101話:一時の別れ
オイセン軍が去ってから二日後。
人間からユニコーンに転生した僕、フォーレンは森の中を姫騎士団と歩いていた。
「まさかローズが起き上がれなくなるとは。ドワーフの火酒は聞きしに勝る代物だ」
「ふふん、口ほどにもないのよ」
得意げに言うのは、黒い小さなドラゴン。
決闘の時は素材として目をつけられるのを怖がって隠れてたのに、酒宴に気づいて乱入して来た困った相手だ。
「もともと幻象種が飲むものだし合わなかったんだろうってアルフが言ってたよ」
他にも火酒を飲んで起き上がれなくなった姫騎士がいたから、昨日は魔女の里で養生していた。
体調が悪くてお世話になったんだけど、大歓迎で騒がしかったな。
マーリエたちの恩人として、姫騎士団は僕とは別に魔女の作った蜂蜜酒は貰っていた。
「そろそろエイアーナとの国境だぜ!」
「ありがとう、ボリス」
今日はエイアーナに戻るシェーリエ姫騎士団を送っている。
「森の中を進めて良かった。オイセン軍が怨んで襲ってくる可能性があったからな」
「え、うわー…………」
「国の軍だから国境を超えれば平気だ。改めて言わせてもらう。フォーレン、君のお蔭で助かった」
森の境を前に、ランシェリスは立ち止まってそう言った。
「それはこっちの台詞だよ。出会ったのがランシェリスたちで良かった」
僕がユニコーン姿で答えると、ブランカの馬から声が上がる。
「これからお世話になりまさぁ」
「エイアーナまでお願いしまーす」
姫騎士団と同行することになったウーリとモッペルだ。
「塩を安く買い叩いてきやす! いやー、流通が止まってるなら破格でしょうにゃ」
「塩ってね、何処でも売れるからあって困らないんだー」
エイアーナまでの道中を、この行商の妖精たちは一緒に行くことになった。
動物と変わらないウーリとモッペルは、人間の争いには巻き込まれる。だから姫騎士団を護衛代わりに同行する魂胆だ。
まぁ、代わりにウーリとモッペルは妖精の知識を与える約束をしていたからイーブンなんだろう。
「二人とも、ランシェリスたちと仲良くね」
「軟弱者同士よくやるのよ」
「君はちょっと黙ろうか」
「ふぉい」
僕は鎖でドラゴンの口を縛る。小さいのに口が悪いんだよね。
「フォーレンもできれば妖精王とは上手くやってほしい」
「そうだね、アルフ放っておくと人間に迷惑だし」
なんてランシェリスと喋ってたら横やりが入った。
(どういう意味だよ、フォーレン!)
(そのままだよ)
動けなくて暇なアルフはどうやら僕越しにこの別れを見ているようだ。
「我々は今後エイアーナの安寧を助けるため尽力しよう」
「所属が違うから半年もいられないだろうけど、お酒、無駄にはしないわ」
ランシェリスとローズはそう言って森から馬を進めた。
「機会があればジッテルライヒへ来てくれ。私たちの拠点がある」
「厄介ごとなら真っ先に教えてね、ユニコーンさん」
「えー? 僕のイメージってそれ?」
シェーリエ姫騎士団から笑い声が返った。
「それでは。清きユニコーンに幸あれ」
ランシェリスたちは敬礼すると、馬で颯爽と去っていく。
ジッテルライヒかぁ。また会えるといいな。
「あ、遅かったかー」
「ロミー。もしかしてランシェリスたちを見送りに来たの?」
「そうよ。行動範囲が水辺に限定されなくなったし、せっかくこんな所まで来れたのに。珍しくて色々見て回ったせいね」
「ふふん、結局妖精ならあたしには劣るのよ。こんな森の中くらいで大袈裟なのよ」
ドラゴンが鎖を噛みながら口を挟むと、アーディが険しい顔でロミーの後ろから現れた。
「そんな不審物捨ててしまえ」
たぶんロミーの付き添いなんだろうな。相変わらず水辺の生き物には優しいらしい。
「なんなのよ、やるなのよ!?」
「黙れ、紛い物め」
「のよ!? 目が、目がーなのよ!」
ドラゴンは目に水を発射されて喋れなくなる。
狙い撃ちするという難しい魔法を使ったアーディは、何故か僕をじっと見つめて来た。
「妖精王の世話に疲れたらくるがいい」
「え? あ、アーディ?」
一言残して去るアーディを、ロミーが追いながら振り返った。
「フォーレンならいつでも湖にお出でってことよ」
「あ、うん。遊びに行くねー」
「そんなことよりあたしを守るのよ」
「自分の身くらい自分で頑張って。ドラゴンなんでしょ?」
「守るのよ! この森やばいの多いのよ!」
「だったら帰れば?」
「…………それは嫌なのよ」
理由は言わないけど、どうやらこのドラゴンはここにいたいらしい。
すると頭上から羽音が近づいて来た。
「いらぬのなら俺が貰ってやろう」
「ぎゃー! なのよ! そのグリフォンをあたしに近づけるななのよ!」
「貴様の鱗は嘴を研ぐのにちょうどいい。寄越せ、仔馬」
「やばいなのよ!」
うん、グライフのヤバさは知ってるよ。僕を食べようとするしね。
「フォーレンもてもてだな」
「これってもててるっていうの、ボリス?」
「ふむ。仔馬、悪魔にも呼ばれておろう。あれはそういう意味でも貴様を誘っている。あぁ、いっそあの羽虫の元から一時離れてみるのはどうだ? 存外住みよい場所が見つかるやも」
グライフが意地悪そうな顔で僕を見ると、アルフが慌てるのが精神越しにわかった。
(フォーレン! ちょっと戻って来てくれ! えーと、そ、相談したいことが!)
(それって戻らないと駄目なの? このまま話しても…………)
(ダメダメ! ちゃんと顔合わせて話そう!)
また面倒ごとかな。しょうがない。
「アルフが呼んでるから戻ろう。って、なんで僕の背中に乗るのさ? その羽根は飾りなの? 自分で飛ぶか歩いてよ」
「離れてやらないのよ! あの上から狙うグリフォンから、あたしを守れなのよ!」
ドラゴンが必死さを隠さない声で、走る僕の背中で訴えた。
森の上を飛ぶグライフは、わかって被害を出す弱肉強食の愉快犯だ。悪戯好きですぐ失敗するアルフとは対照的で厄介と言えば厄介。
今もちょっと木々が途切れたら、ドラゴンじゃなくて僕を狙って滑空してくる。
横に曲がって避けると、グライフは勝手に襲ってきて勝手に不服そうに舌打ちをする。ひどくない?
「グライフ、暇なら悪魔とでも遊んできてよ」
「羽虫が次は何を企んでいるのかくらい確かめねばな」
どうせ面白そうなら嘴を突っ込もうと思ってるんだろうな。
そんな僕たちが妖精王の住処である、国会議事堂にも似た石造りの建物に戻ると、一度見た獣人がいた。
「ルイユ、だっけ? どうしたの? 辛そうだよ」
「うぷ、お気遣いなく…………。ただの二日酔いです」
リスの獣人であるルイユは、鼻眼鏡を片手で押さえ、もう片手で口元を覆ってもごもごと答える。
「二日前の宴が尾を引いてるんだよ」
大量の魔法陣を展開しているアルフは、あまり王さまを名乗る重々しさもなく笑う。
やってることは森全体に結界を張るというすごいことらしいけど、あんまりそんな気がしないのは、ひとえにアルフの軽い物言いからだろう。
「二日前って、オイセン軍に勝った時の宴だよね? お酒弱いの?」
「えぇ、まぁ…………」
ルイユの目が僕の横にいるグライフに向く。
「む? そう言えば、猫の妖精が葡萄酒の後に出した穀物の酒を、木の上にいた者たちに回したな」
「お酒の弱いひとに飲ませちゃ駄目だよ」
「いえ、祝いの酒を断る無礼をするわけにはいかないので」
僕がグライフに言うと、ルイユのほうが止めた。
「それにしても、まさか人間がドワーフの火酒を飲んで死なないとは驚きです」
「え!? 姫騎士たち、死ぬかもしれなかったの!?」
「舐めるくらいなら平気だぜ、フォーレン」
正直、アルフの平気とか大丈夫って、あんまり信用できないんだよね。
って考えたら、精神の繋がりからアルフにわかったみたいで、遺憾だと言わんばかりの表情を作る。うん、説得力ないよ。
「それで、相談したいことって何? ルイユと関係ある?」
「相談ですか?」
どうやらルイユは違うみたい?
「いや、相談ってのは、ちょっと言いすぎだけど…………。このルイユが、オイセンとの決闘にすごい興味持ったみたいでさ」
「興味? あ、獣人も人間と戦ってるんだよね。確か、エフェンデルラントっていう国と」
「はい。収穫期を前にした今、いずれ今年最後の開戦が予想されています」
ルイユは酔いを飲み込むように喉を上下させて話し出した。
「オイセンが森への侵攻を進めてしまえば、エフェンデルラントが逸って無謀な侵攻を行うことも考えられました。妖精王の友であるユニコーンどのの差配には、感服すると共に感謝をお伝えいたしたいと妖精王に願ったのです」
「で、感謝のついでに上手くやった秘訣って何? ってことを聞きたいらしいぜ」
率直なアルフに、ルイユは困ったように笑う。
どうやらこれは今までとは別系統の厄介ごとのようだ。
秘訣…………そんなのあったかな?
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