主人公、動き出す
『あー。テステス。薬藻っち聞こえるー? 聞こえたら返事よろー』
伊吹とトルーア、そして俺の三人で屋台巡りをしていると、突然声が聞こえた。
本当に唐突だったので手に持っていた林檎飴を取り落としてしまう。
林檎飴は無残に地面に落下し、それを見ていた猫が眼を光らせて飛びついた。
丸い物に眼がないらしく、片手でてしてしと転がして遊びだす。
砂塗れでもう食べられそうになかった。
しかも伊吹とトルーアが何やってんの? といった視線を送ってくる。
俺は空耳かと思いながら周囲に視線を走らせる。
声の主はどこにも見当たらない。
やはり気のせいか?
『あー、薬藻っち、あたしの声は今んとこ薬藻っちにしか聞こえないんで、返事とかいいから』
いや、気のせいじゃない。
しかも俺の名前を知っている。
あれ? ちょっと聞き覚えのある言い方な気がするな。クラスメイトの一人が俺の呼び方を薬藻っちと呼んでいた気がする。いや、でも、なんであいつが? 他人の空似か?
『とりあえず、女神様からの天の声ってヤツだにゃぁ。少々厄介なことになってるんでまずは落ちつけ』
天の声って……自分で女神様とか。頭大丈夫か?
いや、でも、とにかく落ちつこう。
俺は周囲を気にしながらも深呼吸をして精神を落ちつかせる。
突然深呼吸などしだしたので注目度は抜群だ。俺の精神力がガリガリ削られている気がする。
『んじゃ、まず。この世界に置いて勇者と魔王の関係は理解できてるかにゃ?』
思わず「ああ」と返事をしかけ、いきなり喋り出したらそれこそ変人だと気付く。
頷くだけに留めることにした。
『ヌェルティス……じゃなかった田中……えっとななしだっけ? ななしっちのスキルにね、魔王の卵が付いちゃったんだわ』
ヌェルティス? 田中ナナシ? ああ、あの厨二病発症させちゃってる金髪ツインテールの娘か。
陶器みたいに白くて華奢、顔も可愛いのに言動が物凄くイタい可哀想な女の子だ。
あの口調と思考がなければ間違いなくモテるのに。
と山根と話題に上げたことがあったっけ。
女子にモテたいと豪語するあの山根ですら付いていけそうにないからパスと言わせた少女だ。
顔は確かに可愛いし好みではあるが、俺も厨二過ぎるのはちょっと……まぁ、俺も周囲の一般人からすれば十分厨二病に見えるんだろうけどな。怪人だし。
「魔王の卵? 語感からすると魔王になるってことか?」
『うん、そうそう。ようするに次期魔王候補様。魔王が死んだ時点で未来の死亡が確定ね』
相当マズいじゃないか!?
なんとかできないのか?
『いい。あたしが薬藻っちに声をかけたのは、ヌェルティス……じゃなくてなな……ああもういいや。ヌェルっちで。ヌェルっちに一番近くて行動してくれそうだから声を掛けたのだよ。言わば女神に選ばれたって奴ですな……役得役得♪』
全く意味が分からない。
でも、田中の近くで行動できるからということは、まだ何かしら田中が魔王になるのを回避することは可能だということらしい。
『このボタンを押したままで話せば会話できるのじゃな。むとー、妾じゃ。葛之葉じゃ。死んだと聞いておったが生きとったようだの』
『ちょ、葛之葉っち、何やってんの!?』
……ん? なんで別人の声が? つーか葛之葉って。クラスメイトの小出か?
「葛之葉って、小出さんだったっけ。ってことはそこ俺のクラスじゃん……っつーことはあのしゃべり方……お前、桃栗マロンか!」
なんとなく気付いてたけどありえないだろうと結論を放棄していたのだが、やはり合っていたらしい。
ため息を吐く音が聞こえ、桃栗が馬脚を現した。
『はいはい、正解おめでとー。桃栗マロンちゃんですよーだ』
「なんでまた桃栗が天の声やってんだ? お前、一体何者だよ」
『そ、それはそのアレ、アレだよアレ』
お前はオレオレ詐欺でもしてるのか?
『と、とにかく、今は急いでヌェルっち助けてあげてにゃぁ。放置すれば放置する程ヤバイ状況なんだってばぁ』
「それはわかったが。その魔王の卵だっけ。そいつの能力で俺が助けに行ってさらに悪化させるみたいなことはないのか?」
『それは安心なされい。あたしが全能の女神としてチートな能力を授けよう。その名もフェイト・ブレイカー。一応、アルテマっちたちに持たせたんだけど、どうせならもう一人くらい切り札ほしいしにゃ。あ、あとバグ取っといたから。薬藻っちのステータス見れると思うにゃぁ。ついでに、一つ特殊な能力付けといたから。今はまだ開花してないけど特定行動で覚えるよ。魔物の頭撫でてみ』
ステータスが見れる? 後で確認しておくか。
『というかなれら、話の内容がわからんのじゃが、一体何の話なのじゃ? 妾も混ぜよ』
小出が時折天の声に割り込んでくる。
桃栗には邪魔で仕方ないようで、あっち行けと迷惑そうな声を出しているのが聞こえる。
なんだろう、この微妙な感じ。
電話越しに向こうで子供が暴れてるようなものだ。
「桃栗……会話中?」
不意に、伊吹から声がかかった。
我に返ると、周囲からの視線が痛い。
ついつい桃栗と話すのに意識がいっていたが、街中というのを忘れていた。
「桃栗、後で龍華たちと合流してから説明しろよ。お前絶対何か知ってるだろ」
『うぐっ。ま、まぁ仕方ないにゃぁ。でも、今はとにかくヌェルっちを頼むぜ薬藻っち。ただし、フェイト・ブレイカーは薬藻っちにしか付けてないから他の人は連れて行かないこと。魔王の卵にどう反応しちゃうかわっかんねーし。あと、フェイト・ブレイカーを有効にするために……ヌェルっちにあったら速攻、チッスよろ!』
…………今、なんと?
『ではでは、また合流後に。あ、チッスはキッス、キスのことだから! やんないと発動しないからにゃぁ♪ 詳しくはウェブで! じゃなくてステータスの説明画面で!』
俺が唖然としている間に、桃栗は勝手に言いたいことを言い終え通信を切ってしまった。
…………後でブチ殺す。




