薬藻、幼女を籠絡する?
余りの衝撃に、俺は思わず見入ってしまった。
悲鳴を上げなかったのは褒めて貰いたいくらいだ。
まさか少女と思っていた女の子が魔物の一種だったとは。
今までは龍華が一撃で魔物を屠っていたせいで遭遇メッセージすら出現していなかったが、視界にメッセージボックスが表示され、一つ目小娘が現れたと表示された。
どうやらその一つ目小娘がこの少女の身体をした魔物の名前らしい。
一つ目小娘はドングリ眼をぱちくりとした後、おもむろに俺に近寄ってくる。
慌てて構えを取ると、左手に持っていた水風船をこちらに向け、飛ばす。
しかしゴムに阻まれ手元に戻る。
攻撃が来ると焦った俺だったが、杞憂だったらしい。
一つ目小娘は必死に水風船をぽんぽんと飛ばしてくるが、ゴムのおかげで手元に戻って攻撃にすらならない。
射程も普通に屋台で売ってる水風船と同じだった。
これ、くらっても水浸しになるだけじゃ?
ということは、この魔物は攻撃力がないのかもしれない。
俺は警戒を解いて頭をかく。
別に放置して田中の元へ走ってもいいのだが、なんだか放っておけない切なさがある。
仕方ないので一先ず頭を撫でてこちらに敵意がない事をアピールした。
桃栗のヤツが魔物の頭撫でてみろとか言ってたしな。せっかくだから試してみよう。
いきなり頭を触られて戸惑う一つ目小娘だったが、しばらく続けていると顔が綻んできた。
さらに続けていると、両手を下げて完全に無防備になってしまった。
よし、これで敵対することはなくなっただろ。
さすがに子供と戦うのは避けたいしな。
と、思っての行動だったのだが……
―― 一つ目小娘をテイムした! 新たなPASSIVEスキル・モンスターテイムを獲得しました!――
変な能力に目覚めた。
え? なにコレ?
思わず手を止めメッセージに眼を奪われていると、一つ目小娘がこちらを見上げてきた。
大きな瞳が潤んだように俺を見つめてくる。
まるでもう撫でてくれないの? とでも言っているようだ。
ちょっと和む。
……
…………
……………………っは!?
しまった。田中迎えに行くの忘れてた。
俺は手を止めると慌てるように駆け出した。
一つ目小娘にじゃあな。と手を上げて去ろうとすると、なぜか俺の裾をむんずと掴む一つ目小娘。
「いやいや、俺、急いでるからっ」
しかしだ。潤んだ瞳を見せられると、このまま放っていくのはマズい気がしてくるというか。
別に俺はロのつく性癖はないのだが、どうにも泣きそうな子供は放っておけないんだよな。
でも確かにこんな場所に一人放置していくのは気が引けるし……仕方ない。
俺は一つ目小娘をひょいと抱え上げると、背中に背負って走る事にした。
にしても、軽いな女の子。
いや、これは魔物か。半ば容姿が少女というか幼女のような体躯なので女の子扱いしてしまうが、理性や知識はあるのだろうか?
一応、魔族がいるくらいだし、知恵くらいは持ってるよな。
じゃあ普通の女の子として扱っても問題はなさそうだ。
……うぅ。背中に当る柔らかな肌がなんとも……今まで女の子と触れあう事なんてなかったから緊張してくる。あ、ネリウを背中に背負ったことあったか。忘れてたぜ。
当の一つ目小娘は全く理解していないようで、俺の肩に手を置いて高くなった視線に興味津津で楽しそうにしている。
全く、何やってんだろう、俺。
こんなところ誰かに見られたら絶対茶化される。
とくにネリウとかネリウとかネリウとか。あいつにだけは見つからないようにしないとな。
早く田中の元へ向おう。
と、走っていた時だった。
突如、天から声が降ってきた。
『薬藻っちー。そろそろ右手の森に入っちゃって。ヌェルっちそっちいるからー』
どうやら桃栗がエスコートしてくれるらしい。
俺はすぐに道から逸れると森へと向かった。
というか、まさかずっと見ていたのか!?
『にしても、いきなり出会った小娘をナンパして持ち帰りとは、なれ随分と鬼畜じゃな』
そ、そら耳かな? 小出の声が聞こえた気がするけど、気のせいだろう。
『ロリじゃな。なれ、見かけによらずロリロリロリータ大好きロリコーンじゃなっ♪』
「うるさいっ。こんなスキルやら魔物を作りだした奴に文句言えよっ。特にそこで楽観視してやがる栗女とかによっ!」
『だ、誰が栗女っすかぁ!? あたしは桃栗マロン。マロンとお呼びマロン様と!』
桃栗が叫ぶが、俺は無視して走り続ける。
途中、ゴブリンやらスライムやらに遭遇したが、なぜか慌てるように逃げ去っていった。
理由はわからないが、無駄な戦闘が起きないなら問題はないだろう。
にしても、随分鬱蒼とした森だな。
陰鬱とした雰囲気がなんとも不気味だ。
日の光が殆ど差し込んでこない上に生えている木々が歪というか……うわっ、動いた!?
―― エントが現れた! ――
ちっ。歪な木と思ったら魔物だったか。
―― エントは逃げ出した! ――
……あれ?
なぜか即座に反転して逃げ出すエント。木でできた身体のせいか、動きが遅い。
すぐ目の前で後ろを向いてゆっくりと逃げ出しているエンテは、間抜け以外のなんでもなかった。
後ろがガラ空きだ。どうみても好きに攻撃してくださいと言っているようなものだ。
そして、俺の目の前にダイアログボックスが現れる。
―― エンテを逃がしますか? はい いいえ ――
とりあえず、はい?
選択すると、エンテはさっきまでより多少早く動いて視界から消えて行った。
どうやら向こうが逃げ出してこちらより速度が遅い場合、見逃すかどうかは俺たちで決められるようだ。
別にダイアログボックスとか必要無い気がするなぁ。と思っていると……
「な、なぜまたあああぁぁぁぁっ」
どこか聞き覚えのあるウザッたい声が聞こえた。
ホントにいたよこんなとこに。
俺は声のした方へと向け、足を速めたのだった。




