102話:夜の散歩
ルイユがすごく真面目に聞いてくるから、余計になんて答えればいいかわからなくなる。
ほぼ行き当たりばったりだったんだけどな。
「秘訣なんてないよ。それに最後のほう、乱入者があってグダグダだったし」
「まず決闘とういう形に持ち込んだ時点で、軍からの侵攻を止めた。その一点においても、我々獣人にはない考えでしたので、そこに至る発想の根源をご教授いただけないかと」
「僕がやったことなんてほとんどないから、あえて言うなら仲間を作ったことだよ。ほら、あのシェーリエ姫騎士団とか魔女とか」
って言ったら、ぽかんとされた。
そして何故かアルフが深く頷く。
「確かにそれは獣人たちに足りないとこだな」
「そう、ですね…………」
「え、なんか言っちゃいけないこと言った? えーと、グライフ。グライフから見てあの決闘ってどう? 何か上手くいった決め手ってあった?」
落ち込むようなルイユの反応に困って、僕はグライフに話を振る。
「…………仔馬が人間のやり方を小娘どもから学んだ点、だな」
「人間のやり方を? グリフォンどの、それは我々獣人も学んでおります。故に今この時まで国を存続させているのです」
「いや、貴様らが学んだのはあくまで戦術的な面であろう。だが仔馬は戦略的に人間との落としどころを学んだのだ」
話が難しくなってきた。
そんな僕の心を察して、アルフが頬杖を突いてわかりやすく言い直してくれる。
「つまり、獣人は勝つために人間との戦い方を学んだ。けどフォーレンは勝ち負けの先に何を得るかを見据えて、姫騎士たちに相談したってのが違いだな。フォーレンの狙いはどれだけ敵を倒すかじゃない。軍をどうやって退かせるか、干渉を避けるかだったんだ」
「うむ。戦いを終わらせる方法を仔馬は考えたのだ。貴様らは一度の戦いを凌ぐことしか想定しておらんだろう」
つまり僕と獣人じゃ人間と戦う時に、見据える場が違うってこと?
ルイユも考え込んで黙ってしまう。
「なんの話なのよ」
僕たちが静かになったことで興味なさそうなドラゴンが声を上げる。
「戦争はどうやるかって話?」
「そんなの、敵を殺し尽して勝てばいいのよ」
怖いよ。なんで他の三人はそうだろうなって、納得して頷いてるの?
「殺し尽すって無理でしょ? 人間って数多いんじゃないの? 少なくともオイセン軍は、五千はいるってランシェリスも言ってたし。先発で五千だと後からもっと来るって」
「なるほど。数の不利を念頭に、ユニコーンどのは決闘という人数制限をかけたのですね」
なんか勝手にルイユが納得しちゃう。
「戦術ではなく戦略。確かに我々獣人には、一度の戦争を勝つことにしか注力していませんでした。どうやって勝つか、勝って何を成すか。我々の課題ですね」
しかも満足そうに結論出しちゃった。
それも僕の意見とかじゃなく、普通にルイユが考えた結果だと思うよ?
「そうそう。フォーレンのお蔭で当分オイセンは森に手出ししないだろうしな。軍が出張っても侵攻できない上に、怪物と悪魔が出てきて、入り込んだ奴らは見捨てられて、さらには国内に不穏分子がいるぞって言われたら、それどころじゃないって」
なんか調子に乗ってアルフがそんなことまで言い出す。
そこまで深く考えたわけじゃないんだけど。まぁ、結果的にはそうなった。
最初の取っ掛かりなんて、正面から戦っても勝てないし、軍を脅して帰ってもらおうくらいのもの。
戦術とか戦略なんて考えてないよ、僕。
いいほうに取ってくれてるならあえて否定はしないけど。
うん、色々考えてくれる仲間がいるって大事だよね。
「貴重なご意見をいただきました。私は国に戻ってこのことを報告させていただきます」
「気をつけて帰れよ。面白半分に上から襲ってくるヤバいグリフォンが徘徊してるからな」
「ヒキコモリの羽虫が何を言う」
アルフとグライフが睨み合う中、ルイユは丁寧にお辞儀して帰って行った。
アルフの知識曰く、獣人は目上に対して相手より頭を低くする風習があるんだって。
「ふふん、あたしのすごさをあの獣人はわかってるのよ」
「はいはい。調子に乗って変なことしないでね。首締まって死んじゃうよ」
ドラゴンが今自由に動いているのは、ノーム謹製の首輪をつけているから。
ケルベロスを繋ぐ鎖を元に作った首輪は、アルフが設定した禁則事項を侵すと締め上げるようになっていた。
もちろん窃盗禁止になってるから、反射的に宝物に飛びついても締まる。
前科者の自業自得とは言え、いきなり窒息されるのも気分のいいものじゃない。
「妖精王さま、よろしいでしょうか?」
「そちらにいらっしゃるのは、客人お二人とドラゴンもどきですわね?」
「姿を現してよろしいかしら?」
メディサに続いて、二人の女性の声がした。
「お、いいぜ。どうした、三姉妹揃って」
アルフが許可を出すと、ゴーゴン三姉妹が姿を現す。
体は女性だけど、蛇の髪、下から突き出す牙、金の翼、青銅の腕という見るからに強そうな姿。そして目には一つ目を描いた眼帯を巻いている。
「改めまして、メディサです。そしてこちらが二女のエウリア。長女スティナです。ご挨拶が遅れて申し訳ございません」
「三人ともそんな姿だったんだね。初めまして、フォーレンです」
「グライフだ。ふむ、存外ゴーゴンとは目がなくともなかなか…………」
グライフが目をつけるくらいには強いみたいだ。
ゴーゴンたちはすでにグライフの性格を把握してるのか、牙のある口で苦笑したようだ。
「顔を合わせられて良かった。いつも部屋を掃除してくれてありがとう。部屋にいつでも飲めるきれいな水置いててくれるのも助かってるんだ。ずっとお礼が言いたかったんだけど、やっぱり顔を合わせて言うべきだと思ってて」
僕がお礼を言うと、ゴーゴンたちは顔を見合わせた。
グライフも上からものを言い始める。
「褒めてやろう。俺が快く過ごせている」
「グライフ、それお礼じゃない」
「褒めているのだ。貴様も俺に褒められるよう、少しは幻象種らしさを身につけろ」
今関係なくない、それ?
って思ったら、メディサたちが笑い始めた。
「お褒めいただき光栄です。お礼の言葉をありがとう、フォーレン。…………今後ともお付き合いいただけるよう、親交を深める機会として、今夜、お部屋に訪れてもよろしいでしょうか?」
突然姿を見せてくれたメディサから、今度は突然夜のお誘いがあった。
え…………早くない?
まぁ、なんて冗談半分で思った日の夜。メディサは月影の中、声をかけてくる。
「五日に一度ほどやっている、ケルベロスの散歩です。お付き合いください、フォーレン」
ですよね。うん、実はあんまり期待はしてなかった。
ただちょっとした好奇心でそういうのを想像してみただけの妄想だ。
ちなみにグライフは寝てる。
鳥目だから夜を指定された時点でやる気なかった。
「あのグリフォン、夜闇程度に根を上げるなんて軟弱なのよ」
代りにドラゴンが僕にくっついて夜の散歩に同行する。
「君は暗闇でも見えるの?」
「ふふん、あたしは地中生まれなのよ。これなら明るいほうなのよ」
「そうなんだ。じゃ、自分で歩いてくれる?」
見えるくせにドラゴンは僕から離れない。と言うか背中にくっついて離れない。
メディサたちが連れて来たケルベロスは、たぶん気づいてないよ?
散歩が楽しみで、早く行こうって尻尾が物語ってるし。
「メディサ、だよね?」
「はい。この姿が本来の私です」
そう言って、緑色の髪の猫目美女が笑った。ちょっと頼りなさげな微笑み方が、親しみを感じさせる。
そしてケルベロスの尻尾ブンブンで靡く髪を払う仕草がなんか、色っぽい。
「ワンワン、バウバウ、アソブ」
「森の中を走ってはいけないわ」
ケルベロスの鎖を握るのは長女のスティナだ。
黒髪の優しそうな、こちらも美女。穏やかな語り口がお姉さんって感じだ。
「ケルベロス、涎」
興奮するケルベロスに、次女のエウリアが注意する。
「キャウ、ワンワン、ジュルリ」
え、ケルベロスが怯えた?
エウリアはちょっと怖いの?
顔つきはスティナに似て、青い髪のおっとり美人に見えるけど、うーん。
「今宵はお付き合いいただきありがとう、フォーレン。さ、ケルベロス。遊んできなさい」
やって来たのは悪妖精のいる草原だった。
「あ、あの爪痕はケルベロスか」
鎖を外して走らせると、悪妖精も大騒ぎして逃げ出した。
僕たちはその様子を、高い石の上から眺める。
ケルベロスが離れたことで、ドラゴンも人化してる僕の背中から肩へと顔を出した。
「どうしてこの森にケルベロスがいるのよ? 冥府の番犬のはずなのよ」
「いたらおかしいの? ケルベロスのいる穴が冥府の入り口とかでしょ?」
僕たちの疑問に、メディサはちょっと困ったように笑った。
「だったと言うのが正しいですね。ねぇ、姉さん?」
「私たちも聞いた話ですが、五百年前は確かに冥府の入り口だったそうですよ」
「魔王の時代に狙われたため、封鎖したと」
聞くと、魔王は冥府への入り口を押さえようとしていたそうだ。
そしてその動きを知った冥府の神が、ケルベロスを地上へと出し、魔王を牽制した。
魔王の侵攻が鈍ったその時、冥府の入り口を冥府側から塞いだのだとか。
「つまり、あの穴の奥はないの?」
「はい。下り坂になってはいますが、先はありません」
「え、でもケルベロスは?」
「そのまま地上に置き去りになっているのです」
痛ましげなメディサの視線の先では、ケルベロスが三つ首で悪妖精の逃げ込んだ穴を臭っている。
そんなケルベロスは洞窟から必要以上に離れないとアーディも言っていた。
もう、守るものもない洞窟から。
僕は今夜くらい、遊んであげてもいいかもしれないと思った。
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