女子風呂決死隊・新たなる戦い
ステータス確認を終えたアルテイン一行に質問を行い、俺たちは最寄の町の情報を聞きだした。
どうやら魔王城周辺は毒の沼地やら暗黒雷雲のせいで人が住める環境ではないのだとか。
なので、どうしても一日以上かけて歩かなければ町に着かないらしい。
一番近くにあるのは、アルテインたちが魔王城のある大陸に向うために使った船を借りた場所。
港町、フリューグリス。
人口30000くらいの中規模な町らしい。
中規模というのは、まず、数百単位が村の基準であり、1000人を超えると町として認識される。
町になると村長が町長にクラスアップ。村では集会を週数回開くだけだったが、町になると町役場を作らなければならず、これは夕方までならいつでも集まることができる。
町の方針もそこで決まるようだ。
現代世界の役場みたいなものだが、受付のすぐ後ろで厳つい顔のおじさん連中が会合をしているため、どうにも居づらいのだとか。
そして、10000人規模になると中規模の町となる。
これでようやく普通の町として方々に認識される。
中規模の町長は年一回、周辺の町の町長と会合を持つ義務を持つ。
大抵は古参の町長が集合場所を決めるのだが、時折その町長が大規模都市にクラスアップして市長になってしまうと、他の町長が話し合いで集合場所や進行役を決めることが暗黙の了解になっている。
ちなみに、これを伝えてきたのはカスティラ。冒険者なせいかどうでもいい知識を多く身に付けているようだ。
とにかく、この港町に向う事が当面の目標になりそうだ。
そこからはまだ決めていないが、集合場所を決めて幾班かに分かれて移動しようかという話がでた。
俺とネリウのステータスがバグっているのがちょっと心配のようだが、俺とネリウについてはフォロー役として増渕か聖が護衛に付くという話になった。
さらに、伊藤が増渕と行きたいと決意に燃える瞳で宣ったのだが、意外にもオッケーされていた。
足手まといにならなければそれでいいらしい。
というわけで、港町に着いてからは俺、聖、伊吹そしてイチゴとトルーアで右方面の探索。
ネリウ、増渕、伊藤、アルテイン、カスティラが左方面に分かれて捜索を始める事になった。
アルテイン達は自分たちが組み込まれているのに驚いていたが、こればっかりは増渕の思い付きなのだからどうにもならない。
彼らを団体行動させて逃げられるよりは引き離しておいた方がしっかりとヒューマン世界を案内してくれるから、という理由なのだが……まぁ、それはアルテインたちには迷惑だよな。
せめて、魔王を倒せる実力を身に付けてから抗議してくれ。
「さて、大体こんな所か。今日はもう遅いし、夜道での魔物遭遇はかなり危険だ。本日は我が城にて休息をとってくれ。明日からはフリューグリスに出立しようと思う、異論はあるか?」
アルテインが納得いかないような顔で手をあげようとするが、慌ててカスティラが抑えつけていた。
もう、これ以上面倒事を増やすなと目が言っていた。
「あと、何か連絡事項はあっただろうか……」
「ふむ。菜七よ。少し運動がてら、魔物を狩ってきてもいいだろうか?」
聖が飛んでもない事を言っていた。しかも増渕は余り殺し過ぎると城の防御が弱まるから気を付けてくれと、少し的外れなことを言っていた。
せめて危ないからやめろくらい言おうぜ。確かに、聖なら心配する必要はなさそうだけどさ。
「あ、あの……」
聖と増渕の会話に耳を傾けていると、隣り合っていたイチゴが俺に恐る恐る声を掛けてきた。
「ん? なに?」
「そ、その、私達、これからどうすれば……」
進むも地獄戻るも地獄の今現在、アルテイン一行は逃げ出す事も出来ずに所在無さげに佇んでいる。
「とりあえず。今日は寝床貸して貰ってさ、明日一緒に城からでようぜ。お前らだけじゃオルトロスとかパープルドラゴンは相手できないだろ? そのついでに港町までは案内してくれるとありがたい」
「は、はい」
ドラゴンという単語を聞いて顔を真っ青にするイチゴ。どうやらオルトロスは出会ったことがなかったせいでよくわからなかったが、ドラゴンは知っていたらしい。
物凄い勢いで首を立てに振っていた。よほど恐ろしい存在のようだ。聖にとっては雑魚だったが。
「ふむ。では食事も済んだ事だし、風呂にでも入るか? 聖が戻ってくるまでに沸かしておこう」
と、同時に席を立つ聖と増渕。
……風呂、だと!?
その単語に、俺はつい先日を思い出す。
そう、河上と共に敗北したあの風呂である。
……そうか。風呂が、あるのか。風呂が……ふふ。くくく。ははははははっ。
思わず秘密結社時代の笑みが洩れそうになった。
なんとか顔を周囲に見えないようにして笑いを堪える。
聖と増渕は暗い笑みを浮かべる俺に気付くことなく、部屋を後にする。
部屋を出た二人は、聖は元来た謁見の間方面へ。増渕は逆の風呂場へと消えていく。
残された俺たちは……とても気まずい雰囲気で待たされることになった。
「え、えーっと。イチゴショートケーキ……だっけ?」
「は、ははは、はい!?」
少しでも空気を和ませようと俺は先程話しかけてきたイチゴに声を掛ける。
しかし、空気を和ませるどころか怯えた顔をされてしまった。
ま、まぁいい。問題はここからさ。
「あーっと、だな。そういえばその錫杖って名前なんていうの?」
「こ、これ、ですか? 火炎の錫杖です。本当は風系統が良かったんですけど。お金なくて」
「そうなんだ」
「はい……」
……どうしよう。会話が終わってしまった。
えーっと、他には、他に会話は……
「そのローブは?」
「こ、これですか? 宵闇のローブです」
「へー、似合ってるね」
「あ、ありがとうございます」
そして、俺は何度かアタックを掛けてみたが、その全てが殆ど続くことなく会話を終えることとなったのである。
最後には話すことがなくなってしまい、「いい天気だよなー」「え? 雷鳴鳴ってましたけど?」「……」といった感じで俺は散った。
やがて、増渕が風呂の用意が整ったと戻ってくる。
結局、俺は会話を続けることはできなかった。完敗である。
思わず床に崩れ落ちる。俗にいうorzというヤツだ。
「どうやらメイドの子孫が城の管理をしていたらしくてな、殆ど任せてしまった。まずは女性からだそうだ。メイドと一緒になるがよかろう? 男共はその後に入ってくれ。メイドが迎えに行くことになっているのでな。カスティラたちがいるんだ、くれぐれも、覗くなよ」
風呂に入るのは初めは女性陣とのことで、男は全員この場に残される。
…………
ふふ。リベンジだ。リベンジの時が、来た!
俺の心の奥底で、野獣が目覚める。
河上、今回こちらに来れなかった不幸を嘆くがいい。
気を取り直した俺はゆらりと立ち上がる。
すると、伊藤も同じく立ち上がっていた。
何を言わずとも、互いにすべきことは理解していた。
ここにも同士がいたことを、俺はとても心強く思う。
「行くか、兄弟?」
「当り前だろう? 兄弟。たとえ火の中水の中。そこに約束された桃源郷があるのなら」
俺たちはそれ以外の言葉を発することなく、相手の心が分かりあえた気がした。
どちらからともなく歩み寄り、対面に来た所で、がっしりと握手を交わした。
それを見るアルテインが何をしてるんだろうと不思議そうな顔をしている。
やはりお子様か。いや、彼を導くのも、漢の宿命であろう。
「アルテイン。いや、新たなる同士よ。君も来るか?」
「え? どこか行くのか?」
俺と伊藤に手を差し伸べられ、戸惑いながら質問するアルテイン。
そんな報われぬ子羊に、俺たちはそろって声をかけた。
「ああ。俺たちの約束された桃源郷だ」
「桃……源郷?」
「ああ。行こう。桃源郷が俺たちを待っている」
「……う、うん。行くよ。僕も、桃源郷へ。えっと、に、兄さん?」
「そんな言葉は無用。俺たちはただ、同士と呼べばいいのさ」
「ああ。同じモノを追い求める永遠の戦士だ。歳の差など関係ないのさ」
ニッと歯が光そうな笑みと共に俺たちはサムズアップ。
俺も伊藤も無駄に漢らしかったとだけ言っておく。
戸惑いながらも、本能に突き動かされるようにアルテインが立ち上がる。
俺たちの手を取り、導かれるように大人への階段を駆け上がっていく。
ここに、ついに第二次女子風呂決死隊が結成されたのである。




