ソレの名は冷戦と言うそうです
ネリウはゆっくりと立ち上がると、不気味な雰囲気を纏わせたまま、俺の対面へと近づく。
立ち昇るプレッシャーに、俺は思わず固唾を飲んだ。
本能が警鐘をならしている。
早く危険を回避しないと大変な事になると伝えてくる。
無言のまま、対面に座ると、両手を組んで肘をテーブルに乗せる。
その手に口元を隠し、俺に空洞の視線を向けてきた。
その威圧感に思わず身の毛がよだつ。
「さぁ、尋問を開始しましょうか?」
そして、地獄の時間がやってきた。
結果を言えば、俺は即座に自白した。
別に隠すものでもなかったし、直接的な原因は桃栗だったため、一部始終を余すことなく伝える。
そう、ヌェルを落とす事になった時は、命令に従っただけだと。
とつめをテイムする時も、桃栗の言葉に従っただけだと。
撫でただけだぜ? それで気が付いたらテイムしてしまったんだ。
ほら、俺に罪はないだろ? な? なぁ!? ないと言ってくれよっ!
「ねぇ。聖さん。この男、どう思います?」
「私に聞かれてもな。男のハーレム願望はトト様も持っていた。そもそも私はお前たちとは時代が違うしな。否定はしない」
「話にならないわね。トルーアさん」
舌打ちしながらネリウは小さく、しかし突き刺さるような声を出す。
「は、はいっ!?」
名前を上げられたトルーアが姿勢を正す。
「この男、どう思うかしら?」
「そ、そうね……女ったらしだと思います」
「そうね。女ったらしね。女の敵ね。そんな奴の毒牙にこれ以上誰かが掛かる前に……潰さなきゃ。ねぇや・く・も」
なぜそうなるっ!?
「決を取ります。武藤薬藻は無罪だと思う方」
龍華、そして良く分かっていないアルテインが手を上げる。永遠の親友になったはずの信之は今回俺を見捨てたらしい。油汗まみれで俺から視線を逸らしている。
チクショウ、覚えてろよッ!
「では、有罪だと思う方」
ネリウが今、静かに怒っているのを分かっている彼らは遠慮なく手を上げる。カウンターにいる宿の女将さんまで手を上げていた。
「では。どんな罰を与えるべきかしら? ねぇ?」
「去勢」
のっけから物凄い罰が出た。
いやいやいや、伊吹さん。それはさすがにマズいでしょ?
「それもありね。他に意見もないようだし、盛る駄犬はちょん切るのが一番かしら? ねぇ?」
「愚か者ッ! それでは儂が子を成せんではないか。却下だ却下!」
「……田中さん」
壊れたガラス細工のような瞳から一転、ネリウは息を吐きだし白けた眼をヌェルに向けた。
そして、自分の指に填まった、あの指輪を見せる。
どうやら邪魔者であるヌェルを味方に引き込むつもりだ。
そんなに俺を女の敵に認定したいのか。
「なんだ?」
「これ、私と薬藻の、婚約指輪。彼がくれたのよ。証人もいるわ」
不敵に笑うネリウ。それを聞いたヌェルが俺に視線を向ける。
俺が答えに困っていると、やがて納得したように視線を外し、ネリウを見る。
そして、ニヤリと笑った。
「ふふ。甘いな山田。そのような道具など無意味。儂はすでに肉体関係にあるでなっ」
キスだけですがっ!?
「たとえ二股されようと、この気持ちは変わらんぞ。必ず儂だけのモノにしてくれるわ!」
「バカなっ!? そこまで堕ちたの田中さんっ!?」
……今さらながら、テイムの恐ろしさを見た気がする。
俺、ヌェルへの責任取らなきゃ不味いよな……え? この年で身を固めろと?
冗談じゃないぞ。それじゃあ俺の人生、墓場直行じゃないか。
しかも相手が吸血鬼とか。年が離れすぎてる以前の問題じゃないのか!?
「くぅ、これはもはや直りそうにないわね……薬藻を弄るのもこれではストレス溜まるだけだし」
忌々しげに吐き捨てるとネリウが立ち上がる。
天を見上げて睨みつけた。
「桃栗マロン。戻ったら酷いから。覚えていなさい」
よ、よかった。ネリウは俺を本気でどうこうする気はないようだ。
ただ、ギロリとヌェルを一睨み。
ヌェルもネリウに睨みを効かせる。
なぜだろう、その時周囲の空気が一気に下がった気がした。
不穏な空気を感じた信之や、アルテインパーティーがそそくさと宿屋を出て行った。
マジックポーションを買ってくると言い訳までして出て行きやがった。
俺は思わず龍華に視線を送る。
助けて下さい、師匠。
龍華も視線でアイコンタクトを送ってくる。
それも男の甲斐性だ。乗り越えろ。私から送れる言葉は一つ。リア充爆死しろ。だ。
しかし、龍華は助けてくれそうになかった。むしろ面白そうに無関心を決め込んでいる。
できればここから逃げ出したいが、さすがに両腕を拘束された状況ではどうにもならない。
頼りになりそうな奴もいないし、どうしたものか……
「そろそろ行くぞ、お前たち」
戸惑っていた俺は、宿屋の入り口からやってきた声に救われた。
どうやら増渕たちが帰って来たらしい。
まだ問い詰められてから30分と経ってない。
俺としてはネリウに睨まれていた時間は丸一日分に感じたのだが、気のせいだったらしい。
それにしてもお早いお帰りだ。付添だったイチゴが物凄い疲れた顔をしていた。
「もう、行ってきたのか?」
「帰りはムーブで一瞬だったからな。これから六人単位で移動するぞ。先発隊は既に送ってきた。後はお前たちだ。さっさと行くぞ」
俺たちの人数は六人以上なため。もう一往復に分けることになった。
ネリウたちの冷戦を何とかしたかったので、俺は増渕に泣きそうな瞳で懇願する。
ここから助けてください。と。
増渕の憐れんだ瞳が一瞬俺に向けられるが、無情にも伊吹と龍華だけを連れ、先に移動してしまった。
針の蓆です。誰か助けてください。
誰かと助けを求めれば、カウンターの女将さんが眼に入る。
しかしこちらに気付くとすぐに視線を逸らされた。
あと頼れるのは……
チラリと見つめたのはとつめだった。
俺の意思を悟ったのか、俺から離れたとつめは冷戦を続ける二人の元へ。
そして、水風船で威嚇を始める。
「何をしとるんだこいつは?」
「邪魔よ」
と、ネリウが手を振ると、水風船が破壊される。
……あれ? これ……まさか……
とつめが水風船が無くなった事実に涙を滲ませる。
「だ、誰かここから出してくれぇぇぇぇ――――っ!!」
その日、フリューグリスの一角で、光の柱が立ち昇ったとか……




