼らしい。
「大したことはしてないし、あれはフレーゲルが言ってくれたからだよ」
「他にも礼を言わなければならない。森の脅威となる軍の侵攻をとどめてくれた」
「あれはロミーのこともあって、僕がやりたいようにやっただけだし」
「であればなおのこと。湖の者たちとは共生している我々の暮らしを守ってくれたのだと言える」
そう言えば人魚とも協力関係なんだっけ、ダークエルフ。
湖から離れたことについてはダークエルフに頼むとあのアーディが言ってたんだよね。
このダークエルフはお礼を言える。面倒だけど悪い人じゃないみたいだ。
「ねぇ、やっぱり見てていい? 僕もの知らないから珍しいんだ。邪魔はしないよ」
「こっちも変だったのよ…………」
「嫌ならクローテリアは帰っていいよ」
「嫌なのよ! グリフォンに襲われるのよ!」
「だからって僕を盾にしないでよ。あ、だったらシュティフィーの所は?」
「着せ替え人形にされるのよ! 妖精も一緒になって弄ばれるのよ!」
「じゃあ、もうアルフの所で大人しくしててよ」
「妖精の親玉なんて何されるかわかったものじゃないのよ! ユニコーンはしっかりあたしを守るのよ!」
「…………ぷ」
噴き出したダークエルフを見ると、口を手で覆ってそっぽを向いていた。
「こほん、失礼」
「いいよ、別に僕高貴なんかじゃないし。ただのユニコーンだよ」
「それは…………どうなんだ?」
「どうって?」
「自分を知らなすぎるのよ」
「そう? 僕は自分のことよりユニコーンのことを知らないんだと思うけど」
「…………ぷ」
また笑われた。
「その…………見ても面白いことなどないと思うがね」
「僕は子供だからなんでも珍しいよ。クローテリアは?」
「獣なんて食いちぎるだけなのよ」
「つまり解体は初めて見るんだね」
「ふ、おかしな組み合わせだ」
言いながら手慣れた様子で解体を始めるダークエルフは、鹿の革を剥ぐ。
「君は、えっと幻象種なんだよね? どれくらい生きてるの?」
「ダークエルフは五百年前にできたと聞いたのよ」
クローテリアが偉そうに僕の背中でふんぞり返る。
「残念ながら拙は八百年ほど生きている。そうだ自己紹介が遅れた。拙の名はスヴァルト」
「僕はフォーレンだよ。スヴァルトって、アルフより年上なの?」
「アルフ?」
「妖精王のことなのよ」
「あぁ、あの方は再誕されるから上といっていいかわからないがな」
そういえばそういう考え方か。
「僕からしたら、妖精王じゃなくてアルフなんだよ。他の妖精王は知らないし、アルフの次はアルフじゃなくなるんでしょ」
「…………なるほど、変わったユニコーンだ」
スヴァルトは、ユニコーンであることを確かめるように僕の角を見つめた。
「こうして営みを続けられるのは君のお蔭だ。アルベリヒさまとどのような関係を築こうと、拙如きが感知する問題でもないが、君を友としたことは有益であったと言えよう」
「スヴァルトも森の暮らし好き?」
「…………さて」
あれ、違うっぽい?
なんだかスヴァルトの顔には自嘲が浮かんでいる。
「…………そう言えば、森には魔王側のひとが逃げ込んだってアルフが言ってたけど、もしかして?」
「ご名答」
スヴァルトは皮肉げに答えた。
つまり望んで森に住んでるわけじゃないってこと?
メディサたちは森の暮らしに満足してたみたいだけど、スヴァルトは魔王の下での生活のほうが良かったのかな?
「ゴーゴンにも聞いたけど、魔王ってどんなひとだった?」
「ゴーゴンに聞いたのか!?」
「聞いてたのよ」
なんか驚かれた。そしてクローテリアは呆れてる。
なんで?
「聞いちゃいけないことだった? メディサたち、普通に答えてくれたけど?」
「い、いや。知らないならしょうがない。子供とは時に純粋で恐れ知らずだ」
スヴァルトが乾いた笑いを漏らしながら言うと、クローテリアが溜め息を吐く。
「はふん、知らないわけじゃないのよ。妖精王の知識はがっつり持ってるから魔王の行いはきっとそこらの幻象種よりも知ってるのよ」
「それで、聞いたのか? 魔王に騙されたゴーゴンに?」
あ、だいぶナイーブな話しだった? そっか、直接聞くのは考えなしだったかぁ。
「僕、被害にあってないからちょっと想像つかなくって。なんかごめん。スヴァルトも魔王に騙されたりしたの?」
「いや…………。拙は…………」
スヴァルトは何か考え込んだ後に、何処か挑発的な目で僕を見た。
「言わせてもらうと、魔王に勝ってもらいたかった」
「そうなんだ。メディサも先進的って言ってたし、森に比べれば住みやすかったりした?」
下水道整備したらしいしって思ったら、なんだかスヴァルトは肩透かしを食らったような顔をしていた。
「こ、これが世代間格差か…………」
ジェネレーションギャップってやつだね。八百歳も差があるとそれはあると思うよ。
「こいつがずれてるのよ。今や魔王の肯定が禁忌なのは怪物の間でも変わらないのよ。魔王は世界的に迷惑をかけ過ぎたのよ」
クローテリアが僕の背中を尻尾で叩きながらそんなことを言った。
「魔王ってやっぱり悪い人扱いなの? アルフもゴーゴンも一定の範囲で認めてたから、褒められるところもあるひとだと思ったんだけど」
「いや、拙の勝手な慚愧の念だ。あの時もっと違う選択をしていればという。魔王は負けた。その事実がある限り、今さら何を言っても意味はない」
「負けたら悪ってわけじゃないでしょ」
「え?」
「え?」
なんかスヴァルトに信じられない顔されたんだけど?
「ほら、ずれてるのよ」
クローテリアがまた僕の背中を尻尾で打つ。
「いや、だって、戦争とかって最後まで残ったほう、勝ったほうがなんとでも言えるし。いいところはいいって言っていいと思うよ。認めないことにはそのいいところを活かすこともできないだろうし」
「妙なところ現実的だな、君は。いや…………拙の見識が狭いだけ、とも言えるかもしれない。五百年前から進歩もない、拙が」
スヴァルトは自虐的に呟くと、剥いだ革で肉を包む。
肉を包んだ革を、魔法で木の棒を作って肩に背負った。
「今の、魔法!?」
「あぁ、これも珍しいのか?」
「そっか、幻象種! ねぇ、僕に魔法教えて!」
驚くスヴァルトに、僕は魔法を幻象種に習いたい理由を説明した。
母馬が人間に殺されたところもさらっと説明すると、途端にスヴァルトは顔を顰めた。
「なるほど。それは、なんと痛ましい…………。いいだろう。拙程度でどれほど君の高潔な母君の教えを補えるかはわからないが微力を尽くそう」
教えてくれることになったんだけど、なんでそこまで自己卑下するかな?
これで恥ずかしがりや? 本当にアルフの森には癖の強い者ばかりだ。
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