99話:妖精王の加護
森から現れたシュティフィーは、首に大きな傷を作っていた。
「それ、僕のせい?」
「そんな悲しそうな声を出さないで、フォーレン。私は元が木の妖精だからこんな傷、致命傷にはならないわ」
そんなこと言われても…………。
どうやらシュティフィーが僕にかけた加護は、傷を肩代わりするものだったようだ。
「つまり、フォーレンを私のものにするには、元ドライアドをどうにかしなきゃいけないのね。うふふ、障害があるほど燃えるわぁ」
「守りの妖精と化した私を倒すと言うのなら、相応の覚悟を持ちなさい。今一度、私は怒りに溺れましょう」
シュティフィーが目を見開くと、花冠の花が散って苦難の茨へと姿を変えた。
守るという意思に支配されたシュティフィーは、茨の壁を作る。
「そんな小さな棘で私を止められると思って? 切り刻んであげる!」
アシュトルは両手の爪を鋭く伸ばして、襲い来る茨の蔦を切った。
けれどシュティフィーの操る蔦はすぐさま新しい蔦を伸ばして次々に襲いかかる。
「硬い? その冠のせいかしら。ただの物質体じゃないわね、この植物」
「植物を依代に、私の力を流してあるの。あなたに効く一番の理由は、フォーレンを攻撃したからよ。忘れてはいけない一番の保護者がフォーレンにはいるでしょう?」
アシュトルがシュティフィーの相手をする隙に、精神の繋がりから声がした。
(フォーレン! そこら辺にいる妖精強化しといたから、その結界の中でも少しは動ける。誰でも呼んで助けてもらえ!)
(アルフ? うん、ありがとう)
アルフとの繋がりからかけられた加護を意識すると、近くにいる妖精の気配がわかる。
「ガウナ、ラスバブ! それとボリス! 手伝って。力で届かないなら数で押すよ!」
僕が声をかけると、結界の外に逃げていた小さな妖精たちが飛んでくる。
最初に答えたのはボリスだった。
「まっかせなー! おーい、みんな。シュティフィーに加勢だー!」
人間の子供大になっているボリスは、他の火の玉のような火の精を率いて、アシュトルの頭に火の雨を降らす。
「あん、うっとうしいわね」
「ならば、シルフの真似事でもしてやろうか」
わずらわしさしか感じてないアシュトルに、グライフが上空から風の魔法で竜巻を作った。
途端に火の粉と石つぶてがアシュトルを襲い、シュティフィーの茨ごと千切り飛ばしてしまう。
「こんなもの!」
精神体の悪魔には大したダメージはない。
けれどアシュトルの視界が塞がれたことで、僕は竜巻の中心に向かって突進した。
「あっぶないわねぇ。でも、積極的なその姿、熱くなっちゃう」
「じゃ、頭冷やしてね」
僕の角を避けたアシュトルが反撃に出る前に、地面が割れてガウナとラスバブが現われる。
二人が僕の背中に退避すると、地面からはアシュトルを狙って水の柱が迸った。
「ノームではないので少々時間がかかりました」
「けどそこら辺の落ちてる武器でガンガン削ったよ」
ガウナとラスバブにはアルフ経由で地面を掘るようお願いした。
そして地底湖に繋げてもらって、ロミーに攻撃してもらったんだ。
「あん、驚いた。けれどこの程度じゃ、私を倒せないわよ?」
距離を取る僕に、アシュトルは余裕の笑みを浮かべる。
その間も妖精たちの攻撃を受けながら凌いでみせた。
そこにさらに新手が現われる。
「連れて来たよー!」
「フォーレン、お待たせ」
ニーナとネーナが、追い風を作って守護獣のフクロウと犬猫を連れて来た。
いや、あっちも妖精のウーリとモッペルだ。
「へい、お待ち! ご用命の魔女謹製ケルベロス専用骨パンでさぁ!」
「硬いよ、大きいよ! ケルベロス垂涎の焼き上がりだよー!」
フクロウと一緒に持ってきたのは、フランスパンを骨っぽい形にした物。
ちゃんと三つ首それぞれのために三本用意してある。
見た途端、ケルベロスは姫騎士たちから顔を逸らして骨パンに釘づけになった。
「今よ、ランシェリス!」
姫騎士の結界維持に回ったローズの呼びかけに、ランシェリスは魔法のかかった剣を抜いて正眼に構える。
「聖女シェーリエの名において。聖なるかな、聖なるかな、万民に慈悲垂れる乙女」
ランシェリスが祈りを唱え始めると、元から光っていた刀身が白く輝きを増していく。
「褒むべきかな、褒むべきかな、神の栄光が天地に満つるその時まで立つ尊き意志!」
光は刀身を越えてそそり立つように伸びた。
清浄な光にケルベロスは全身を逆立てて吠え、アシュトルは直視できないように顔を背ける。
「聖女よ、我が信仰をお守りください!」
ランシェリスが祈りと共に剣を振り下ろすと、姫騎士たちは結界を解いて退避する。
剣の力を解放する溜めの間に逃げられなかったケルベロスは、首に光の刃を受けて地に伏せた。
「く…………!? 断ち切れない!」
「イタイ、ヒカリ、キライ!」
叫んだケルベロスは首を押さえられた状態で体の形を変える。
響き渡る咆哮は腹の底から本能を震わせるように、猛々しい害意に溢れていた。
毛に覆われていた尻尾は太くなると鱗が生え、首周りは鬣ができて毒蛇まで生える。明らかに今までより凶悪な姿になっていた。
その上口からは毒とは別に火が漏れて、毒ガスを発するようになっている。
「猫と犬! そのパンを寄越せ!」
グライフはウーリとモッペルが投げ渡す骨パンを空中で掴み、大きくなったケルベロスの牙の前を飛び去る。
「クイタイ、カミタイ、クイタイ!」
「ならば追ってくるがいい! 小娘! 剣をどけろ!」
怪物の咆哮に身を震わせながらも押さえ続け得ていたランシェリスは、グライフの合図で剣をどける。
途端に起き上がったケルベロスは、誘うように飛行するグライフに向かって跳びつこうとした。
けれど空でこそ本領発揮するグライフは、ちゃんと届かない距離を保ってケルベロスを避ける。
(フォーレン、森の中にゴーゴンたちが鎖持って待機してる。そこまで誘導してくれ)
僕はウーリとモッペルを呼んだ。
「二人とも、グライフをゴーゴンの所まで案内してあげて!」
「ひぇー、しょうがにゃーなー」
「匂いでわかるよー、こっちこっち」
ウーリとモッペルが走るのを確認して、グライフもケルベロスを誘導する。
振り返らないケルベロスが去っても、まだこの場の危機は残っていた。
「あぁん、ケルベロスは排除されてしまったわね。思ったより時間を食ってしまったわ」
小さな妖精たちは力尽きてシュティフィーに庇われ、そのシュティフィーは消耗が激しいらしく操る茨にスピードがなくなっていた。
受肉した悪魔とは言え、今のアシュトルは分身でしかない。その上力を削る結界の中にいる。
それでも生半可な力では太刀打ちできない。
(アルフ、お願いがあるんだけど)
(任せろ)
アルフの加護が僕の内側から力を発揮する。
僕は渾身の力を籠めてアシュトル目がけて走った。
僕は結局これしか手がない。
「フォーレン!」
ランシェリスが僕を手助けしようと動く。
瞬間、ランシェリスの剣を警戒したアシュトルは僕から目を逸らした。
さらにはまだ光っていた剣を見て、悪魔は苦しげに目を瞑ってしまう。
そこにシュティフィーが伸ばしていた茨の根がアシュトルの足を絡めとり、ロミーが操る水が泥となって足の踏ん張りを効かなくさせた。
「しまっ…………!」
「運がなかったね」
そう言って、僕はアシュトルの谷間を角で貫いた。
「あは! いいわぁ…………!」
恍惚とした声を漏らして、アシュトルは蛇になる。踏もうとするけど、素早く森へと逃げられてしまった。
「今回はちょっと欲張りすぎたわね。このまま引いてあげるから、今度は会いに来てね」
「嫌だよ…………」
「あらそう? じゃ、また会いに行くわ。待っててね」
「やめて…………」
僕の返答なんて聞かずに、アシュトルは蛇の姿で森の中に消えた。
(すごいね、アルフの加護。本当に当たったよ)
(幸運を上げたからな! 運よく当たればフォーレンの角が効くのはわかってたことだし、ただ単に格上の悪魔を運よく倒すより確率は高かっただけだよ)
そんなやり取りをしながら、僕は改めて周囲を見回す。
生き残ったオイセン軍は、みんな茫然と座り込んでいた。
悪魔や怪物が手に負えないことはもちろん、ほぼ一撃でアシュトル一人に無力化されてる。助かった実感がまだないのかもしれない。
「あ、結界消えた」
アルフ曰く、結界張ってた魔法使いたちの魔力が尽きたんだろうって。
悪魔対策で昔に作られた魔法で、当時は妖精女王が人間たちに味方してたからできた消費の激しい技らしい。
それを今、アルフの加護を失くして魔法が使いにくい中強行したんだから長くは持たなかったんだって。
「フォーレン、怪我はないかしら?」
「僕は大丈夫だけど、シュティフィーのほうが」
「私は平気よ。あなたたちを守れて嬉しいわ。でも、少し休まなくちゃ」
そう言って、シュティフィーは苦難の茨を花冠に戻すと、疲れきった妖精たちを抱えて森に帰って行った。
「助けられた礼は後で行わせてもらう。今は、新たな戦いに挑まねばならん」
そう言ってランシェリスはなんとか立ち上がったオイセン軍の司令官を見据えていた。
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