勇者の危機
ルトルトレッテを自由に歩き回れるようになった俺たちは、道具屋などを覗き見てポーションなど役に立ちそうな物を買った。
ちなみに、ポーション関連で初めて知った事は、ポーション中毒があるということだ。
あまりそういうゲームをやったことがないので俺は知らなかったのだが、回復薬を飲み過ぎるとダメージを喰らうようになるらしい。
これはアレだ。昔のことわざにもあった、薬も過ぎれば毒となるってヤツらしい。
道具屋のおっさんによると、30分以内に5回連続で飲み続けると中毒症状が出始め、六個目のポーションで中和状態。つまり全くHPなどが変動しない状態になるらしい。
さらに7個目を飲んでしまうと緩やかにHPが減り始める。毒を受けた状態と同じらしい。唯一違うのはステータス異常の欄に毒ではなくポーション中毒と表示されるらしい。
それでもやめずに8個目を飲むと、猛毒と同程度に急速に消耗し始める。
そして、9個目を飲むと一気に瀕死状態に。
この状態で回復魔法を受けると、一瞬回復するが即座に瀕死状態に戻るようになる。
つまり常時HP1状態。マジックポーションならMP1の状態だ。
そして10個目のポーションを飲んでしまうと……
とここでおっさんは言葉を切って話を終えてしまった。
あとは推して知るべしとか言われた。
まぁ、9個目で瀕死だし、次は即死だろうな。
推す必要すらなくすぐに思いつくっての。
龍華は干し肉をかなりの量買いこんでいた。
フリューグリスに着くまでの道中で倒した魔物のアイテムを換金した金で買ったらしい。
おこずかいとして俺達も少し恵んで貰った。
ちなみに、俺だけにちょっと多めにお金を恵んでくれた龍華は、小声でネリウ用のプレゼントでも買ってやれと言われてしまった。
龍華師匠、マジ漢。
武器屋や防具屋にも寄ろうかと思ったが、このメンバーでは武器を揃える必要も無いし、防具も……あんまり必要無さそうだ。
一番弱いイチゴにはすでに自前の装備があるし、龍華は不要。ヌェルも王国で一式揃えたらしく、「どうだこの宵闇のローブ? 儂にぴったりだと思わんか?」
などと頬を染めてローブを見せびらかせてきた。
白い太ももが見えたのはちょっといい経験だが、やはり厨二病はちょっと……
というか、ヌェルは本当に向こうに戻ったら元に戻るのだろうか?
もし戻らなければ土下座で彼女に謝らなければなるまい。
普通に厨二塗れの人生を俺がへし折ってテイム人生へのレールを歩かせてしまったのだから。
まぁ、本人は絶対気にしなさそうだけど。
俺たちは準備を整えルトルトレッテを後にした。
これからフルテガントに徒歩で戻り、城下町には入らず近くのフィールドで待機。
増渕のなんとか焔鳥が打ち上げられるのを待つだけだ。
しばらくは、普通に歩行できていた。
やはりとつめがいるせいか、魔物から襲ってくることはなかなかない。
襲ってくる奴はとつめより強い逸れ魔獣か、余程知恵のない雑魚である。
そんな奴らに、龍華が遅れを取るはずもなかった。
時にシザーブーメランで遠距離攻撃、間合いに入ってきても一薙ぎに伏していた。
当然、俺たちの活躍など皆無である。
ああ、わかってたさ。俺だって理解していたさ。
龍華が強すぎて活躍の場などないってことくらいはさ。
それから数時間、夕陽も傾き、沈み始めた頃のことだった。
綺麗な川に着いた。
目の前では鱗の化け物人間と……河童? 河童だ。河童がいるよ!?
その二種族が取っ組み合いの喧嘩を始めていた。
いや、鱗の化け物は武装しているし、河童は鋭い爪を振っているので殺し合いと言った方がいいかもしれない。
「ふむ……邪魔だな」
さすがに数が多い。これは龍華一人じゃ無理なんじゃ……
「ここで待っていろ。すぐ片付ける」
龍華はその言葉を残して乱闘の場へと一人走りだす。
あれ? 俺、男なのに、おいてけぼりだよ?
戦闘人数に入れられてもいませんよ?
「黄龍乱舞ッ!」
そして、龍華無双が始まった……
「相変わらず、聖のヤツは化け物だな」
「そういやヌェルは龍華と仲良いんだっけ?」
「まぁな。というか、前回の異世界からよくつるむようになったぞ。同じように悠久の時を過ごす仲だ。思い出話も山のようにあるでな」
なるほど。吸血鬼として12917年生きているらしいし……長寿過ぎるだろ!? って、あ、不死なんだっけか。
にしても、一万年って。そんな時代から良く生き残ってきたよな。龍華は昔話からして約2000歳くらいか。龍華の五倍年上……まさにロリバ……
ヌェルになぜか睨まれたので思考を中断した。
まさか思考解読能力でも有しているのか吸血鬼は?
ヌェルと無駄話をしている間に龍華の準備運動も終わったらしい。
いつもと変わらないしかめっ面で戻ってきた龍華は、森の方に視線を向けた。
「どうやら、そこの森の中に知り合いがいるようだ。行ってみないか?」
知り合い?
俺はヌェルと顔を見合わせる。
「じゃあ、行ってみるか? イチゴはどうする? 止めとくならこのまま城に向うけど」
「い、いえ。行きましょう。誰か別の人と会うかもですし」
それもそうだな。増渕たちがこんなところに居るとも思えないし。もし居れば森の上を焔鳥とやらが舞っているはずだ。
俺たちは互いに頷き合い、森へと入ることにした。
しばらく、息を潜めて歩いていくと、剣撃が聞こえてきた。
龍華と顔を見合って俺の周りに全員を集めて慎重に進む。
隠密効果で周囲の味方の気配も限りなく薄くできるらしい。この能力を有効利用して、全員一塊で近づいていく。
叢を掻き分けていくと、前方に見知った顔ぶれが見えた。
なんと手塚たちである。
二足歩行の豚が十匹程彼らの目の前に存在していて、どうやら戦闘中らしい。
日本が率先してブタの化け物、おそらくオークだろう。と切り結び、慣れない手つきで手塚がオークの一体と戦っている。
残ったオークは全く動いていない。
大井手が重力魔法で拘束しているのだろう。
かなりの大魔法らしく、口を真一文字に結び真剣な顔は若干青い。
そして赤城。後方で大井手を護りながら日本と手塚に指示を飛ばしている。
なぜか彼は戦闘に参加していないようだ。
「ふむ。どうやら運がいいらしい」
小声で呟く龍華。
少し声が弾んでいるのは助けに来た対象が生きていたからだろうか?
「みたいだな。行くか龍華?」
「ふむ……」
少し考える仕草をしながら、龍華は俺たちを見回す。
「よし、まずは薬藻が至宝のフォローに走れ。その後、機を見て私とななし……いや、ヌェルティスで攻撃を仕掛ける。イチゴショートケーキはとつめが暴走しないように見張りながら全員の補助を頼む」
「は、はい」
「了解だ」
「いいけど。なんで俺が先陣なんだ?」
「お前しかいないだろう? 助けるだけなら簡単だ。だが、手塚至宝が望んでいるのは、私ではあるまい。そしてヌェルティスでもイチゴショートケーキでもとつめでもない。お前だ薬藻。男なら、全力で助けて見せろ」
龍華……お前って奴は……
チクショウ、師匠、目から汗が止まらないぜ。漢過ぎるぜあんたはっ。
俺は心の中で龍華に頭を下げ、手塚の元へ走る。
ヌェルととつめは雰囲気を察して俺から離れ、龍華の指示に従っていた。
とつめ、俺以外の人の話しちゃんと聞けるんだな。
俺は全力で森を駆け抜ける。
ただの全力疾走じゃない。文字通り、全力だ。
「flexiоn!」
光に包まれながらも手塚目指して突き進む。
ああくそっ。オークの攻撃で尻もちついて倒れやがった。
オークのヤツが大鉈を振り被る。
間に合え俺、ここが男の見せどころだろうがっ!
「スピードブーストッ!」
さらに加速。俺は多分、今までで一番全力で手塚の元へと駆け抜けた。




