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俺のクラスメイトが全員一般人じゃなかった件  作者: 龍華ぷろじぇくと
第七話 勇者は嫌でも復活する
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龍華の昔話1

 それは唐突に、しかし必然的に私の鼻へと漂ってきた。

 時は深夜過ぎ。

 当時五歳の私でも、それが煙のだすきな臭さだとわかった。


 西暦一九〇年二月。

 私は(カカ)様と中国、洛陽に住んでいた。

 父は病弱な母を置き去りにして朝廷に向かったきり帰ってこない。


 母一人、子一人の質素な生活を送っていた私にとって、火事というのは初めて出会う災害だった。

 それでも、母様の手伝いで作る食事に火を使うため、火の怖さは知っていた。

 私より早くに気づいた人々の逃げ惑う声が絶え間なく聞こえる。

 でも、領主董卓の兵や役人の声らしきものは全く聞こえなかった。


 私はまだ眠っている母様を起こすべく、母様の枕元に這い寄った。

 体を少し揺すってみる…………

 反応はない。


 何度も揺すってから、母様の顔を覗き見て、ようやくその訳が分かった。

 青い顔をしていた。

 私は慌てて戸を開けに行く。それからすぐに母様を引きずって外にでた。


 家屋が熱い。

 煮えたぎる釜の近くに寄ったときのように、いや、それ以上の暑さが私と母様を包み込む。

 息苦しさに咳き込みながら、ようやく外に這いずり出ると、そこはもう、地獄絵図さながらな情景だった。

 本当にここがあの洛陽だったのかと思わずにはいられない。


 眼下に広がる家々からはすでに火が轟々と踊り狂い、黒く立ち上がる煙は、逃げ惑う私たちをあざ笑っている巨人のように見える。

 数人の逃げ遅れたらしい人たちが、炎を纏いながら、逃げる人にしがみつき助けを求めている。

 逃げることに必死の人たちを押し倒し、炎を分け与えて息絶える。


 私は息を呑み母様の手をぎゅっと握り締め、母様の顔を確認した。

 意識はまだない。それでも、母様の顔は幾分やわらいで見えた。

 その顔を見ると、自然と恐怖は消えた。


 ただ、母様を助けるため、この場を早く離れることのみを考えることができた。

 悔しいことだが、父親譲りの怪力で、母を背負う事はなんとか可能だった。

 母様を背負い、町の出口を探す。


 進みは遅く、母の重さに何度もバランスを崩す。

 確かこっちを行けば出口だったと、母に連れられていった幼い頃の記憶を辿り、ゆっくりと歩を進める。

 確かに、この道で合っていた。朦朧とする私の目の前に町の入り口を示す門が見える。

 ……でも……私の目の前にはもう一つ、門を塞ぐようにして倒れている家屋が、焔を纏い、門全体を赤く彩っていた。

 門に向えば、確実に火だるまになる。これでは外に脱出などできない。


 洛陽は他にも門はある。ただ私が行き道を知らないだけで、ちゃんと東西南北に門があるのだ。

 そこから出られれば……そう考えた。

 でも、なぜ町全体が火の海に飲まれたのか、役人や我がもの顔で町を歩いている董卓軍がいないのはなぜか?


 そして先日、虎牢関が連合軍に落とされたとか噂していた衛兵たちの言葉。

 董卓の妾で離宮に幽閉状態だった女性の一部が突然家に帰されたこと……

 幼い私でもそれがわかった。


 董卓が帝を連れて遷都というものを行ったのだ。

 ご丁寧に都が敵の手に渡らないよう焼き捨てて……

 私たち民人をも巻き込んで……


 内側から湧き上がってくる粘ついた黒い想いを胸に、私は母様の状態を確認した。

 火事を起こした犯人は許せないが、今は母様と生き延びることが先決だ。

 だが、都からは出られそうにない。


 炎は幸い、大地を糧に燃えることはないようなので中央の広場か他の広い場所に出られれば、あるいは……

 私は来た道を引き返し、中央の広場を目指す。

 しかし、運は私に味方しなかった。

 上から影が差す。

 振り向いた私の瞳に、倒壊してくる家屋が映った――――




 気が付くと、私は無傷で助かったらしい。

 自分の身体がちゃんと動くことを確認し、ハッと気づく。


「母様!?」


 後ろを振り向くと、母様の姿があった。

 安堵しかけて気付く。鎮火したらしい家屋が母様の足を潰していた。

 ……細く、綺麗な足が……


「……母様?」


 慌てて手を引っ張る。

 力の無い母様は全く動く気配がない。

 さすがに私の腕力でも全く動かない。

 その姿は、まるで死……

 嘘だ。嘘だと言って。母様っ!


「おっ? 見ろよ、ガキがいるぜ」


「生存者か。そりゃ運が良かったな」


 下卑た笑い声が聞こえた。

 振り向くと、豪華な甲冑を身に付けた男が三人。

 ニヤついた顔で私を見下ろしていた。


「なぁ、お前、俺らを楽しませてくれりゃあ、そいつ助けてやってもいいんだぜぇ?」


「へっへ。俺らは袁将軍直属の部隊だぜ。妾になれるなら最高だろ?」


 すでに都は焼け野原。

 鎮火した都に、連合軍がやってきたのだ。

 私達は、運悪く、下衆な輩に見つかってしまったらしい。

 私は天を呪った。

 きっと、母様は助からない。

 けど、私はこいつらに逆らえない。


「なぁ、俺らを楽しませてくれりゃあ助けてやるっつってんだぜ?」


 男の声に、私は答えられない。

母様はもう、助からないと分かっていても、希望があるかもとつい期待してしまう。

 まだ母様は生きていて、こいつらを楽しませれば、母様は助かるのでは?

 私が我慢すれば母様が助かるのなら……


「その女死んじまうぜ?」


 私はゾクッとした。

 母様が死ぬ。そう聞いただけで、現実はもう手遅れだと分かっていてもついつい母様の顔を確認する。

 ダメだ。やっぱり、希望が絶望に変わると分かっていても。私は……


 最後の抵抗とばかりに男たちを睨む。

 しかし、動じることのない兵士たちがうすら笑いを浮かべるのを見ると、自分の力の無さに絶望が押し寄せた。


 所詮私は、搾取される側の人間なのだ。

 ぎゅっと唇を噛み、思考を凍結させる。

 大丈夫、たとえ地獄が待っていたとしても、生きていればいつかきっと……


「それじゃ、まず俺から……」


 男の一人がにやけた面で鎧を脱ぐ。

 半ばまで脱ぐと、私も人生を諦めた。

 慰みモノになるのだと悔し涙を滲ませた瞬間だった。


「がはっ!?」


 鎧を脱いだ男とは別の男が呻きを漏らす。

 見れば、鎧の隙間から、鈍い輝きを放つ青銅剣が突き出ていた。

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