メイドのいる朝・天国と地獄
「おはようございます。ヌェルティス様」
まどろみの中に浸っていると、不意に脳髄に染み渡る様な優しげな声が聞こえた。
誰だ? と思いつつ重い目蓋を開くと、そこにはメイド服を着た綺麗な女性が一人。
深々と儂にお辞儀をしていた。
「ほう。儂が目覚めるとよくわかったな」
「強制睡眠が切れる頃に待機すれば確実ですので。それでも多少はお時間がかかっておりましたが。昨晩はよく眠れたようですね」
「うむ」
メイドは緑色の髪をしたとても綺麗な女性だった。
まさにメイドとなるために生まれてきたような慈愛に満ちた顔に儂に喧嘩売っているのかと思えるほどのスイカを二つも胸にぶら下げ、ニコリとほほ笑む。
「大井手様と手塚様は先に朝食に向われました。食堂への案内はあちらの……」
と、メイドは手のひらをドアの向こうに向ける。
「バナナチョコが案内致します。ヌェルティス様専用執事となりますので以後のご用は彼にお聞きくださいませ」
まさかの専用執事である。
さすがに美男子ではなかったが、白髪に厳つい顔はまさに仕事のできる老紳士。執事がしっくりと来る振舞いで、儂が視線を向けると軽く一礼。
うむ。良い執事だ。
「それでは、私は八神様が起きるまでお待ちしておりますので、どうぞ気にせず行動を開始してくださいませ」
と、メイドは唯一起きていない八神の枕元に立った。そのまま微動だにせず待ち続ける。
ちょっと怖かった。
「ん? おかしいぞ。八神の阿呆は儂より早く寝ておったはずだ」
「一度起きられたのですが、まだ眠いと……」
こ奴、二度寝しおったのか!?
「ということは、明日の朝までこのままか?」
「いえ。一度ベットから出てしまえば再び強制睡眠のダイアログが現れますが、ベットから出る事がなければ二度寝も可能です」
ふーん。まぁ、どうでもいいか。
しっかし、幸せそうに眠りおってこの女……
「おい、起きろ八神。飯だぞ飯」
……起きる気配がない。
というか、こ奴は儂の苦手な光魔法を扱えるし、なんぞ得体の知れない相手である。ならば、今眠っているうちに我が眷族にしてしまうのはどうか?
所詮は人間。たとえ本当に危険な相手であったとしても、吸血と同時に眷族化してしまえば……そして儂に攻撃を加えないように設定してしまえば警戒する必要もなくなる。
ふむ。やってみるか?
儂はゆっくりと八神に近づくと、顔を近づけていく。
すぐ横に居るメイドに気付かれないように耳元に囁きに向かっているフリをする。
「そーれ、早く起きんと大変な事になるぞー」
耳元に囁きかけ、首筋に。口を開くと鋭い八重歯がギラリと覗く。
では、いただきま……
「それはあちきのだ――――!」
突然、意味不明の言葉を吐きながら八神が起き上がった。
ぱっちりと目を開き、あ、夢か。などと宣っている。
「ちっ。ほれ、食事に向うぞ八神。さっさと起きろ」
「え? あ、うんうんおっけー……ねぇ、さっき、何かしなかった?」
「ん? 何をするというのだ?」
儂がトボケると、八神は頭を掻きながら起き上がる。
大あくびをしながら立ち上がると、ふらつきながら用意を開始した。
さて、バナナチョコとかいうふざけた名前の執事に朝食会場へ案内して貰おうか。
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「おはようございます武藤様」
まどろみの中に浸っていると、不意に脳髄に染み渡る様な優しげな声が聞こえた。
とても綺麗な声だった。
こんな声だと相手が想像できてしまう。
緑色の髪をして、優しい笑顔を絶やすことなく、巨大な胸と包容力を持つ綺麗な女性だ。
ああ。一体君は誰なんだ? 俺はついに、素敵な彼女と巡り合ってしまうのかい?
「名前を、聞いても良いかな?」
「はい。エスメラルダ・エルミット・エーデルワイスでございます」
エスメラルダ……なんとも女性らしい名前じゃないか。
エーデルワイスなんて花の名前が入ってるんだ。きっと可愛らしい女性だ。
期待に胸を膨らませ、重い目蓋を開くと、そこにはメイド服を着た女性が一人。
深々と俺にお辞儀をしていた。
刹那、時が止まった。
はちきれんばかりのメイド服を着て、ぴっちぴちというか、ミチミチと聞こえてきそうな身体を出来うる限りに小さくしようと無駄な努力をしながら礼をするメイド。
丸太の様な腕。岩が繋がったような足。厳つい顔。スキンヘッド。極めつけは緑の肌。
巨漢のゴブリンメイドがそこに居た。
「ぐふぁっ!?」
昨日の心の傷がさらに深く裂けた。
俺は、そのまま気力を失った……
「え? ちょ、武藤様? 武藤様――――!!?」
声だけは綺麗なゴブリンは、物凄い握力で俺の身体を揺する。
こ、殺される。誰か、誰か助けてくれッ、犯される――――っ!!
「おい。薬藻は起きたのか?」
「あら聖様。先程起きられましたがすぐに寝てしまわれたようで……」
「そうか。まぁいい。連れていく。お前は他の奴らを起こしに行くといい」
「そうですか? それでは失礼いたします」
放心中の俺は、こうして龍華師匠に連れ出され、皆の待つ会議室へと向うのだった。




