100話:勝利の宴
ほぼ怪我人はいないのに壊滅状態となったオイセン軍が撤退したのは、決闘から五日も経ってからだった。
結論は現状維持。
けど司令官は去り際まで負けを認めず粘るという面倒な元気さを発揮してくれた。
「軍は森には入ってないとか、妖精王に反してないとか今さらだよね」
森の中でメディサたちが石化させた兵は、全員森の外に出して建築材料にしてしまったせいでそう強弁された。
「森に侵入した人間には罰を与えると従来の姿勢を受け入れさせただけとは言え、はっきりさせないと森の住人が暴れる可能性もあるというのに粘ったなあのご仁」
ランシェリスも呆れならが僕と一緒に暗踞の森へと戻ってきている。
「我々を陥れた罪人を引き渡し原因究明に協力しよう、なんて笑わせるわ」
ローズは肩を竦めて、もういないオイセン軍を睨むようだ。
オイセン軍は、軍に協力していた流浪の民を罪人として捕縛、妖精王へ半数を引き渡した。あの乾燥機を使って水路敷設を手伝っていた魔法使いだ。
保身もあって司令官はもう半分の流浪の民を捕らえて帰った。
「魔王崇拝の賊徒として、なんてそれで私たち神殿所属者のご機嫌伺いのつもりなのが余計に腹立たしいのよ。何を言っても我欲に走った言い訳にはならないわ」
「今回はローズを窘められないな。エフェンデルラントも獣人からの要請があり次第妖精王が対処するとフォーレンが告げた時の欲深い顔。彼らは争うことに富を見出すようだ」
これだけのことしておいてまだ戦う気の司令官に、ランシェリスも疲れたように言った。
実質はオイセン軍の負けだ。でも賠償はしない。代わりにこっちも森に入った者は好きに処罰させてもらう。
アルフも別に人間にしてほしいことないらしいから、そこが落としどころ。
だったんだけど、ケルベロスとかアシュトルとか、無駄に人間側の被害を大きくしてしまった気がする。
ま、自業自得と諦めて欲しい。
「人間って戦争好きなの?」
「違うと言いたいがあの司令官の場合、今回の負けの負債を返したいのだろう」
「そのためにまた戦いを求め、戦うなら勝利の美酒に酔いたいと願うのよ」
ローズはお酒を引き合いに出して自分の首を押さえた。
「じゃないと、今度は首が飛ぶでしょうから」
「一つ得るものがあれば、それを誇大にでも喧伝して首の皮を繋ぐだろう」
「あの司令官はエフェンデルラントから何を得られるの?」
「オイセンは隣国と国境線が噛み合うようになっているのだ。国境を広げられればいい」
「近すぎるのよね。そして歴史が物語るの。弱ってると攻められるから、攻めなきゃって」
うーん、平和な時代の一般人だった僕にはわからない感覚だ。
どちらにせよ、オイセンという国は面倒だと覚えておこう。
何せ王の権威があの性格の悪い騎士たちを連れてることにあると言うんだから。
(そう言えばここのところメディサたちを見てない。アルフは知ってる?)
(ほら石化オブジェ作っただろ、アーディと。あの石化戻すためにはゴーゴンの血が必要なんだけど、襲われるの嫌だからって血を敷設途中の水路の先に置いてる)
(は? えっと、それは…………罠?)
(そうそう、やってくる人間に備えて罠を張るのに忙しいんだ。アーディも)
(うん? なんでアーディも一緒に? あれ? アーディが湖に毒入れるなってゴーゴン近寄らせなかったんじゃなかったけ?)
(楽しそうだから気にするな)
僕が戸惑う内に、シュティフィーの木へと辿り着いた。
シュティフィーの木の下にはグライフや他の姫騎士団、マーリエの姿もある。
「戻ったか、仔馬」
声をかけて来たグライフへ答える前に、新しい客が姿を現した。
「どうも、ユニコーンさん。お約束の品お届けに上がりました」
そう言って、ノームのフレーゲルが小さな体で森の奥から現れる。
頭上には樽。人間一人入るくらいの大きさで、フレーゲルの小ささと力強さが強調されるような姿だ。
「はいはい、こっちもお届けでさぁ」
「持ってきたよー」
魔女の里のほうからは妖精の行商であるウーリとモッペルが現われる。
猫と犬の姿でよたよたと抱えて持ってきたのは素焼きの壷だ。
僕が手伝いに行こうとするより早く、グライフがウーリとモッペルと距離を詰めた。
「この匂い…………、酒か」
「駄目だよ、グライフ!」
ウーリから奪おうとするから、僕も駆けて行って止める。
グリフォン姿には力で敵わない人間姿だけど、角を突きつけたらグライフは僕から距離を取った。
「そんな臨戦態勢になっても僕はやらないよ。フレーゲルもこっちこっち」
僕は妖精たちを誘って姫騎士団の所へ向かった。
「はい、これ。今回手伝ってもらったお礼」
「フォーレン、せっかくだが受け取れない。私たちは」
「ドワーフの火酒、ドルイドの蜜酒、ノームの果実酒なんだけど?」
「え!?」
中身を教えると、ローズが歓喜の声を上げる。
けど、何故かすぐにしょんぼりしてしまった。
「貴重だし、いただくわ」
「ローズ、しかし」
「飲まないわよ、ランシェリス。エイアーナに必要とする人たちがいるでしょ」
「エイアーナ? どうして?」
「知らずにくれるのか、フォーレン?」
ただの珍しいお酒だと思っていた僕に、ランシェリスが説明してくれた。
「これらは珍しく美味いだけではない。活力や生命力を増す希少なものなのだ」
「はい、うちの蜜酒は薬酒としても販売してます」
「マーリエの言うとおりよ。だから私たちより他にもっと飲むべき人がいるの」
なるほど、とは思うんだけど。明らかにローズが欲望を耐える顔してるんだよね。
他にも姫騎士団で気にしてる人は酒好きなのかな?
僕の背後で羽根の音がした。
「飲まぬなら俺が貰ってやろう」
「グライフ、駄目」
僕の拒絶にグライフは不機嫌そうに尻尾を揺らす。
グライフが狙うくらいだったら、せっかくだし姫騎士団に飲んでほしいんだけど。
何か大義名分がないとこの姫騎士団は手をつけないだろう。
「あ…………。ねぇ、せめて口をつけて。でないとグライフに盗られちゃうからさ」
「でも、一口でも貴重な物ばかりなのよ」
「グライフも他人が口をつけたもの奪うほど卑しくないから。エイアーナに持って行くためにもさ」
不機嫌を隠さない様子で僕を睨むグライフだけど、否定はしない。
そんな様子にランシェリスが笑った。
「では、飲める者は一口だけいただこう。ただ貰うだけではフォーレンの気遣いを無碍にするようなものだ」
ランシェリスは姫騎士団たちを促すように手近な酒に手を伸ばした。
それはケット・シーのウーリが持ってきた素焼きの壷だ。
「これはなんの酒かな?」
「火酒でさ! 病みつきですよぉ!」
「ランシェリス、火酒はやめなさい」
ローズが真剣な顔をして止める。
いっそ毒呑むのを止めるような鬼気迫る表情に、ランシェリスも驚いていた。
「あまりお酒が得意じゃないなら、こっちの蜂蜜酒がいいよー」
クー・シーのモッペルが勧めると、マーリエも勢い込んで推す。
「我が家の自家製です。火酒よりずっと優しい味ですよ」
「そうか。ではいただこう」
貰って一口飲んだランシェリスは、すぐに頬が赤く染まる。
マーリエに褒め言葉を返してるけど、どうやらランシェリスはお酒が苦手らしい。
姫騎士団が酒を回しだすと、不服そうなグライフにウーリが近寄る。
手には別の酒が握られていた。
「グリフォンの旦那、こちらなんかどうでしょ? なんと、魔王時代に作られた葡萄酒でして」
「ほう? 良い心がけだ」
「今回、お近づきの印に。ささ、どうぞ」
なんかやってる。
前世の知識で越後屋とか金の菓子とか「お主も悪よのう」って出てきた。
「はーい、おつまみ作ったよー!」
「へっへーん! おいらが火を起こしてやったぜ!」
「ハーブ入りの葡萄酒もありますよ」
ガウナとラスバブは姫騎士団の間を走り回り、ボリスは火の前で踊ってる。
お酒に強くない人にはシュティフィーがお茶をあげていると、ロミーとケルピーもやって来て混ざった。
「ロミー、もう平気なの?」
「えぇ、存在が変わった途端に大きく力を使ったから消耗しただけよ。それに、湖から離れて独自の妖精になってるって実感が未だに湧かなくて、ちょっと不思議な気分」
ロミー独特なのかなって思ったら、聞こえたらしいシュティフィーが寄って来た。
「わかるわ。私も木々との繋がりが根本的になくなってしまった時、支えを失ったような頼りなさを覚えたの。けれどそれ以上に望む姿になれた解放感に浮き足立ってしまって、落ち着かなかったわ」
「そうそう、それ! はしゃぎすぎだって、アーディにも怒られたのよ。アーディだって人間への罠を面白がって張ってるから、湖から離れてるの人魚たちに心配されてるのに」
うん、ここは妖精同士で話してもらっておこう。
そしていつの間にか、酒宴になってる。
マーリエが追加の蜂蜜酒と一緒に、姫騎士団と一緒に助けた若い魔女たちを連れて挨拶に来たり、森の妖精たちが陽気さに誘われて歌い踊ったり。
「もっともってこいなのよー! あ、これまだ入ってるのよ」
「待て! それは我々がフォーレンから貰った物だ!」
黒く小さなドラゴンもいつの間にか混じって飲んでるし。
鎖がいつの間にかリボン巻いて飾られてるのは、ゴーゴンの誰かがやったのかな?
(いいなー。楽しそう…………)
(今度はアルフもやろう。いっそそこにみんなを呼んでやろうか。そうしたらメディサたちも参加してくれるかな?)
(となると敷物足りないなぁ。昔は客間とか食堂あったんだけどもう崩れちまってるんだよな)
僕は羨ましそうなアルフと話しながら、この世界で生まれて初めてのお酒を空けた。
どうやら、僕はお酒に強いみたいだ。
そんなことを思いながら、今はただ楽しい気分に浸ることにした。
毎日更新
次回:一時の別れ




