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女子風呂決死隊・漢たちの慟哭

 俺たちは、甘く見ていたのかもしれない。

 もっと、彼女たちの性格を考えておくべきだったのだ。

 とくに、ネリウの性格を。そして、俺が覗きを行うと知っていたネリウの知謀が、今まで全く罠に入っていなかったことを。


 その部屋は、足の踏み場もない程の、トラップで溢れていた。

 床に敷き詰められるように描かれたトラップ魔法陣。

 壁から壁に、レーザーサイトのように取り付けられた、帯電している増渕の紫電滅線。


 唯一といっていいのは天井にトラップがないことだが、それ以外が凶悪過ぎる。

 風呂への壁に辿りつき穴を開けるのは不可能に近い。

 俺たちは、愕然とするしかなかった。


「無理だ……こんな場所、行ける訳がない」


 冷や汗混じりに伊藤が膝を突く。

 自然、乾いた笑いが漏れていた。


「今回も、桃源郷には辿りつけないというのか……」


 さすがにこのトラップ群を抜けるのは不可能だ。

 ただあると見せるだけで、俺たちの心を挫くトラップ畑。

 ここを通り抜けるのは、あまりに無謀。

 それでも進むのは、もはや漢ではない。ただの阿呆か自殺志願者だ。


「あ、あのさ。命がけで行くものなのか、その桃源郷って?」


 アルテインに諭され俺と伊藤は顔を見合わせる。

 そうだな。今回は、止めておくか……

 そう、結論付けようとした時だった。


 ふっと、俺の横から何かが跳び上がる。

 そいつは、巨大な赤い鎌を悠々構え、大きく振り上げ天井へと刃を突き立てる。

 同士龍華である。


 なんとアルテインを小脇に抱えての行動だ。

 そのまま鎌を支柱にして天井に着地。

 重力に引かれながらも鎌に自身の身体を預け、安全地帯を探し出す。

 すぐに見つけたのだろう。天井を蹴って鎌を天井から取り外し、部屋の奥へと跳躍した。


「お、おま……なんて無茶を!?」


「先に言っておくぞ薬藻、信之。お前たちの想いは、その程度か?」


 そして背中を見せる龍華。作戦を開始する前に決めたベストポジションへと移動する。

 その背中が、言っていた。「ついてこれるか?」と。

 漢だ。真の漢がここにいる。同士、いや、これはもう、師匠だ。龍華師匠。俺は、俺は……


「伊藤。俺は、征くぜ」


「しょ、正気か武藤!? 死ぬぞ!」


「俺たちは知っていたはずだ。桃源郷に至る為に、死は厭わないと。もし、もしも俺が帰らなかったときは……女子更衣室の見える校庭の片隅に遺灰を蒔いてくれ」


「武藤、お前……改造人間と聞いていたからどれほどヤバい奴かと思っていたが……わかった。正式に認めよう同士。君はおれの仲間だ。たとえ、全てが敵に回っても、おれはお前を信じるよ武藤、いや。薬藻」


「伊藤……いや、信之。ありがとう。お前のその想いが、きっと俺を導いてくれそうな気がするよ」


 俺と伊藤は熱く、熱く互いに手を握り合う。漢同士の固い握手は、強固な絆のようだった。


「いざ征かん。桃源郷へ! flexiоn!」


 その時の俺は、自分のステータスがバグっていて、変身も使えない可能性があるなんて、毛ほども信じちゃいなかった。

 むしろ、できると。出来ないはずがないと確信していた。

 光が溢れる。

 俺の身体から溢れた光に、俺は確認すらせず跳んでいた。


 その能力値は、どれ程のモノだったのだろう?

 飛んで即座に身を翻し、ズダンと天井に着地。一瞬だけバネをたわませるように身体を沈め、龍華の側へと着地する。


「ほぉ。なかなかやるな改造人間」


「あ、ああ。まさか本当にやれるとは思わなかったけどな」


 と、顔を上げる俺。その視界に飛び込んで来たのは、醜悪な俺の姿に目を丸くする伊藤とアルテインだった。さすがにこのままだとアレなのですぐに変身を解く。


「どうした? 薬藻は越えたが、貴様は来ないのか?」


「お、おれは……」


 苦渋の選択らしく、伊藤は苦虫を噛み潰した顔をしている。

 やがて、懐に手を入れると、伊藤は何かボールペンのようなものを取りだした。

 ボールペンのような小物の側面には小さいがボタンのようなものが見える。


 葛藤に震える手でそれを頭上へと構える。

 腕が震える。指が少しづつボタンに近づいていく。

 だが、最後の一押しだけが行えない。


 そして数秒後。伊藤はゆっくりと腕を降ろした。

 ボールペンというか、寸鉄というか、不思議な円筒形の物体を再び懐へと仕舞いこむ。


「無理だ……おれには、正体を晒してまでこんな卑劣な行為はできないっ」


 悔し涙に濡れながら、がっくりと肩を落とす伊藤。

 彼の執念にも似た増渕の裸体見たい欲に、正義たる者のあるべき姿という理性が打ち勝った。

 しかし、払った犠牲は大きい。


「やぐもぉ。お。おでのがわでぃに、おまえだけ、でも……うぐっ、ううぅ」


 男泣きだった。今にも叫びそうな程の悔しさを涙に変えて、伊藤は無力な自分に涙する。

 ……託されて、しまったな。

 伊藤。お前の死は無駄にはしない。俺は、俺は存分に、女たちを覗きまくってやるからな!

 特にトルーアだ。黒い肌のダークエルフ。ぜひ、ぜひに見ておきたい。

 例えバレて地獄に落とされるとしても、亜人である彼女の裸だけは絶対に!


 龍華が壁に器用に穴を開けて行く。

 針のように細いが箸くらいの大きさの刺殺武器で壁に穴をあけているのだ。なんだ、そんな暗器も持ってたのか。


 とても細い直径ながら、すぐに湯気が立ち上ってくる。

 もう、届いたのか!?


「準備はいいな? さぁ、戦果を存分に見るがいい」


「龍華師匠……はい。一番槍、薬藻、行きます!」


 龍華師匠に断りを入れ、俺は桃源郷への最後の道を進みだす。

 直径数センチの小さな穴を覗きこむ。そこには……


 全裸の女が一人。至近距離に立っていた。

 とても素敵なスキンヘッドで厳つい顔。

 鋭い牙が下から上に生えている、黄色い瞳と緑の肌を持つマッチョな雌ゴブリンさんがボディービルを行っていた。

 こちらを向いてフンヌと筋肉を隆起させる。

 ニィッと微笑んだ顔が強烈で、歯が無駄に光った気がした。


「ごはぁっ!?」


「薬藻!?」


 男泣きしていた伊藤が、突然崩れ落ちた俺に驚く。

 目が。目がァッ!? 筋肉がぁ!!

 凶悪な、凶悪な光景が今、目の前に……


「むぅ? どうしたのだ薬藻。一体何が……まさか、まだトラップがあったのか? 私が感知できんとは……どんな凶悪なトラップなのだ?」


 龍華が戸惑いながらも穴を覗いてみる。

 そこには、


「むぅ? あの緑の女は何者だ? 他の者は……いないようだな。おそらく時間を掛け過ぎて上がってしまったのだろう」


 桃源郷は、夢と消えた……

 俺と伊藤は記憶やらプライドやらを粉々に粉砕され、精神的な瀕死の傷を負い、アルテインは何故か女性の裸って、あんな凄いんだ……と新たな扉を開き、あまりにも凄惨な結末を迎えた俺たちだった。

 だが、そこに結ばれた友情は、生涯不変のモノになるはずである。


 ……頼む。誰か俺の記憶を消してくれ。

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