その頃の勇者たち1
ふぅ。いい湯であった。
儂、ヌェルティス・フォン・フォルクスワーエンは頭にタオルを乗せつつ銭湯にありそうなマッサージ器のように深く座れる椅子に腰かけていた。
今の服は浴衣である。なぜか城に存在していたので借りる事にした。
この世界を作った神は日本かぶれか?
本来水は吸血鬼にとって危険なものではあるのだが、儂はあらゆる弱点を克服した近代型吸血鬼である。
風呂など乙女の嗜み程度でダメージなど喰らわぬわ。
椅子が設置されているのは脱衣所、ではなく女湯男湯に分かれる前の部屋である。
設置の目的は兵士たちの疲れを癒す為らしい。
儂の他にも幾つかある椅子に腰かけゆったりしている者や、売店で買ったフルーツ牛乳を一気飲みしている兵士などの姿が見受けられる。
つまり、何が言いたいかというと、ここはあの変な名前の国王の収める城の風呂場前であるということだ。
広いロビーのような一室で、板張りの床に売店付きの素敵な部屋である。
一部空きスペースでは筋力トレーニングだろうか? 木人が無数に置かれていたりする。
映画で前に見たことあるが、アレって意味あるのか?
一応、沢山の兵士が使っているからあるのだろう。後でやり方でも教わるか。
どうやらあそこで汗をかいて風呂に入り牛乳瓶片手に椅子でくつろぐのが兵士たちの日課のようだ。
当然ながら儂の目の前には勤務を終えた兵士や騎士が入れ替わり立ち替わり風呂へと向かっている。
ふふ。こうやって眺めておると儂の兵士共がせかせか動いておるようだ。
別に儂が奴らの主というわけではないのだが。この城の王になった気分なのだ。
こう、ワイングラス片手に高笑いでも浮かべていたい気分だ。
持っておるのはフルーツ牛乳だがな。
「あ、あのさ、赤城……」
不意に、背後で誰ぞの声がした。
なんだ? と思って上体を起こして見てみると、そこには手塚と赤城がいた。
丁度脱衣所から出てきた赤城を、待っていた手塚が呼びとめたようだ。
「ん? 手塚か、何か用か?」
「ああ。その、なんだ。あいつの……武藤のこと、教えて貰えないか……と、思ってその……」
なんだなんだ? 全く、なぜ奴は儂にわざわざ聞こえる至近距離で話しておるのだ。
しかも何気に気まずくて立ち上がれんではないか。
そろそろ部屋に戻ろうかと思ったのに、全く……せっかくなので聞くだけ聞いておいてやるか。
「武藤か……そうだな。俺から言わせてもらえば、平和を求める小市民だったな。ここ最近は特に日常を健やかに送れることが幸せだと言っていた。まぁ、改造人間だったというのなら少しは納得だな」
ふむ。武藤の話か。確か、河上が全員に告げていたな。武藤薬藻は悪の秘密結社インセクトワールドの改造人間だったと。
奴は自分が倒したからもう安全だとか。
今まで何もしていなかったので危険かどうかすら理解できなかったが、あの時はクラスメイトが一人減ったのだなとしか思わなかった。
よくよく考えてみれば、この赤城というヤツはよく武藤とつるんでいたのだったな。なるほど、武藤のことを聞くには適任な相手だろう。しかし、赤城の話はどうもずれている気がするのだが。
「今回のことは非常に残念に思う。奴は山根以外で俺に話しかけてくる唯一の男だったからな。しかし、話しかけてくるというだけで、接点らしきものは余りない。良く話す友人というだけの存在だ。互いの裏稼業も知らない仲であったしな」
はは。それは言えておる。武藤は改造人間、こ奴は闇医者だからな。双方裏稼業はあまりに日常とかけ離れておるわ。
「そっか……」
「うむ。役に立てなくて申し訳ない。俺から見て悪い奴には見えなかった。くらいしか言える事がなくてな」
「ああ。ありがと……」
さすがに実りの無い話だったのか、声が沈んでいる。
手塚が礼を告げると、赤城は片手を上げて去っていく。
……ふぅ。ようやく部屋に戻れるな。
さて。本日、戦闘を切りあげた儂らは初日ということもあり、城に戻って早々に疲れを取る事になった。
広い城を案内されながら、男女に別れた大部屋に案内され、豪勢な食事を振舞われ、兵士と共同ながら風呂まで頂いてしまった。
これはもう彼らの手助けをしなければ対価にもならんだろう。一宿一飯の恩というヤツだ。
この後、枕を高くして寝れるというのだから、借りが高く付きそうで困る。
それが魔王討伐だというのだから割に合わん気がするがな。
部屋に戻ると、大井手が自分のベットに腰掛けていた。
ベットに寝そべると、就寝しますか? とダイアログが表示され、はいと選択するとそのまま明日まで強制就寝なので、うかつに寝そべる事が出来ない。
まぁ八神の阿呆は既にベットインではあるがな。
儂らに充てられた部屋は、四人が眠れる程度の広さしかない部屋である。タコ部屋とはいえないが、かなり狭苦しい感じがする。
四つのベットが存在し、その中心が少しだけスペースとして空いている程度。他は歩ける程度しか隙間がない。
「あ、お帰りなさい、えっと、田中さん?」
「バカモノぉっ。宵闇の覇者にして吸血鬼の真祖、ヌェルティス・フォン・フォルクスワーエン様と言わんか!」
「ええぇっ!?」
全く。なぜ儂がわざわざヌェルティスと名乗っているのに我が名を呼ばんとは。嘆かわしい限りだ。
「ふむ? なにやら言いたそうだな? 何か用か?」
「あ、うん。別に用って程じゃないんだけど、これからの事に付いて。どうしたらいいんだろうって」
これからの事? 魔王とやらの侵攻は二、三日中だと聞いたではないか。
そこが終わればすぐに帰れるだろうに、一体何を心配しておるのやら。
「しーちゃんがいないから言うけど。どうしてしーちゃんが勇者にされたんだろうって、思うの」
「ああ、なるほど。確かにそれは気になるな。すぐ横にこんなにも強力な力を持つ儂がいるというのに、無視して隣の手塚を召喚するのだからな。全く、頭がボケているとしか思えんぞこの世界の神は」
「い、いや、そうじゃなくて……武藤君のことで失意にくれてるのに、また異世界に連れて来られて、魔王と戦えなんて……酷いよ。私だったら、きっと耐えられないと思う。私としても、しーちゃんのこと支えようって思うけど、しーちゃんの心が折れちゃったらと思うと、私……」
ふむ。確かに、武藤武藤と、実にウザいぐらいだったな手塚は。
さすが、ステータスに後悔を持っているだけはある。
「ふむ。確かにこのメンツでは手塚のメンタルをフォロー出来る奴はおらんな。こちらに後どの程度いるかということを考えないとしても、奴の精神を持たせるのは至難の業だろう。後悔の原因を取り除かないことにはどうにもならん……むしろ、新しい恋でもさせてはどうだ? ほれ、武藤の話を聞きに行っておった赤城にそのまま惚れさせるとか」
「そ、それはダメだよ」
「ええい。気にするな。儂が一肌脱いでやろうではないか。手塚と赤城の赤い糸作戦を!」
「だ。だからダメだってばぁ」
涙目になって止めさせようとする大井手。
そういう顔をされるとなんかこう、嗜虐心がそそられるというべきか。
ああ、止めろ。なんか倒錯した道に走りそうな気がする。
「ふふ、ふふふふふ。そこまで言われてはこちらも全力でくっつけねばならんな」
「だから止めてぇ~~~~」
心地良い気分になりながら、手塚が帰ってくるまで大井手をおちょくって遊ぶ儂だった。
なんかちょっと気分が高揚してきた。
儂、ドSなのかな?
大井手相手なら、儂、なんか今日イケそうな気がする。




